第113話
「つ、強すぎ、です」
「エマちゃんも最初と比べたらめちゃくちゃ動けるようになったと思うよ。ただいつもよりペース配分が下手だったね」
「少し、前半に、力を使いすぎました」
「俺のこと倒せるって思ってたでしょ」
「うっ、ご、ごめんなさい」
「いいよいいよ。むしろそれくらいの気持ちで来てくれた方がこっちも嬉しいから。あ、ウル! ゴーさんに飲み物と軽めのおやつお願いしてもらっても良い?」
「クゥ!」
「意味はないかもしれないけど、シロも治癒の陣でエマちゃんを回復してあげて」
「コン!」
アイス作りが終わったのか、皆が俺たちのところに来てくれたので、ウルとシロにはお願いをしたのだが、ルリとエメラも何か仕事をくれというような視線を俺に向ける。
「アウ」「……!」
「そうだな。それならルリとエメラには少しだけ俺と戦ってもらって、エマちゃんに戦闘を見てもらう?」
「ア、アウ」「……(ふるふる)」
「ユーマさん、魔獣が主相手に攻撃はできないと思います」
「じゃあルリとエメラは不意打ちもなしに俺が2人の攻撃を受けちゃうって思ってるの?」
「アウ!」「……!」
「す、凄いですね」
「本当に俺には勿体ないくらいの魔獣達だよ」
ルリとエメラは早速俺に向かって攻撃を仕掛けてくるが、たぶんゲームの仕様上パーティーメンバーの攻撃は受けないと思うので、俺もルリもエメラもダメージを負うことはないと思う。
まぁそんなこと言っても面白くないし、ちょっと楽しませてもらうか。
「一応ルリは武器で、エメラは魔法で攻撃してきてくれよ。俺もあんまりステータスに余裕がないから、生身の身体で攻撃してきたら……間違って斬っちゃうかも」
「ア、ア、アウ」「……(コクコクコクコクッ)」
「ユーマさん、本当に魔獣さん達と仲良いんですよね?」
「もう仲の良さなら誰にも負けないだろうな」
エマちゃんと話しながらもルリの攻撃を俺は受け止める。
「やっぱりルリは力が凄いわ。これを受けきることは難しそう」
「ユーマさんは余裕に見えますけど」
「これでもお互いに全力は出してないから」
「そ、それでですか」
「ちなみにモニカさんの方が全然俺達より強いよ(今はね)」
「わたし、そんな人と毎日訓練を」
「お、エメラ良いね。今のタイミングで横からの攻撃は避けにくいかも」
「……!」
そして俺達はゴーさんが持ってきた飲み物とおやつをエマちゃんが食べ終わるまで、少し見せ物を意識した派手な戦闘を続けるのだった。
「ありがとうございました」
「美味しかった?」
「おやつもそうですけど、訓練もです」
「モニカさんとはちょっと違ったでしょ」
「ユーマさんの方が、戦いにくかったです」
「俺は勝つための動きだけど、モニカさんは基本的に守りの動きだから」
「まだわたしには違いが分かりませんでした」
「今はただの運動としてでいいと思うよ」
「1本取れるように頑張ります!」
「そ、そっか。俺もやられないように頑張るよ」
実力差が開き過ぎれば、相手とどれほどの距離があるのか分からない。エマちゃんはたぶんモニカさんよりも俺の方が1本取るのに近いと思ってるんだろう。
確かに今は俺の方がステータスで見ると圧倒的に弱いし、俺とモニカさんが戦えば俺は勝てないだろう。
だが、エマちゃんが俺達のどちらかと戦って1本取るなら、俺に1本取る方が圧倒的に難しいはずだ。
それに俺はプレイヤーだから、ここから更に強くなっていく。この世界の人と比べれば、俺達プレイヤーは成長するためにリスクを取り放題なのだから。
「って俺は誰を相手にムキになってるんだ。よし、皆行けるか?」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
俺達はまた南の街へと移動する。
「おいユーマ。急に呼んでどうしたんだ? しかも今回は俺だけだしよ」
「なんか今作ってるんでしょ? すぐ終わるからとにかく付いてきて」
「分かったから説明をしてくれ」
「30分で終わる」
「もう分かった。ついて行く」
説明は俺もどうしたら良いかわからないんだよなぁ。さっさと行くのが俺のためにもガイルのためにも良いはずだ。
「ここの奥なんだけど」
「俺のやってるのとはもう別物の探索だな。ギミックとかあんのか?」
「壁は装備装飾品で開いただけだから、誰でもこれを持ってれば行けるはず」
「それを見つけるって、普段どんなことしてんだよ」
結構配達依頼とか誰も受けないやつやってるんだけど。
「で、ここが連れてきたかった場所。あれ、また切り株の上に石がある」
「なんだこの場所、今から何か起こりますって言ってるようなもんじゃねぇか」
「ちょっと後ろに下がってて」
「おう」
そして切り株の上の石を取ると、いつものように植物が伸びてくる。
「何が起こるか先に言ってくれよ」
「ガイルは凄いな。さっきベテランのサポーターの人と来たけど、ここはベテランでも叫んでたよ」
「こういうのを他のゲームで経験してるからな」
「なるほどね」
「それでも驚きはする」
植物の成長が終わり切り株の上を見ると、そこには金槌があった。
「良さそうなのがあるな」
「一旦取り出してみるね」
石を窪みへはめ込み、金鎚を取り出す。
「名前は『植物の金鎚』だって」
「植物系の素材を使った時に色々作りやすいとかか?」
