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第172話

「モルガの魔法を避けるあの訓練と比べたら、まだまだ余裕だな」

『グアァァァァォォォォォ!!』


 俺はウル達を後ろで待機させて1人でボスと戦っているのだが、危ないと思うような場面もなく、順調に体力を少しずつ削っていた。


 相手は今のところ魔法攻撃をしてくる気配はなく、見た感じ最初に予想した通りの攻撃パターンのみ。

 俺の今の装備状況だと明らかに防御力が足りていないため、予想外の攻撃をされると困るが、このまま集中を切らさず攻撃していれば勝てるだろう。


(ウル達は……まだか)


 ボスと戦いながら後ろに居るウル達の様子を見てみるが、俺とボスの戦闘を見ている表情にまだ硬さが残っている。

 さっきまで動きの良かったウルとルリも、表情を見るにエメラ達と同じくらいの恐怖状態の中戦っていたのだろう。

 俺には恐怖状態がどれほど辛いのか分からないが、あんな表情を皆にさせてまで戦わせたくはない。


「調子に乗るなよペガサスもどきが」


 あぁ、駄目だ。ウル達をあんな状態にしたボスを許せない自分と、ウル達のお手本になるために今は冷静に戦えという自分がいる。

 心の中では俺のボスに対する怒りの感情がどんどん高まっていくが、興奮して雑に動いてしまえば終わりだ。

 あれだけウル達へ偉そうに指示していた俺がそんなミスを犯せば、もう恥ずかしくてウル達に何も言えなくなる。


「冷静に、冷静に、冷静『グアアァァァァァァォォォォォ!!!!!』……お前だけは俺が殺す!!!」


 ウル達がようやく落ち着いてきたところで、また皆を恐怖状態にする咆哮をしてきたコイツだけは、絶対に……絶対に許さない。


 これまでやってきた違うゲームでも、このように俺の感情が大きく動かされることはあった。

 優しいNPCが性格の悪い奴に騙されて可哀想な目に遭うストーリーだったり、相手が完全な悪者ではないけど戦わないといけなかったり、当時攻略が何よりも1番楽しいと思っていた俺ではあるが、ストーリーに感動する心も多少はあった。


 ただ、そのどれもが小さなことだったと思えるくらい、今の俺はウル達を苦しめるコイツがどうしても許せないという気持ちで溢れている。

 ゴブリンにボコボコにされた時ですらこんなこと思わなかったのに、俺がこのボスにこの上なくムカついているのは、恐怖状態になったウル達の小さく震える姿がそうさせるのだろう。


 俺が今していることは過保護かもしれないし、ウル達の成長の機会を奪っているかもしれない。

 おそらくウル達の成長だけを考えるなら、恐怖状態の中戦わせて、慣れてもらう方が良いのだろう。

 なんとなく頭の中では、今後のウル達のことを考えると戦わせる方が良い気はしている。

 それでも……それでも俺はウル達のあんな姿を見せられたら、もう自分の魔獣に戦えとは言えない。


「次また汚い声で吠えてみろ……俺は毎日ここへ来てお前を殺しに来るからな。お前が叫ばなくなるまで何度でもやってやる。何度でもな……」

『グ、グ、グアァァォォォ』


 俺の言葉の意味は理解していないはずだが、なぜかボスは吠えなくなった。


「ごめんな皆、コイツだけは俺が倒す!!!!」


 俺がウル達の方をもう見ることはない。

 全神経を集中させて、このボスを完璧に倒すためだけに今は力を使う。


『グアアアァァォォォォォ!!』


 ボスは大きな手で俺を押し潰そうとしたり、爪で引き裂こうとしたり、遂にはやらないと思っていた突進までしてきた。

 相手はとにかく俺にどんな一撃でも与えれば致命傷になると思っているのだろう。ダメージの高そうな攻撃から俺に当たりそうな攻撃に変えてきた辺り、予想以上に賢いボスらしい。

 こうやって自分の強みを存分に生かし、確実に俺を倒そうとしてくるのは素直に素晴らしいと思う。

 だからこそウル達に効果のある咆哮を何度もしてきたのは良く分かった。それさえなければお前とは良いボスとしてウル達と戦ってもらったのにな。


「…………」


 俺はボスの攻撃を無言で全て避け続ける。受け流すこともしないのは、絶対にボスの攻撃を今の俺の身体で受けることは許されないからだ。

 カウンターの機会を減らしてでも、攻撃回数を減らしてでも、俺は相手に一度でもチャンスを与えたくない。

 俺はコイツに完璧に勝つことしかこの感情を抑える方法がないのだ。


「…………」


 右から来た爪攻撃を前に出て避け、その勢いのまま腹へと攻撃しボスの側面へとすぐ離脱。

 俺の姿を一瞬見失ったように見えるボスへと追撃はしない。あれがもし敵のブラフだとしたら、絶対にアイツの攻撃を受けてしまうからだ。確実に倒すために、俺はカウンターだけを狙う。


