第163話
「あの、そろそろ次の相手倒しに行かない?」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
俺は家へ帰ってきてキノさんに魔獣の結びというミサンガのような装備品を渡した後、少しリビングで休憩したらすぐ次のモンスターを倒しに行こうと思っていた。
しかし蓋を開けてみればシロ以外の皆に抱っこやおんぶをせがまれて、中々外に出られないという状況に陥っている。
おそらくボス戦時に人化したシロを俺がおんぶしていたことが、この状況になった原因だと思われるんだが、流石にウルを抱っこしたりおんぶしたりすることはできないため、逆に俺が寝転がったウルの上に覆いかぶさることで許してもらった。
そしてこのようなことをしていると皆戦闘モードからゴロゴロモードへと意識が切り替わったのか、皆の頭を撫でたり、ゴーさんが用意してくれたおやつを皆の口に運んだりして、とにかく今は皆のご機嫌取りの時間になっている。
ちなみにキノさんも俺の言う"皆"の中には入っていて、抱っこもしたしご飯を食べさせたりもした。
まぁ魔獣の結びは信頼度に依存するらしいので、キノさんと仲良くなればなるほど共有される経験値量は増えるし、そんなのが無くても俺はキノさんと仲良くなれたなら嬉しい。
そして珍しくゴーさんとグーさんも今回は働くこと無く俺達の近くでゆったりした時間を過ごしているため、この雰囲気を壊すことが俺には出来そうになかった。
「まぁ早く装備は作りたいけど、皆がゴロゴロしたいならそっち優先だな」
こうなっては俺も皆と同じように意識を切り替え、リビングではなく裏庭の方へと皆で移動し、もうこの時間を休憩時間にする。
「え、前まであんなにちっちゃかったのに、大きくなったな」
『ヒヒン!』
裏庭には少し前まで小さかったライドホースが走り回っており、中心にはハセクさんとマウンテンモウ達が居た。
そして気持ちよさそうにハセクさんの近くで寝転がっているマウンテンモウとライドホース達に俺達も混ざって、皆で一緒に日向ぼっこする。
「皆元気そうで良かった」
最近見ていなかったマウンテンモウとライドホース達が元気そうなのは良かったし、何よりもあの小さかった赤ちゃんライドホースが、後少しで人を乗せられそうなくらいまで大きく成長していたのには驚いた。
「あ、忘れてた。この白銀の鞍を渡してもいいですか? エマちゃんがこの子に乗りたがってたんで、乗れるようになったら声をかけてあげてください」
「(ぶんぶん)」
ハセクさんは俺のお願いに大きく頷き、その役目は承ったと言わんばかりに白銀の鞍を受け取ってくれた。
「皆今となってはうちのために働いてくれてるもんなぁ」
『ヒヒン』『ヒヒーン』『モウ』『ムウ』
親のライドホース2体はハセクさんやゴーさんと一緒にベラさんのお店まで商品を運んでくれてるらしいし、マウンテンモウ達にはいつもミルクをもらってる。
まぁ今は全部俺の知らない所で作業が完結してるから、何がどうなってるのか詳しくは分からないけど。
「結構休憩したし、この後カシワドリ達にも会いに行った後は、ちょっと職人ギルドに用があったのを思い出したからそっちに行こっか」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
ということで俺達は鶏舎に向かい、うるさいのを覚悟して扉を開けたのだが、予想とは違いカシワドリ達の鳴き声があまり聞こえてこない。
『……』『コケッ』『……』
「あれ、そんなに大人しかったっけ? しかもなんか鳴き声が綺麗な気がする」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
前はもっと『ゴゲッ』みたいな奴も居た気がするけど、そもそも鳴いているカシワドリがほぼ居ない。
「まぁ元気なら良いんだけど……」
ウル達はたまにここへ来ているのか、カシワドリ達が警戒している様子は見られない。むしろカシワドリ達が寄って来ているため、仲は良いのだろう。
ここは俺の家ではあるけど、俺の知らない事がいっぱいあるなぁと少し不思議な気分になるが、そもそも最近こうやってモンスター達の様子を見てなかったから当たり前だ。
今度からはもう少し様子を見に来ようと思いはするが、なかなか難しい気もする。
「じゃあ、えっと、お邪魔しました」
『コケッ』『コケッコ』……
鶏舎を出る時そうカシワドリ達に向けて言葉をかけ、俺はさっき言った通り北の街の職人ギルドを目指して歩く。
「商人ギルドの人に言われたことすっかり忘れてたや」
俺が思い出したのは北の街の職人ギルドへ一度行ってあげて欲しいと言われたことで、取り敢えず顔を出してみる。
「すみません」
「あ、ユ、ユーマさん! 遂にこちら側へ来たということは……もしかしてギルドへの登録ですか!?」
「へっ? いや、ちょっと興味があってこっちへ来てみただけなんですけど、そんなに登録する方が良いですかね?」
「そりゃあ勿論ユーマさんには是非登録していただきたいです! ユーマさんが出していらっしゃる商品は大人気ですし、むしろ今までこの北の街の職人ギルドへ登録してないことがおかしいですよ!!」