「さぁ、魔法の金鎚とどっちがいいかな」
「どっちも良さはあるだろ。まぁ今の段階だと魔法の金槌はヤバい性能をしてるな」
「魔法シリーズの凄さは初心者でも色々出来るようになることだから」
「もっと腕が上がればその影響も感じなくなるんだろうな」
「確かにこの世界の鍛冶師の友達に貸した時は、自分の今の実力で作れる最高のものが作れたかも、みたいな。調子の良い日は魔法の金鎚を使わなくても同じ様なもの作れますよって感じだったかも」
「なるほどな」
さて、この金鎚をガイルにあげようと思うのだが、あの鍛冶部屋に置いておきたい気持ちもある。
「あ、それくれようとしてるなら要らないぞ」
「え、欲しくないの?」
「いや、そういうわけじゃないが、その代わりといっちゃなんだがちょっと相談があってな」
話を聞いてみると、ガイルとメイちゃんが使っている工房に最近プレイヤー達が押しかけてくるらしい。
「商人ギルドに言って注意してもらうようにお願いしてるんだけどな」
「なんでそんなことになってるの?」
「あの辺に同じような工房がいくつかあるんだが、全部どっかのクランか人数が多い鍛冶師や錬金術師の集まりでよ。個人の2人であんな場所を使えてる俺らがおかしいんだ」
「なるほど?」
「それでいつも俺達が工房に来るから、どれくらいのシフトで工房を使ってるのか聞かれて、なんにも知らなかった俺は毎日って答えちまったんだ」
ようは皆でお金を、この場合はチップを出し合って買ったたまにしか使えない工房を、隣の人達はたったの2人で使用できてて羨ましいから、そこにお願いして自分達も使わせてくれとお願いしてくるって状況かな?
「でもその人達は自分達の工房を持ってるんでしょ?」
「第2陣が来たら職人ギルドの中にある施設も満足に使えなくなる可能性が高いってことで、今のうちに使える場所は増やしておきたいんだとよ」
「なるほどね。まぁ流石にそんな状況だとあそこは使いにくいか」
「今もメイが工房の中で1人なんだが、呼ばれても外には出ないように言ってる」
「ちょっと商人ギルドに俺も行くよ」
「全部ユーマから貰ったものなのにすまねぇな」
「いいよいいよ、友達でしょ? それにこういうトラブルも含めて楽しいんだから」
「まぁそうだな。俺はメイが心配だから一旦戻っても良いか? もしかしたらメイも連れて後で合流するかもしれねぇ」
「オッケー」
ということで俺達は南の街に帰ってから、ガイルは工房へ、俺は商人ギルドへと行く。
「すみません、少し相談したいことがありまして、ちょっと長くなりそうなのと、後から友人も来るかもしれなくて、話し合いをするための個室とかあります?」
「かしこまりました。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「ユーマです」
「ユーマ様ですね。商人ギルドへ登録されていますから、1万Gお支払いいただくと個室を使用することが出来ます」
「じゃあお願いします」
「ではご案内しますので、相談の概要だけ先にお聞きしてもよろしいですか?」
「近隣住民の騒音問題、じゃなくて、カジノの景品で当たった工房にプレイヤーが押しかけてきて困ってるんです」
「かしこまりました。担当の者を向かわせますので、こちらのお部屋でお待ち下さい」
部屋の机の上に用意されていたクッキーはウル達によってすぐになくなる。
「おまたせしました。ガイル様とメイ様、そしてユーマ様の3名で使用されている工房のお話で間違いないですか?」
「そうです」
「以前同様の相談がガイル様からあったのですが、こちらとしましてもプレイヤー様に過度な呼びかけ、接触はおやめくださいとお声がけすることしか出来ないものでして」
「まぁ交流しないってのも無理な話ですし、かと言ってそのままだとガイル達も色々気になって楽しめないんですよね」
「生産職の皆様が1人ずつガイル様に話そうとするだけでも、ガイル様からすれば何十回と話しかけられることになりますから」
「周りの人達もそんなに何度もガイル達にお願いしに来てる、ってわけでもないんですね」
「グループではなく、皆様個人でのお願いをガイル様とメイ様にしているため、誰かが何度もガイル様とメイ様に呼びかけて嫌がらせをしている、というわけではございません」
「お、ここか、来たぞ」
「こんにちは」
「チュンッ」
被害を受けてる本人達も来たため、皆でこの問題への解決へ向けた話し合いを始めようとしたのだが、このタイミングで他の商人ギルドの職員さんが入ってきた。
「ユーマ様、少しだけお時間よろしいですか?」
「はい」
「違う場所へ移動された方がよろしいかもしれません」
「そうなんですね。ここだと話せないことですか?」
「ユーマ様がよければここでも大丈夫です」
「ならここで聞いても良いですか?」
「かしこまりました。ではこちらを」
そう言って出されたのは中くらいの袋だった。
「中をご覧ください」
「え、お金?」
「1000万Gでございます」
「いっ、1千万!?」
「では私はこれで。お話中失礼しました」
職員さんはそう言って戻ったが、残された俺達はとても今から話をするような空気ではなく、ガイルとメイちゃんは、それは何のお金だ? という視線を俺に向けてくるのだった。