第176話
「あ、そういえば商人の、えっと誰だったか」
「小岩さん?」
「そうそう小岩だ、小岩。ユーマにクランのお金を預けられたとかで、なんか困ってたぞ?」
「え、困ってた?」
「目標は預けられた金全部10倍にすることらしい」
いや、小岩さん、10倍に増やして欲しいとは思ってないですよ。商人だから纏まったお金があると得する場面もあるかなって思って、クランのお金は小岩さんに預けるシステムにしただけで。
というかそもそもまだちょっとしか俺からは小岩さんにお金を渡してないけど……
「オークションとかない限り俺の個人のお金はある程度貯めるようにしてるし、気軽に使ってもらって良いんだけどなぁ」
「小岩はユーマのファンだろ? やっぱ預けられたからには何倍にもしたいって気持ちがあるんだろ」
「ちなみにガイルはそんな小岩さんになんてアドバイスを?」
「そりゃユーマはそんなこと期待してないってはっきり言ってやったぞ? そもそもファンならユーマがどれくらいヤベー奴か俺より知ってるんじゃねぇか? って言ったら納得してたな」
まぁガイルのことだから悪いようにしないと思ってたけど、俺も嬉しくなるような説得の仕方で少し恥ずかしいな。とにかくそれで小岩さんが納得してくれたなら良かったけど。
そして少し詳しく聞いてみると、俺が預けたお金に加えて、他のクランメンバーからも小岩さんにクラン資金としてお金がいくらか預けられているらしく、100万Gに届かないくらいはもう貯まっているのだとか。
なんか俺の知らない間に色々クランが回り過ぎな気もしているが、これは喜ぶべきことなのだろう。
「それで言うと私もイクサさんから少しユーマさんの話をされましたね」
「イクサさんがメイちゃんに?」
「北の街にまだ行けないので、ユーマさんの作っているアイスを買ってきて欲しいって頼まれました」
「おぉ、メイをパシリにしたのか」
「違いますよ! 頭を下げてお願いされたんです。決してガイルさんが想像するような悪い子じゃないですよイクサさんは!」
「いや、ガイルもイクサさんのことは悪い子だって思ってないと思うよ」
なんか小岩さんもイクサさんも、そしてアリスさんもそうだけど、俺のファンなのは本当にありがたいのだが、ちょっと変な人達だと思ってしまうのは俺がおかしいのだろうか。
「でも、俺に直接言ってくれたらいくらでもアイスくらい渡すのに」
「イクサさんはお店で買いたいって言ってましたよ。早く自分で買えるように、ミィちゃんと北の街に行けるよう頑張るって張り切ってました」
「そっか」
「小岩もイクサもユーマの家に連れてったら失神するんじゃねぇか?」
「流石にそれはないよ……、ないよね?」
昔本当にあった話で言うと、有名な配信者にプレイヤーがゲーム内で会えた興奮により、システムが危険を察知し強制的にゲームを落としてしまうということがあった。
このシステムは主にプレイヤーの安全のためのものだが、歓喜から絶望に突き落とされたプレイヤーは何人も居たらしく、このシステムを呪ったらしい。
今はその機能のオンオフが可能になり、ホラーゲーム等も途中でゲームが落ちることなく安心して楽しめるようになったが、ガイルの話を聞いてこのことを思い出してしまった。
「ま、まぁ一旦小岩さんとイクサさんの話はいいや」
「じゃあまだ先の話ですけど、私から良いですか? 今西の街にある工房を生産職の皆で使ってるんですけど、今後人数を増やすってなると一部屋だけだと足りなくなりそうで……」
「まぁまだまだ先の話だが、考えておくのは良さそうだな」
ガイルにメイちゃん、アヤさんにモリさんが、主に今あの工房を使っているメンバーで、そこに第2陣の生産職メンバーが少しずつ入ってきてる状態らしい。
そしてガイルやメイちゃんとしては、クランの生産職の皆で作業が出来る工房は楽しいらしく、もしこのまま生産職のメンバーが増えたとしても、今のような環境で作業はしたいのだとか。
「そればっかりは俺にはどうすることも出来ないなぁ」
「もし今の工房よりも大きな工房が売られていたら、クランで買うことを考えてもらえませんか?」
「それは全然良いよ」
「でもしばらくはこのままでいいぞ。デカい工房を買っても使う奴が居なかったら意味ねぇからな。こんなのは必要になってからでいい。もっとクランのためになる金の使い方があるはずだ。そっちを優先してくれ」
「わかったよ」
メイちゃんも一応工房のことを話しただけで、ガイルの意見には賛成のようだ。
「あ、そういえばイベントってどんな感じなのか情報は出た?」
「まだだな」
「こういうのって事前にどんなイベントか知らされるんですか?」
「まぁ色々だな。大体は告知されるが、告知されないものもたまにある」