あぁ、たぶんこの人だ。商人ギルドの人が言ってた、俺に登録して欲しがってるっていう知り合いは。
「えっと、別にどの職人ギルドで登録しても同じだと思いますけど……」
「それはそうですけど、北の街は他の街と違って農業が盛んな職人ギルドですから。それなのに農業をされていて、色々なものを作っておられるユーマさんが、登録しないのはおかしいじゃないですか!」
「え、そ、そうですか?」
「はい!!」
ただ、ここまで言われても別に登録しようとはあまり思わない。登録したくないとも思わないけど、する意味がないならしなくていいかなという感じだ。
「でもご存知の通り俺ってもう商品を売るルートとかは出来てて、今更職人ギルドに登録する必要はないというか、なんというか……」
「あります! 職人ギルドへ登録する理由!」
「え?」
この人が言うには、職人ギルドへ登録した後一定の依頼を達成したら、購入できる商品が増えるのだとか。
詳しいことはまだ言えないとのことだが、これは俺にメリットがあるから是非登録してどんどん依頼を受けて欲しいとのこと。
終始登録させようとする気持ちが先行しすぎて怪しい口調だったが、別にこちらを騙そうとしている感じではなかったし、ただただ俺に、登録してくれ! っていう気持ちをダイレクトに伝えてきて、こっちが気まずいだけだったのかも。
「えっと、じゃあ、登録しようかな?」
「はい!」
ということで俺は職人ギルドに登録することになり、これで登録していないのは魔術師ギルドだけになった。
「ちなみにうちにはゴーレムが居るんですけど、俺の代わりに依頼を受けたり出来ます?」
「え? そ、そうですね。ユーマさんの代わりだという証明が出来れば……たぶん?」
「ゴーレムってそんなにいっぱい居ます?」
「いえ、たまに買い物しに来るゴーレムを見るくらいで……」
「あ、たぶんそれうちのゴーレムです。2人の時と1人の時があると思いますけど、2人の時が多いかな?」
もう農業に関して俺はノータッチなので、ゴーさんやグーさんに職人ギルドの依頼は受けてもらおう。
どうやら野菜から乳製品等の納品まで色々あるっぽいし、うちで取れて余ったものを納品する形になるかな。うちでの消費量も結構多いし。
まぁベラさんの所に卸してるものが殆どだから、納品依頼はそんなに受けられないと思うけど。
「えっと……これでよし。このメモをゴーレムに渡しておくので、一応これを持ってるゴーレムは俺の代わりだってことにしてもらっても良いですか? うちのゴーレムだっていう判断がつかない場合は依頼を拒否してもらってもいいので」
「わ、分かりました」
ということで結局俺は職人ギルドへ登録し、少し依頼ボードを見た後ギルドを出るのだった。
「せっかくここまで来たしキプロの店にも顔出しとくか」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
俺は職人ギルドからまっすぐキプロの店に行くと、お店の中には何人かの冒険者達が、あれにしようかこれにしようかと装備を眺めていた。
「いらっしゃいま……ユーマさん!」
「ちょっと近くまで来たから顔出しに来た」
店内の冒険者達はキプロの反応でこっちを見てきたので、邪魔にならないように店の奥にキプロを連れて行き少しだけ話す。
「朝の訓練に最近行けてないのと、たぶんこれからも毎日は顔出せそうにないから、そのお詫びでこれ、はい」
「え、こんな素材良いんですか?」
もう使わなくなったボス素材をキプロに渡す。キプロ相手にお金は要らないと言ってもまた揉めるだけなのでそんなことは言わないが、安く買い取ってくれて良いとだけ伝えておく。
「あ、そうだ。ルリの装備になんか良いのない?」
「うーん、僕は魔獣の装備を作ったことが殆どないので、お力になれないです」
「前もちょっと無理言って作ってもらったし、仕方ないか。分かったありがとう」
「はい!」
俺はキプロに素材を渡した後、すぐにお店を出て家へと帰ろうとするのだが、俺の気のせいかもしれないが誰かに跡を付けられている気がする。
「ついてきてるか?」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
ウル達も気配は感じているようで、向こうに何の目的があるのかはわからないが、とにかくこのまま家へ帰るのは良くなさそうだ。
「クリスタルで帰るか」
後ろの気配に気付いてからは、色んな道をぐるぐる回って街の中心にあるクリスタルへ行き、そこから家の裏のクリスタルへ移動することで尾行を巻いたが、少しだけ気分は悪くなった。
「なんだったんだろうな」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
相手に悪意があるかないかは関係なく、追われるだけで気分は悪い。
そしてこれまでこういったことがなかったため、おそらく相手は第2陣でやってきたプレイヤーだろう。
これからも気を付けないといけないことに少し憂鬱な気分になったが、取り敢えず今回は何も被害がなかったことに安心するのだった。