第110話
「雨の時はどうしたら良いとかありますか?」
「手は使えるようにしたいんで、フードを被るしかないでしょうね」
「まぁそうですよね」
「最後の確認をしますが、本当にこの雨の中探索に出て良いんですかい?」
「大丈夫です。雨の日の戦闘もやっておかないといざって時に動けませんから。ウル達も行けるよな?」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
最初バンさんに雨の日の動き方を聞いたら、そもそもこんな夜中で雨の日は外に出るなというお叱りを受けてしまったが、それでも聞いたら色々アドバイスをもらえたのはありがたかった。
俺もバンさんを見つけてなかったら探索はやめてただろうし、良い人がいたら声をかけようと思ってギルドの中で待っていて本当に良かった。
「雨用にフード付きのマントを持ってないと、か。今度買おうかな」
「本来雨の日は外に出ないのが1番なんだけどな」
「でもバンさん雨って分かってたのに雇われてくれましたし、本当は雨の中でも探索する気は結構ありましたよね」
「もう慣れてるのと、この雨の中探索に出る冒険者には少し興味があったからな」
もうバンさんの話す言葉が敬語ではなくなり、俺に対してかなり砕けた口調になってきた。
「興味ですか?」
「まぁこっちの話だ。俺も夜は正直言って経験が少ないからな、気を付けていくぞ」
「分かりました」
雨は土砂降りではないが、小雨と言うほど軽いものでもない。
「その松明は雨で消えないんですね」
「他のサポーターも使ってるのと変わらないがな。まぁちょっとした工夫だ」
そして早速外に出てみるが、やっぱり夜中に雨が降る中探索するのは視界が最悪だ。
「今からスケルトンアニマルをもう少し狩って、その後採掘ポイントに向かうので、その途中でバンさんには採取と採石をお願いしたいです!」
「分かった! 採掘ポイントはどれくらい回るんだ?」
「結構回るので、もし途中でバンさんが俺に教えても良いポイントがあったら、声をかけてください!」
「了解!」
お互いに雨音で声が聞こえにくいため、いつもより少し大きな声で話す。
「スケルトンアニマルはウルとシロに任せた!」
「クゥ!」「コン!」
「バンさんの近くにはエメラが待機、新しいモンスターがこっちに来たら、ルリが前に出て倒し切るか時間稼ぎお願い!」
「アウ!」「……!」
こうしてバンさんを中心に配置し、俺は俺達を襲ってきたモンスターの近くに行って、出来るだけモンスターを俺かバンさんの照明で照らして、戦いやすい環境を整えながらモンスターを倒していくのだった。
「結構取れたな」
「そうですね。珍しいものがたくさん採取出来ました」
雨は降り続けていたが、俺達は歩みを止めることなく採掘ポイントをいくつも回った。
すると気のせいとは思えないくらい手に入るアイテムのレアリティがいつもより高く、これは絶対に雨が関係していると思う。
「バンさん、雨の日に採取や採石をするといつもより珍しいものが取れる、なんて事あるんですか?」
「鋭いな、いや、流石に気付くか。実際にそう感じている者はこっちでも多いぞ。俺もその1人だしな」
「もしかしてそれを知ってたから雨でも探索に乗り気だったんですか?」
「プレイヤー様の中でこれに気づく者がいつ現れるか楽しみにしてたんだ。プレイヤー様がこの世界に来てから長い雨が降ったのは今日が2回目だと思うが、俺が知ってる中だとこの事に気づいてる奴はいない。いや、確か1人だけ最前線攻略組とかいうグループの手下がこれに気付いた可能性があるってので、サポーターの中でも話題になってたってのはあったな」
「手下って言い方は酷いですよ」
「あぁ、またやっちまった。口が悪いのは自覚してるし矯正しようとしてるんだが、気付いたら戻っちまってる。最初は敬語なんて無理だったんだ、そう考えたら凄いだろ? 俺、これでも良くなったんだぜ?」
敬語からタメ口に、そして口が悪くなってしまったバンさんは置いといて、雨の日に手に入るアイテムのレアリティ上昇について考える。
「こんな大事な情報を1回の雨で気付くなんて、流石最前線攻略組か。バンさん、雨の日に珍しいものが手に入るのは分かったんですけど、他に何かそういうのありませんか?」
「それは俺の、いや、俺達の口からプレイヤー様には言えねぇな。自分で調べてくれ」
「あぁ、確かにそうですよね」
俺が気付くまでバンさんが雨の話をしなかったんだから、プレイヤー側に何らかの気付きがなければ教えられない等のルールがあるのだろう。
「まぁそんなに焦らなくても、色々試せば気付くこともあるだろうよ」
