第138話
「本当に今から行くの?」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
ウル達に早く探索へ行こうと急かされたのは良いが、まさかアウロサリバから焼き芋おじさんの村まで今から行くことになるとは思わなかった。
「結構今から行くのはちょっと重いかな? って思うんだけど、近くの行ったことない場所を探索するのは……?」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
「行きたいですか、そうですか」
ウル達の意志は固いらしい。
ただ、正直今日はこの後クランで集まったりクランメンバーを勧誘したり、話し合いをしたり色々ありそうなため、探索は今のうちにするしかないのは間違いない。
「行くかぁ」
冒険者ギルドで道中に倒せそうなモンスターの討伐依頼だけ受けて、すぐに村へ向かうことにする。
「スピード勝負だな」
あの村までは歩いて数時間、急いで1時間くらいだろうから、往復するとしてもそこまで時間はギリギリではない。ギリギリではないが、本当に同じ道をまた移動するのはウル達は楽しいのだろうか。
「皆新しい場所へ探索に行ったりするよりもこっちを優先していいの?」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
ウル達の意志は固い。
「まぁ俺も早くゴーさん達のために動いてあげたい気持ちはあるけど」
今回ウル達がまた焼き芋おじさんの村へ行こうと言ったのは、ゴーさんのためだった。
「水を持って帰るのは必須として、何であんなに美味しい野菜が作れるのかの理由をちゃんと見つけたいな」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
ゴーさんは俺が焼き芋おじさんの村から取ってきた川の水を気に入り、もっと欲しいという熱い要望を受けて今回集めることになった。
イラストを頼むため写真撮影をしていた時にゴーさんからこのことを伝えられたのだが、ゴーさんは今すぐでなくても良いというような感じなのに対して、ウル達はその瞬間からやる気満々になったため、こうして今急いで向かうことになっている。
「もし焼き芋おじさんが言ってたように、神様の力だったら俺達にはどうしようもないから、その時は大人しく水だけ汲んで帰ろう」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
「まぁ少しでも栄養のある水の原因を見つけられたら良いな」
最初にあの村へと配達に行った時は、もう来ることはないと思ってたけど、気が付けばこれで3回目だなと思いながら、長い道を進むのだった。
「着いた」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
まずは忘れないうちに、このためだけに職人ギルドで買った水を入れる容器へと、どんどん水を入れていく。
「これだけあれば良いかな」
家の裏にある畑の水やり何十回分はこれで汲んだはずだ……たぶん。
「じゃあまた行きますか」
そして俺達は村の中へ入ったが、今日は焼き芋おじさんが見えない。
「すみません」
声をかけても焼き芋おじさんの反応はない。
「もしかして、お墓まで行ってるのかな?」
しばらく家の前で待つことにした俺達は、この待っている間に今日の予定をクランチャットへ書き込むことにする。
「えーと、9時か10時くらいに、西の街カジノ裏前の、工房へ集合出来る人は、集まってください、っと」
ガイルは少し前に、メイちゃんは丁度今起きてきたらしく、2人は今から10時くらいまでずっと工房に居るとのことだ。
「アリスさんも起きてるのか」
アリスさんは今からでも向かえますと言っているが、俺がその時間まで行けないと送ったら、それまでにやることがあれば何でも言ってくださいと、ビックリマークが10個くらい付いたチャットが返ってきた。
「おや、また来てくれたのかい」
「あ、こんにちは。今日は水を汲みに来たのと、美味しい野菜がどうやって作られているのかの原因を知りたくて来ました」
「そうかいそうかい。神様が水に栄養をくれるって話はしたと思うけど、それ以外だとなんだろうねぇ」
そう言いながら家に入り、またすぐ出てきたかと思うと、おじさんは焼き芋を焼き始めた。
「あ、このアイスどうぞ」
「あぁ、この前言い忘れたけど、アイス美味しかったよ。またくれるのかい?」
「はい。それに俺はもう結構な量の焼き芋もらってますから」
「じゃあお返しに今日も焼かないとね」
モルガがこの村を出てから毎日焼き芋を焼くことはなくなったらしいが、お供えものをお墓へ持っていく時は、いつもここで焼いてから持って行くらしい。
「あのお墓まで1人で行くのって危なくないですか?」
「この辺を歩くのはそこまで危険なものでもないよ」
「モンスターに襲われたりしないんですか?」
「襲われないようにするのさ」
地元の人ならではの感覚があるのかもしれない。
「ほら、これは焼けたね」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
ウル達は嬉しそうに焼き芋を食べている。
まさか焼き芋が食べたくてここに来たってことは、ないよな?
