第169話
「ちょっとどんなボスなのか分からないなぁ」
名前はスキーローンと言い、今まで戦った2体のボスはどこか明らかなモンスターっぽさがあったが、今回は本当に大きな人間みたいな姿だ。
特徴としてはもじゃもじゃの長い髭が生えていることと、大きな釜を手に持っていること、あとはいつも通り風の鎧を纏っているくらいか。
とにかく本当に巨人っぽくて、もしルリがモンスターとして存在して、身体が大きくなっていったら、あんな大きさまで成長していたのかもしれないと思わせる相手だった。
「アウ!」
「あ、ルリは成長してもそんなに大きくならないのね」
「アウ」
といった本人からの訂正が入ったところで、早速アイツに挑みたいと思う。
どんな攻撃をしてくるか全く想像がつかないため、とにかくいつも通りの動きから始める。
「ルリいけるか?」
「アウ!」
あの大釜を振り下ろされて下敷きにでもなってしまえば、例えルリの防御力をもってしても耐えきれないだろう。
これはボスが一撃必殺である超至近距離の武器を持っているという風に考えて戦う方が良いな。
「でも、前衛のルリさえ気を付ければ意外と倒しやすい相手なのか?」
「クゥ!」「……!」「コン!」
『ウォォォォォォォォォォ!!!』
ボスはルリの相手をしていたら魔法攻撃を受け続けてしまうと気付いたからか、頑張って後衛を狙いに行くが、手に持っている大釜が重いのか動きが遅い。
「これなら余裕だな……なんてことは言わないぞ俺は」
こういう相手は何かしてくる。必ずどこかのタイミングで厄介な敵に変わるのだ。
「皆気を抜くなよ」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
そもそもルリと俺はボスの近くにいるから大釜の攻撃を受けただけで即死だし、ウルとエメラとシロはボスに追いつかれないよう今も移動しながら戦ってるしで、意外と余裕はあっても誰かがミスしたらそれで崩れそうな感じはする。
俺達が対処を間違えたら破壊されてしまうような相手で、まるでこっちは爆弾処理をしている気分だ。
「よし、これで半分だな」
俺達は全員が相手の攻撃に気を付けながら、とにかく距離を取って安全に攻撃し、体力の半分までは何事もなく削り切ることが出来た。
『ウォォォォォォォォォォォ!!!!!』
「えぇ、また氷か?」
そしてボスの変化を待つのだが、今日はとことん氷に縁がある日らしい。
ボスエリアが冷え込んできて、俺達の吐く息が白くなる。
そして空からは雪が大量に降ってきて、ありえない速度で地面に雪が積もっていく。ただ雪が積もるくらいなら少し動きにくくなるだけでそこまでの問題にはならないのだが、ボスの纏う風の鎧が雪を取り込んで、まるでボスの周りだけ吹雪が起きているような状態が俺とルリの近接組にとってはなかなかきつい。これでは今までよりも更に俺達の攻撃回数が減ってしまうだろう。
「雹と雨にも苦戦したけど、雪も雪で邪魔だな」
カイキアスの時は風の鎧に雹が混ざって攻撃性が追加された風の鎧って感じだったし、アペリオテスの時は雨だけでなくこちらのミスで氷魔法を相手に使われて戦いにくかったが、今回も今回で相当戦いにくい状況だ。
不自然なほど大量の雪が降ってきて、視界だけで言えば目の前がほぼ真っ白になる今回が1番見え辛い。
そして白い雪が大量に降るだけでも十分なのに、風を纏っているボスの近くは更に雪が舞ってボスの姿を隠してしまうし、相手の一撃が重たいこともあり慎重にならざるを得ないので、これは長引きそうな予感がする。
『ウォォォォォォ!!』
「ん? ……エメラ! シロ! 逃げろ!」
「アウ!」
ボスの身体の周りは吹雪のように風の鎧によって雪が舞っているが、近くに居た俺とルリは吹雪の隙間からボスがエメラたちの方に向かって大釜を投げようとしているのが見えた。
「……!?」「コン!?」
