第171話
「ふぅ〜、ついたついた。これが最後のボスか」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
俺達はスキーローンの居たボスエリアから寄り道せず、真っ直ぐこのボスエリアまで来た。
道中出逢ったモンスターの中には戦ったことのない新しいモンスターがいっぱい居て少しだけ後悔もしたが。
何に後悔してたのかというと、冒険者ギルドへ依頼を受けに行く時間はあったのに、受けなかったことだ。
装備の素材を早く集めることに頭がいっぱいで、もし討伐依頼をいくつか受けておけば、今頃何十万Gは稼げていただろう。
結構今のこの段階で貰えるお金は価値が高い筈だ。うちのクランは俺以外のクランメンバーがまだここまで進めていないこともあり、純粋に冒険者ギルドの依頼報酬が一番高いのは俺だろうし、稼げる人が稼がなければ。
「いや、ボス戦前だ。後悔するのはあとにしよう」
俺は気持ちを切り替えて、今は奥にいるボスへと集中する。
そこに居るのはリプスという名前のボスで、もう3回のボス戦で見慣れた風の鎧をこのボスも纏っている。
そして今回のボスが他のボスと違うのは、手に何も物を持っていないこと。
これまでのボスは、盾や籠、大釜など戦闘に使えそうなものから全く関係なさそうなものまで何か手に持っていたのだが、今回はその両手に何もなく少し不気味だ。
ただ、その代わりなのか分からないが、背中には大きな翼が生えており、見た目も巨人というより獣の身体に近い。
「ちょっと今回はしっかり話し合ってから戦うぞ」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
最初に戦ったカイキアスは、顔だけ牛や山羊のような獣の姿をしていたが、今回の相手は全身が獣っぽく、二足歩行なのかどうかすら分からない。
見た目だけで言うと、巨人サイズの身体に翼が生えた肉食獣という、いかにも強そうな要素が盛り沢山だ。
だからこそ今回の相手が手に何も持っていないことが、全く安心できる要素にはならない。
相手の手と足には立派な爪があり、それが十分に武器としての役割を果たしそうな上、自由に動き回られると苦戦しそうな匂いがプンプンする。
「ボスはどんな攻撃をしてくるんだろうな」
これまでのボスは持っていた物をどうにか武器にして攻撃してきたし、そのどれもが厄介だった。
ただ厄介ではあったが、どこか動きづらそうというか、その手に持っている物に執着せず戦っていたなら、こっちは困るだろうなという場面が結構多かったのも事実。
なので今回は俺がこれまでのボスに感じていた弱点のような要素を、全て排除したような相手だということであり、油断は全くできない。
「あの見た目だし動きは速いはずだ。あと翼が生えてて飛ばないなんてことはないだろう。地上戦も空中戦も相手の素早い動きは想定しておくように」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
「あとは手と足の爪も気を付けないといけないし、相手が噛み付いてくる可能性も考えておこう。ただ、角とかはないから突進攻撃の警戒度は低めで。あと……」
そして大体俺がボスを見て感じたことはウル達に伝え終え、いよいよ今回最後のボス戦が始まる。
「じゃあ行くぞ!」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
こうして気合を入れた俺達は、リプスの待つボスエリアと足を踏み入れるのだった。
「シロ! ルリの回復を頼む!」
「コン!!」
「エメラは拘束を試してくれ!」
「……!!」
「ウルはまだ様子見でもいいぞ」
「クゥ!!」
俺達はボスと戦い始めてすぐに、力の差を、いや、生物としての差を感じていた。
俺達はボスエリアに入ってすぐ咆哮を受けたのだが、何かとんでもない相手と今から戦うのではないか? と思わされるような、身体の芯から震えてしまうような咆哮を浴びた。
今思うとこれは状態異常である恐怖状態にさせる攻撃だったのかもしれない。
俺は迫力あるなぁくらいにしか思わなかったが、俺以外の皆は咆哮を浴びたあと少し固まって、露骨に焦りだし様子がおかしくなった。
ただ、それも仕方ないと思う。
圧倒的な身体の大きさに、圧倒的な力の強さ。そして相手は捕食者で、俺達は獲物だと言われているような、そんなとてつもないプレッシャーを俺も少しは感じたからだ。
俺は他のゲームでこういった状況に慣れているし、そもそもプレイヤーを恐怖状態にしたり、混乱状態にするのはゲームの技術的に難しいのだろう。というかプレイヤーをそんな精神的な状態異常にさせることは流石にできないのかもしれない。
今回に関しては俺の付けている状態異常無効のアクセサリーはおそらく関係なく、俺が強い相手と戦うことにあまりにも慣れていたからビビらなかっただけで、初心者のプレイヤーが今の体験をしたら腰を抜かすだろう。
そして咆哮によってウル達が動けなくなっている時、俺はどこかワクワクした感情が湧いてきたあたり、自分はもう普通の人間には戻れないくらい生粋のゲーマーなんだと思ってしまった。
「また焦るなよ! 早く攻撃して楽になろうとするな!」
「クゥ!!」「アウ!」「……!!」「コン!!」
恐怖状態が少し解けたウル達は、急いでそのプレッシャーを跳ね除けるように最初の方は攻撃することばかりに囚われていた。