「何が良い影響を与えてるんだろう」
「昔村の誰かから聞いたので言うと、モンスターのおかげだって聞いたことはあるねぇ」
「モンスターですか」
「このあたりに居るモンスターが影響を与えてるんじゃないかって話さ」
忘れられた森の賢人は、モルガが言うに数ヶ月前現れたって言ってたから、この場合ボスのことではないだろう。
「となると、忘れられたキノコか?」
「あのモンスターは知らずに近づくと痺れさせてくるから、村でも嫌われているよ」
「そうなんですか」
でももうこの村の近くにいる畑に影響を与えそうなモンスターは、忘れられたキノコしか居ない気がする。
「ちょっと今の話を参考にして、何でこの村の野菜がこんなに美味しくなるのか調べてきます」
「応援しているよ」
「ほら、皆も行くよ」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
おじさんにお礼を言って、俺達はまたこの村を出る。
「忘れられたキノコをまずは倒してみようか」
探すとなかなか見つからないが、なんとか1体発見し、いつも通り倒してみる。
「ドロップアイテムは忘れられたきのこだよな」
落とすアイテムはこれまでと変わらないし、これが何か良い影響を与えているとも思えない。
「どうする? もう少し探すか?」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
「了解」
俺達は何を探しているのかも分かっていないが、とにかくあの村に続いている川の周りを調べる。
「お、また忘れられたキノコだな」
何体か集まっていて、川に少し身体を近付けたかと思えば、胞子を振り撒いている。
「川にいる魚を痺れさせて食べるとか? いや、流石に違うか」
俺は何かこの後も変な動きをすると思い追いかけてみたが、特に何もなかった。
「分かんないなぁ」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
村の人の発言を信じてみたが、これはハズレだったかもしれない。
「クゥ!」
「ん?」
ウルが声を上げたのでそちらを見ると、忘れられたキノコにしては少し大きいサイズのモンスターが居た。
「亜種か。忘れられたキノコの傘は茶色だけど、こいつは赤色だしヤバそうだな」
「クゥ!」「コン!」
「よし、ナイス」
ウルとシロの活躍によって、このまま相手に何もさせることなく倒せそうだ。
『……』
「……でも、別にこいつは俺達を襲ってきたわけじゃないよな」
「……クゥ」「……アウ」「……(コク)」「……コン」
「……一旦ウルの氷魔法を解いてあげて、もし襲ってきたら倒してくれるか?」
「クゥ」
俺達は一度襲い掛かってしまったが、取り敢えず忘れられたキノコ亜種の様子を見る。
勿論襲いかかってきても良いように全員警戒はしているが、目の前のモンスターからは戦いの意思を感じない。
『……』
「戦う気はないっぽいし、シロとエメラで回復してやってくれ」
「……!」「コン!」
「俺もお前を回復してやりたいんだけど、俺のヒールは魔獣だけにしか出来なくてな」
『……』
冒険者ならモンスターを倒すのが普通だと思うが、あまりにもこの敵は抵抗する気が無かったため、今回は倒さずにお別れする。
「他の冒険者からはちゃんと逃げるんだぞ」
『……』
そう言って俺達はこの場を離れる。
「お腹の中に赤ちゃんがいたライドホースの時もそうだけど、モンスター達も生きてるって感じるな」
性格的な理由で襲ってこないモンスターも居るだろうと思っていたが、戦闘を好まない亜種のモンスターに出逢うとはなかなか珍しい体験をしたと思う。
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
「ん?」
『……』
「……え、ついてきたの?」
『……』
「えーと、どうしよう。たぶんだけど、一緒に来たいってことだよね?」
『……キノッ』
「あ、声は出せたのか」
『……』
「俺の言葉が分かるかな? たぶん一緒に来ても、探索とか連れて行ってあげられないと思うんだけど、それでも良い? まぁそもそも戦闘は好きじゃないだろうけど……」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
『……キノッ』
ウル達もこの忘れられたキノコ亜種に対して話しかけており、どうやらついてくる意志は固まったようだ。
「じゃあ、テイムを受け入れてくれる?」
『キノッ!』
「よし行くよ、テイム!」
《忘れられたキノコ亜種をテイムしました》
「おお、初めてテイム成功したな」
俺は早速名前を決める。
「忘れ、キノコ、亜種、あ〜〜、ごめん。忘れるっていうのと、きのこから取って、キノじい……いや、普通にキノさんで!」
「キノッ」
忘れるという言葉からお年寄りという言葉が連想されたが、流石に可哀想だと思ってさん付けにした。
名前:キノさん
レベル:33
種族:忘れられたキノコ亜種
パーティー:ユーマ、ウル、ルリ、エメラ、シロ、キノさん
スキル:謙譲、インベントリ、『忘れられたキノコ亜種』
装備品:なし
忘れられたキノコ亜種:毒胞子、分裂、『忘れられたキノコ』
忘れられたキノコ:痺れ胞子、吸収、突進、『新しいキノコ』
新しいキノコ:歩行、共生、分解
「なるほど、タマゴと違ってテイムしたらこれまでの種族スキルがあるのか」
「……キノッ」
キノさんは俺達に攻撃された時も毒胞子や痺れ胞子を使うことはなかったし、本当に戦うのが苦手なのかもしれない。
「で、タマゴ進化しなかったらスキルが少ないと。でもキノさんは謙譲っていうスキルを持ってるし、他のモンスターに比べたらレアなのか?」
流石亜種モンスター、そこら辺の忘れられたキノコと違って珍しいスキルは持っていた。
「あとテイムしても俺のレベルが上がらなかったのと、キノさんのレベルが1番高いな」
孵化だと俺を基準に生まれてきて、テイムだとその魔獣の元々のレベルで仲間になるっぽいな。
「よし、おじさんにもう1回挨拶して帰るか」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」「キノ」
俺達は野菜を美味しくする水の正体を突き止めることは出来なかったが、新しい仲間であるキノさんを仲間にすることは出来たのだった。