ドゴーーーーーンッ
なんとか投げつけられた大釜を2人は避けたものの、戦闘が長引いて雪が積もっていけば、今の攻撃を避けられなくなる時が来るのだろう。
「なるほど、やらしいなぁ」
正直雪が降ってきただけだと思っていた俺は、戦いにくくなっても慎重に戦えば倒せるだろうくらいに心の中では思っていた。
しかし今ボスが大釜を投げつけ、エメラとシロが大雪の中大釜を避けた場面を見て、このままではマズイと思い直す。
ただ、これから先どんな展開になるのか予想できたのはありがたかったな。
「慎重にやりたかったけど、長期戦は悪手だな」
もし大釜を投げつけるという攻撃を今見せずに、雪が降り積もって後衛の身動きが取れなくなった後にその攻撃をしてきたのなら、たぶん避けることが出来ずに俺達は崩壊していただろう。
これはリスクを承知で攻撃するしかないな。
「今回もとにかくスピード重視で倒すぞ! 早く倒さないとヤバい! 大釜を持ってない時のボスが攻撃のチャンスだ!」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
この後俺達はいいペースでボスの体力を減らしていくのだが、どんどん足元には雪が積もっていき、遂に俺とルリはボスが大釜を持っている時に攻撃する事は出来なくなった。
吹雪の中に突っ込んで攻撃しないといけない上、一撃必殺の武器を持った状態のボスを警戒しながら動くことなど不可能。更に足も雪に取られて避けることがないとなれば、もう大釜を持っていない時しか攻撃できない。
「エメラ、大丈夫か?」
「……(コクッ)」
そして雪が積もっていくと、段々エメラの樹魔法の威力も弱くなってきた。
いつもならすぐに樹が成長するのに、その成長速度も遅くなってるし、動きも鈍い。
本人は大丈夫だと言うようにこちらへ頷くが、もっと雪が積もれば更に弱くなるはずだ。
「ウル、頼むぞ」
「クゥ!!」
この状況で伸び伸びと動き回り、魔法の威力も上がっているのはもちろんウルだ。
エメラの魔法が弱くなるにつれて、ウルは調子を上げていく。
「シロも避ける準備は常にしててくれよ」
「コン!」
シロもウル程ではないが調子を上げていて、ウルとシロがたまに横で並ぶ時、2人は雪が似合うななどとつい考えてしまう。
(いや、こんな状況で考えることじゃないか)
ウルもシロも白い身体が雪の中だと映えて、こんな状況じゃなければ写真を撮りたいくらいだ。
「ア、アウッ」
「ルリっ!」
そんなことを思っていると、ルリが雪に足を取られ転けてしまった。
今はボスが大釜を投げた後だったので、仮にルリが攻撃されても耐えられただろうが、身長が低いルリは俺よりも雪で身動きが取りにくい危険な状況のため、もうそろそろ1人で動くのは厳しくなるだろう。
ウルとシロは雪の上でも移動が出来ているが、ルリとエメラはどうにかしないといけない。
「ルリ、あと1分にしよう。その後はもう俺が背負うから、攻撃は皆に任せて一緒に逃げ回るぞ」
「アウ!」
本人も雪のせいで動けなくなることは理解しているのか、俺の言ったタイムリミットまで一生懸命攻撃し続けてくれた。
「じゃあ背負うぞ」
「アウ!!」
1分が経ち俺はルリを背負おうとするのだが……ルリさんや、あんた楽しんでるでしょ。
楽しむのはいいけど、そんなに嬉しそうな顔したら皆が羨ましがるって……
「エメラももう俺が抱っこするから、こっからはウルとシロが頼りだ。頼むぞ!」
「(コクコクコクコクッ)」「クゥ」「コン」
と言うことでエメラを抱っこしルリをおんぶした俺は、子どもの遊び相手をしているお父さんのような、戦場には全く必要ないそんな気持ちで2人を抱え走り回る。
「エメラのおかげで落とす心配がないのはいいな」
「……!」
樹魔法で俺の身体にルリとエメラを括り付け、どれだけ俺が身体を動かしても離れることはない。