早くこのプレッシャーから解放されたい、早く楽になりたい、という思いが全員から伝わってきて、本当は慎重に戦わないといけない相手なのに、雑な動きで何度も攻撃するという最悪の選択を取っていたのだ。
「ルリ行くぞ」
「アウ!」
ただ、そんな中でルリだけは自分の役目を理解し、いつもより丁寧な動きで敵の攻撃を防御していた。
ルリも皆と同じように恐怖状態だったはずなのに丁寧な動きができていたのは、ルリの忍耐スキルが影響していたのかもしれない。
いつもの感じなら、ルリが正面から敵の攻撃を受け止めて皆が心配したりする展開もありそうだったが、ルリは事前の話し合いの通り慎重に戦っている。
そして俺とルリ以外の皆がボスに向けて雑な攻撃を仕掛けていたこともあり、その状況を見て更に冷静になれたというのもあるだろう。
怒ったり泣いたり焦ったり、とにかく自分よりも激しい感情を見せる他人がいると、自分が冷静になれるあの感覚だ。
「皆ルリみたいに早く冷静になってくれ。頼むぞ」
ルリが耐えてくれれば取り敢えずパーティーとしては何度でも立て直せる。
もしルリが恐怖状態に負けて、焦ってミスを連発していたりしたなら、それだけでもう俺達は終わりだっただろう。
それくらいの差が今の俺達とボスにはある。
ただ、ここまでボスのことを持ち上げておいて言うことではないかもしれないが、俺達とボスとの間に、実力差なんてものは存在しない。
それは傲慢でも何でもなく俺が居るからだ。
これは自分の技術に対して、経験に対しての自信であり、極論俺とボスが1対1で戦えば俺が勝つ自信はある。普通はあり得ないだろうし、俺は1つのミスも許されない戦いになるとは思うが。
ウル達はこれまで俺という精神的支柱が居たからこそのパフォーマンスの高さだったと思うが、それが恐怖状態で抜けてしまった今、非常にマズイ状態になっている。
そして、実力差は無いとしても、俺達が今感じているボスとの間にある大きな差は何かと言われたら、レベル差だろう。むしろそれが全てだと俺は思う。
この世界は生物としての差なんてレベルが上がれば解決する場所であり、そのレベルが今こちらの方が低いというのが問題だった。
ただ、そんなの最初から分かっていたし、自分達よりもレベルの高い相手は今まで散々倒してきた。今更考えることではない。
ウル達には早くその事に気づいて欲しいのだが、焦っていると周りの状況が見えなくなるのは仕方ない。
「(相手はステータスで言うと全ての能力が上で、空も飛べる、か。もしウル達この状態がずっと続くなら、最悪俺1人で相手しても良いけど……)」
エメラの方を見ると焦りが表情に出ていて、どう皆を動かせば良いのか困っている。そしてシロはそんなエメラを見て、自分もどうやって戦えば良いのか困っていた。
「エメラもシロも落ち着いてくれ。最悪俺1人でも倒してやるから」
「……!」「コン」
今の2人にとって励ましになるかどうかもわからない言葉をかけた後、俺はウルとルリの方も見る。こっちの2人は今の後衛2人よりも動きが良かった。
ルリは最初の焦ってた時と比べても更に丁寧な動きをしてて良かったし、ウルも今の動きにはそれほど問題がなさそうだ。
ウルは相手の攻撃を確認してから確実にカウンターを受けないタイミングで攻撃し、いつもより自分の攻撃回数が少なくなることも受け入れて、俺の言った通り敵を観察する時間を増やしている。
まだウルの表情には焦りが見えるものの、そんな状態でも俺の言葉がちゃんと届いていた事実が嬉しい。
「……でも流石に恐怖状態は治してもらいたいな」
皆必死に戦っているが、全くそこには楽しそうな感情が見られない。
「ク、クゥ!!」「ア、アウ!!」「……、!!」「コ、コン!!」
エメラとシロは勿論だが、ウルとルリも完全に恐怖状態が消えたわけではない。皆今も無理をしながらボスと戦っていて、俺にはそんな状態の皆を見ていることはできなかった。
「……皆集合!」
「クゥ!!」「アウ!!」「……!!」「コン!!」
「……とにかくエメラ達の場所に集合! 全員ボスと戦わずに待機!!」
「クゥ!?」「アウ!?」「……!?」「コン!?」
俺のあり得ない指示に皆困惑しているが、従ってもらうしかない。皆の苦しそうな表情を俺はもう見ていられなかったのだ。
恐怖状態恐るべし。
プレイヤーはなることのない状態異常だと考えると、これは明確なテイマーの弱点だな。
「まぁ、レベルが離れすぎてるんだろうな。それよりも今はあのボスだ。ウル達が落ち着くまで俺1人でどう戦おうか……」
俺はウル達が落ち着くまでと口では言ったが、時間稼ぎのつもりで戦うことはしない。
最近ウル達を信じて俺自身本気の戦闘をしていなかったためか、感覚が少し鈍ってきたような気がしていたから、今回は丁度いい機会だと思おう。
「モンスターのくせに待ってくれるなんて優しいな」
『グアアアァァァァォォォォォ!!!!!』
「うわっ、咆哮が俺達に有効だったの気付いてるのかよ」
俺達が1番して欲しくない行動をボスはしっかりとやってくる。
「まぁ俺は効かないけどっ」
ボスは前に出た俺を攻撃してきたので、ウル達が狙われる心配はしばらくなさそうだ。この状況でウル達を狙われたら1番マズかったが、それさえなければ取り敢えずオッケー。
「(さっきよりはマシだろうけど、また恐怖状態になってるな)……来いよペガサスもどき!」
『グアアアアァァァァォォォォォ!!!!!』
「おぉ、煽ってるのはやっぱり分かるっぽいな」
こうして俺は後ろにウル達を待機させながら、1人でボスへと立ち向かうのだった。