「今回はコネファンが始まって初めてのゲーム側からのイベントだし、もしかしたらこのまま何の情報もない状態でイベントの日になる可能性はあるね」
個人なのか、パーティーなのか、クラン単位なのか、はたまたランダムでサーバーを振り分けられるようなものなのか、そもそもこの世界とは別の空間に飛ばされたりするのか、全く予想できない。
「まぁガイルとメイちゃんも楽しめるものだと良いね」
「えっ、私達が楽しめない可能性もあるんですか?」
「基本的に生産職にフォーカスしたイベントなんてほぼ無いからな。あっても1回目にやることはまずない。全員楽しめるか、戦闘職が楽しめるか、そのどっちかになりがちだ」
これに関してはガイルの言う通りだ。なんなら全員楽しめる系のイベントでも戦闘職の方が有利な場合が多い。
特定の敵を早い者勝ちで倒したり、あり得ない強さのボスを倒すようなイベントだと戦闘職以外が空気になりがちなため、そうでないことを願うのが良いだろう。
「クゥ!」
「お、戦わないといけなさそうだ。遂にモンスターとの戦闘だけど、ガイルもメイちゃんもいける?」
「ちょ、ちょっと多くないですか!?」
「流石に俺達だけだと無理だ」
「じゃあ数体残すから、他はこっちで倒そうかな」
ガイル、メイちゃん、ピピとはパーティーを組んでいないため、ここで俺達がモンスターを倒してもガイル達に経験値が入ることはない。
そしてパーティーを組んでいないと基本的に協力して敵を倒す事は出来ないため、ガイル達が戦いやすいようにモンスターの数をこっちで減らすことにする。
「あの2体だけ残そうか」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
いつも通り俺達は自分の役割を全うし、最後はウルとシロの魔法コンボにより相手を倒すことに成功する。
「よし、あとは後ろで待機しよう。いつでも助けに入れるようにね」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
「(た、倒すの早くないか?)」
「(いっ、一瞬でしたっ)」
「周りもこっちで警戒しとくから、ガイル達はあの2体だけに集中していいよ!」
俺はそうガイル達に声をかけ、馬車の近くでガイル達の戦闘を見守る。
「よ、よし、やるぞ」
「成長した姿を見せます!」
「チュン!」
敵はたったの2体とはいえ、ガイル達よりもレベルは高いし、しっかりと連携を取らないと簡単に負けてしまうだろう。
ただ、ガイルもメイちゃんも意外と落ち着いていて、以前俺がパーティーを組んでレベル上げをした時とは大違いだ。
「へぇ、ピピは身体の大きさこそあんまり変わってないけど、だいぶ強くなってるな」
ガイル、メイちゃん、ピピの中で、1番攻撃力があるのはガイルだと思っていたが、どうやらそれは間違っていたらしい。
ピピは空中から何度も攻撃を仕掛け、一撃の威力こそガイルに劣るものの、攻撃回数が突出して多い。
空中からの攻撃ということもあり、モンスターは上からの攻撃を警戒するとガイルにやられるし、地上戦を警戒するとピピにやられるという、どっちかを警戒すればもう片方に攻撃されるという状況になっていた。
「て言っても、あの3人の中で1番成長してるのがメイちゃんなのは間違いないな」
メイちゃんの戦闘を最初見た時は、正直生産職で良かったなという気持ちと、戦闘職じゃないのはこれからキツくないか? という思いだった。
しかし、今はもうあの時の姿はなく、普通にモンスターと戦えていた。
何か特別上手い技術があるとか、ポーションを投げつけて戦うみたいな錬金術師ならではの戦闘方法があるわけではないが、普通に短剣を使って戦えているだけでも、相当努力したことが分かる。
「ピピ! ガイルさんのカバー!」
「チュン!」
「もう1体はメイに任せるぞ」
「はい!」
コネファンでは長い時間やってきたからか、3人の連携もバッチリだ。
ガイル達の戦い方としては、ガイルとピピがモンスターを倒すから、その間他のモンスターの注意を引きつけておく役がメイちゃんなんだろう。
敵がもう少し弱かったり、数が多いとまた違ってくるんだろうが、基本的にはこのやり方でやってきたのだろう。
「ウルとルリはもう安心か?」
「クゥ!」「アウ!」
この2人は俺と一緒にガイル達のレベル上げを手伝った経験があるし、メイちゃんのゲーム慣れしてない時も見ているから、すぐ助けに入れるようずっと警戒していた。
そして結果としては、強くなったメイちゃんに驚いているのがウルとルリの顔からも分かる。
「そろそろ倒せそうだし、また進む準備をしとくか」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
ガイル達にはもう俺達の助けが必要ないと判断し、俺はすぐ出発できるよう馬車を動かす準備を始めるのだった。