「この状態でも攻撃できるならエメラはしてくれよ?」
「……!」
「ルリはもう皆を応援してくれ」
「アウ!」
いつもなら自分が攻撃出来ない状況だと残念がるルリが、元気一杯に背中から返事をしてくれる。
表情は見えないけどニッコニコなんだろうな。
『ウォォォォォォ!!!!!』
「クゥ!」「コン!」
そして俺達が必死に逃げ回っている間に、どうやらウルとシロがボスを瀕死まで追い込んでくれたらしい。
「よし、いつも通り防御体勢……いや、少し脆くなっても良いから、もっと大きく壁を作って欲しい」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
そして皆で壁の後ろに隠れて、ボスの攻撃を待つ。この時は流石にルリとエメラを俺が抱えているわけではなく、ルリには前で盾を構えてもらい、エメラは俺の後ろに隠れていた。
「来るぞ!」
『ウォォォォォォォォォォォ!!!!!』
ボスが叫んだその瞬間、ボスの近くに積もっていた雪も巻き込んで、全方位に雪を飛ばしている。
そして大きめに壁を作っていた俺達は、雪に埋もれることなくなんとか無事に耐えることが出来た。
壁に守られた場所以外は、俺の頭の辺りまで雪が積もっている。ということは、今ボスの近くには雪が積もっていないため、そこまで行けば戦いやすいはずだ。
「ここは雪で動けないし、とにかく皆でボスに近付こ……」
俺は最後まで言い切ることが出来ず、側に居たルリとエメラを手で掴み、雪の壁へと突っ込んだ。
ギュッ
音としては何でもなさそうなもの。雪の上になにか重いものを置いて、雪が押し潰される音だ。
ただ、俺達にとっては何でもないような音ではなかった。今まさにその雪が潰れる音とともに、自分達も潰されかけたのだから。
(……う、動けない)
足には雪ではない硬い感触がある。これはおそらく大釜だろう。投げられた大釜を本当にギリギリで避けることが出来たというのが分かった。
(両腕にルリとエメラの感触はあるな)
2人ももぞもぞ腕の中で動いているため、生きていることは確認できた。
ただ、ここからどうすれば良いのだろうか。
もしウルとシロが今の攻撃で倒されていた場合、残っているのは雪に挟まって動くことの出来ない俺達だけということになる。
「(ルリ、エメラ、どうにかして出れるか?)」
「(ァ、ァゥァゥ)」
「(……)」
俺と同じですぐには無理そうだが、一応ルリは俺達の中で1番動けてそうではある。
もっと上の方に逃げ込めば良かったが、ほぼ倒れ込むようにして雪へと突っ込んだ俺は、相当上に出るまで距離がありそうだ
『ウォォォォォォォォォォ!!!!』
そしてスキーローンの足音がどんどんこちらへと近づいて来るため、ボスがここに到着する前に抜け出すことは無理だろう。
もうこうなったら大釜をボスが持ち上げた瞬間、足の方から出て全速力で逃げるしかない。
『ウォォォォォ』
「(よし、大釜を取れ、来い、来い、来い!)」
「クゥ!!」「コン!!」
『ォォ……ォォォ』
「えっ?」
ボスが大釜に手をかけた振動が伝わり、持ち上げようとしていたそのタイミングで、ウルとシロの声が少し遠くから聞こえたかと思うと、足に当たっていた大釜の感触がなくなった。
《ユーマのレベルが上がりました》
《ウルのレベルが上がりました》
《ルリのレベルが上がりました》
《エメラのレベルが上がりました》
《シロのレベルが上がりました》
《始めてスキーローンを討伐しました》
《始めて単独でスキーローンを討伐しました》
次の瞬間俺の目の前にはこのような表示が出てきて、何がどうなったのか分からない中取り敢えず声を出す。
「ウ、ウル! シロ! ……あの、俺達を掘り出してくれない?」
「クゥ!」「コン!」
こんな情けない主に対してもしっかりと返事をしてくれる、頼もしいウルとシロの声が俺には聞こえたのだった。