「そうですね。ちなみにこの世界の人達は積極的に雨の日は探索へ出かけたりするんですか?」
「そんなことする物好きは少ないと思うぞ。普段手に入らない珍しい物が手に入りやすいのは嬉しいが、わざわざ出るほどでもねぇ。雨の日を休みにして普段の探索を頑張るのが普通だろうよ」
どうやら雨の日にこうして採掘や採取で取れるアイテムのレアリティが上がることは、この世界の人達には常識らしく、それを知っていても雨の日に探索へ出ないということは、そこまでレアな物が手に入るというものでもないのだろう。俺は結構取れてるけど。
「ま、俺も流石に夜中に雨の中探索したことはほぼ無いからな。俺にとっても貴重な体験だった」
「なんかもう終わろうとしてませんか?」
「ここで折り返して帰るんじゃないのか? そりゃあ俺が知ってる採取ポイントはまだあるが、ここから遠いぞ?」
「いや、採取ポイントは大丈夫です。それよりも今からマグマの番人というボスを倒しに行こうと思いまして」
俺はアウロサリバで受けた、変わった形の石の納品依頼の時に聞いた話が、ユニークボスを出現させるための話にしか思えなかった。
そして今は雨が降っていて、手に入るアイテムのレアリティも上がっている。
「気付いてると思うが、モンスターのドロップアイテムには雨の影響なんて無いぞ」
「それは大丈夫です。俺はボスを倒したあとの宝箱の中身が変わるかの確認をしたいので」
「ダンジョンでも無い場所で、宝箱を出すボスと戦うのか!?」
「あれ、バンさんは結構ベテランだと思いますけど、あんまりボスの討伐経験はない感じですか?」
「そりゃ俺くらいになると宝箱を出すボスなんて何回も見たことある、ぞ?」
「本当は?」
「……外だと1回だけだ」
まさかバンさんでそんなに少ないなんて意外だった。
「勘違いするな。ボス討伐には何度も同行したことがある。外で宝箱を落とすボスを見たのが1回ってだけだ」
「俺は2回ボスから出た宝箱を開けましたよ。いやぁ、あれはワクワクしますよね」
「に、2回も!?」
「はい。どうしますか? バンさんが来ないなら俺1人で倒しに行っちゃいますけど」
「行くに決まってるだろ! 絶対に倒して、宝箱の中身を俺に見せてくれよ」
「分かりましたから、落ち着いてください」
バンさんの反応が面白くてからかってしまったが、俺もまだ本当にマグマの番人と戦えるのかはわからない。
「じゃあこの先なんで、行きますか」
「分かった」
俺はもうそろそろボスエリアが見えてきそうだという段階で、赤く輝く熱想石を手に持つ。
「まだ見えないな」
もうボスエリアの目の前まで来たが、マグマの番人の姿はまだ見えない。
「じゃあ入ってみますか」
「戦いになったら俺は後ろで居ればいいんだな?」
「はい、それでお願いします」
もしかしたら熱想石ではボスが出てこないのではないか、俺の考えは間違っていたのではないか、という風に一瞬思ったが、俺の身体が、熱想石を持った手がボスエリアの中へと入った瞬間、手の中の熱想石がなくなり、中央にマグマの番人らしきボスが現れた。
「ほ、本当に出やがった」
「まだですよ」
俺は更にアウロサリバの近くで拾った緑に輝く熱想石をインベントリから取り出す。
「流石にそれはないか」
「何してるんだ?」
「いや、何でもないです。じゃあ倒してきますね」
もしかしたらいくつもの熱想石を同時に使えたりするのかと思ったが、そんなことはなかった。
まだ試してないが、この感じだとボスを呼ぶために最初から緑色の熱想石を使うということも出来なさそうだ。
「じゃあ倒すんで、離れててくださいね!」
「コン!」
「あ、シロ」
雨によって水魔法の威力が増しているシロは、人化スキルを使う。
「こ、こりゃすげぇな」
「人化したシロも魔獣と変わらないので、俺達みたいに言葉は話せませんけどね」
普段の白い身体に青い模様の姿とは打って変わって、濃紺に僅かな白が入った着物を着た、狐の耳をつけた華奢な少女。
目元に少し化粧をされた童顔の少女は、狐よりも人間の方が幾分か近いだろう。
魔力の陣を地面に出し、水魔法をその頭上で練り上げるが、雨のおかげかいつもより大きい。
「コン!」
「シロがやる気みたいだから、今回は皆でシロのサポートだな」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
こうして俺達はユニークボスを呼び出すことに成功し、夜中に雨という視界が悪い中2度目のマグマの番人戦へと挑むのだが、水魔法を操る人化したシロの姿を見ると、すぐに決着はつきそうに思えた。