『グァァァァォォォォォ!!!』


 数秒後俺を見つけ突進してきたボスへ左右に避けるフェイントをかけ、ボスの突進した逆方向に横っ飛びで避けたあとすぐ起き上がり、相手の後ろ脚に攻撃。

 そして後ろを向いて俺へと噛みついてきたボスを、後ろに下がってギリギリの距離で避けたあと、俺を睨むその右目に向かって片手剣を全力で振り下ろした。


『グアアアアアァァァァォォォォ!?!?』




「……ふぅ、あと半分」

『グアアアアアァァァァォォ!!!』


 ボスの体力を半分削るのに、意外と時間はかからなかった。

 俺は安全第一で戦っていたが、相手の動きが素早い分、俺のカウンターを叩き込む機会もすぐやって来て、結果として短い時間で何回も攻撃することが出来たからだ。


 そしていつも通りならここで天候の変化があるはずなので、相当戦いづらくなるのだが……


「……晴れたな」


 空を見上げると雲が全くない。これはこのボスにとってどんな影響があるのか分からないが、俺としてはありがたい。


「……あぁ、なるほど。空を飛ぶからか」


 答えはすぐに出た。

 ボスはこの晴天のフィールドで自由に飛び回るようだ。

 先程までとは違って、これからはずっと飛び続ける気らしい。


 飛び続けるボスと言えば大鷲の第二形態を思い出すが、もう翼の根元を攻撃するなんてことは出来ないし、近接攻撃しかない俺は降りてくる一瞬の隙を狙うしかない。


「確かに天候が悪くなればこのボスの強みは減るよな」


 今まで倒した3体のボスの第二形態と比べれば戦いやすい方なのだが、1番このボスの長所を活かせるフィールドではあるため、難しい戦いにはなるだろう。


 ただ、飛んだからって勝てるわけじゃない。

 こっちから攻撃するのは難しいし、空中に居れば休憩もできるだろう。最悪俺に攻撃せず空中に居るだけなら、ボスが俺に負けることはない。


「でもボスがそんな行動取るなんて認められないよな」

『グアアアアアァァァァォォォォォ!!!』


 早速物凄い速さで飛んで来たボスの攻撃を、俺は反撃できないと判断し大きく避ける。

 カウンターが出来ない攻撃は避けるだけに留めるのが良い。欲をかいて無理に攻撃しようとするのは絶対に駄目だ。それだけで勝率は変わってくる。


 俺はこれまでの経験で、戦いの中で待つことができる者は強いと学んだ。

 待つということはそれだけ自信がないとできることではないし、大抵は焦って少しのリスクを負ってでも攻撃することが殆どだ。


 もちろん時と場合によって待つことは悪手になるが、時間をかけても大丈夫であるこの状況では、とにかく待って安全に立ち回る。


「勝つために最善の行動を取りたがるお前には、ボスという立場は酷だな」


 俺達に対して執拗に咆哮をしてきたボスだ。俺に攻撃を避けられてカウンターを決められてしまうこの状況で、何度も同じような攻撃をしてくるのは、自分の意志ではなくボスという立場から来る行動だろう。

 俺が避けるだけに留めている攻撃しかしなければ良いのに、俺に反撃されてしまう攻撃も何度かに1回してくるのは、プレイヤーが攻撃できる隙をシステム側で与えてるのだろう。


 もしこのボスがもっと自由な立場のモンスターなら、俺から逃げたりしてたかもしれない。それくらいコイツは勝ちに、生に貪欲なモンスターだった。


「それでも俺は同情なんかしないぞ」


 この言葉はボスに言ったのか、運営に言ったのか、誰に向けて言ったのか自分でも分からないが、この言葉通り俺はボスに全くチャンスを与えないようにボスと戦い続けるのだった。




『グアアアアアァァァァォォォォォ!!!』


 ボスの体力がほぼ削れ、最後の攻撃が来る。


「流石にこれはウル達が居ないと、無傷ではいられないだろうな」


 そうは分かっているが、俺は1人で受けきることにする。これはウル達を苦しめたボスへの怒り以外に、相手へのリスペクトを込めた行動でもある。

 それに俺1人で倒すって言ったしな。


『グアアアアアアアアァァァァ!!!!!』


 良くやったよお前は。本当に良くやった。

 もし完全にボスの意思だけで動けたなら、俺はどこかでリスクを冒さなければならなかった。


「くっ、あっぶねぇっ!」


 ただ、これはゲームだ。少なくともこのボスは、どんなプレイヤーでも倒せるように設定されているのだろう。

 魔法職が居なくても、遠距離職が居なくても、戦闘職が居なくても倒せる、まだそういうレベルのボスなのだろう。

 だからコイツは俺1人に倒されてしまう。

 今まで戦った3体のボスの中で1番戦闘が上手かったのに、コイツは俺1人に負けてしまうのだ。


「はぁ……結構ギリギリだけど体力は残ったな」


 ボスの最後の攻撃は、やはりいつもの全体攻撃だった。

 今回は風に加えて羽根も飛んできたため、これ程までに体力が削れたのだろう。

 俺は真正面から暴風を受けたが、閉じてしまいそうになる目をなんとか開けて、身体に当たる羽根を少しだけ片手剣で防げたのも良かった。


「システムに縛られてるのはちょっと可哀想だったけど、お前がウル達にしたことは消えないからな」


 俺が1人で戦い始めてからウル達の方を見ていないため、皆が今どんな状態なのか分からない。

 ただ、俺がボスに釘を刺してから1回もウル達を恐怖状態にさせる咆哮はしなかったため、悪いことにはなっていないと思う。そのことだけはありがとうとボスに言ってやりたい。

 もっとあの咆哮を続けてウル達を恐怖状態にさせたり、ウル達を直接狙ったりすれば、俺が冷静じゃなくなる可能性もあったのに、その戦法を取らなかったのは俺の言葉に何かを感じたからなのかもしれない。


「じゃ、次はもっと自由に動けるモンスターとして、生まれ変わることを願ってるよ。強かった」

『グアアア……ァァ……ォォゥ』


 勝つために最善を尽くそうとしたボスへ俺はとどめを刺したあと、ボスの最後の攻撃を防ぐために作ったであろう壁の後ろに隠れているウル達の元へと帰るのだった。




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咆哮する度に息子さんを全力で蹴りつけて回復してを繰り返せば学習してくれそうじゃない?
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