第91話
「ほう、やはり強いな」
「いや、それはないですよ。たぶんモニカさんよりも俺は弱いです」
「今戦えばそうだろう。だがそういう事を言っているわけではない事くらい、ユーマくんなら分かるだろう?」
「うぇっ、ちょっとダニエルさん! また攻撃してきてますよ!」
「あぁ、申し訳ない。気を抜くとつい攻撃してしまう」
「小さい頃のモニカさんにも同じ形式で稽古をつけてたって言ってたじゃないですか! その感じで俺にもお願いします」
「モニカにそこまでの戦闘センスもなければ経験もない。だからこそ手加減するのも簡単だったが、ユーマくんを相手するのは難しいな」
「難しいからって、大剣ですよ大剣! 他の武器より攻撃力が高いことをもう一度思い出してください!」
ダニエルさんも最初の方は良かった。ただただ俺の攻撃を受けるだけで、反撃などしてこなかった。
だが俺が少しずつ力を入れ始めると、それに対応するダニエルさんもどんどん動きが良くなってきて、急にカウンターを仕掛けてきた時は良く反応出来たなと自分を褒めたかったくらいだ。
「ユーマくん、大剣を使う気はないか? これだけ強いユーマくんのことだ。他の武器も使えると言っていたし、大剣も上手に使うのだろう。大剣なら私が教えてやれることもある」
「いや、大剣は持ってないですし今後使う予定もないので、もし使うってなればダニエルさんには声をかけたいと思いますけど、今は遠慮しときます」
「そうか。もしユーマくんがその気になれば、その時は必ず力になろう」
結構やり合ったが、最後までダニエルさんのカウンター癖が無くなることはなく、必死に俺が避けてその後ダニエルさんに説教するということが続いた。
「ユーマ、お父様とずいぶん仲良くなったではないか」
「そうね。私からも距離が近づいたように見えるわ」
「まぁ否定はしないです」
「私は楽しかったぞ。何度も怒られ「楽しかったです。ね?」あぁ、楽しかった」
ダニエルさんと距離が近づいたように見えるのは、俺がダニエルさんに説教したからだとは言えない。そして俺がカウンターを避けた時のダニエルさんの嬉しそうな笑顔も忘れない。
「じゃあ西の街にでも行ってカジノとかやります?」
「えっ?」「ん?」「あっ」
「あれ、なんか俺変なこと言いました?」
「いえ、そうではないのですが、カジノはあまり得意ではないので遠慮します」
「私も同じだ。別に趣味や息抜きで行くことは否定しないが、特に行きたい場所でもない」
「そうですか。じゃあ他のことにしましょう」
「そ、そうだな。今日はやめておこう」
「「今日は?」」
「あっ」
どうにか俺が誤魔化し、モニカさんのカジノ好きが2人にバレることはなかった。
ただこれでモニカさんのカジノ好きは親譲りではない事が判明したな。
「なるほど、この家もカジノのお金で」
「そうなんです。だからその後も何度かカジノには行きましたね」
「ユーマ様だけでなく魔獣達も勝つなんて、お強いのですね」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
カジノの件は誤魔化せたが、これからどうしようか。
「あの、どうします? なんならモニカさんと3人で何かしてもらってもいいですし」
「家族の時間は最初にもらったよ」
「そうね。ユーマくんの人柄も話してみて大体分かったし、モニカは何かやりたいことあるかしら?」
「私は、その、……たい」
「ん? なんだ?」
「もう一度お願い」
「皆で、写真を撮りたい」
「それならたぶん職人ギルド近くに行けば写真を撮ってくれる人がいるかもしれないですね」
「モニカ、いいのか?」
「いいの?」
「私も1人になって気付いた。写真があればもっと気持ちも楽だったはずだと」
なぜか写真の話でシリアスな雰囲気になったがどういうことなのだろうか。
「あの、写真って貴族の方が撮ったら駄目とかあるんですか?」
「いや、そうではないが、モニカは写真を貴族相手にばら撒かれて婚約が殺到したんだ」
「それから写真は撮らないようにしていたのですけど、モニカから写真を撮りたいと言われたので驚きました」
「私も写真は今でも嫌いだ。だが、別れの時にお父様とお母様にお願いされた写真を断ったことだけは今でも後悔している。あの時私に家族の写真があれば、どれだけ心強かったか」
確かにモニカさんは綺麗だが、何故何人もの人に婚約を申し込まれるのかは知らなかった。まさか写真をばら撒かれていたとは。
「じゃあモニカさんって貴族の方には顔が知られているんですか?」
「そうかもしれないな。まぁ昔のものだが。だからもう何も気にせず過ごせるのは、人が少ないどこかの小さな村か、貴族が治めていないプレイヤー様の多いこの辺りの街だけだ」
「領地だろうと他の国だろうと顔を隠して過ごすのは大変ですもんね。モニカさんが何も気にせず生活できるなら、この家はいつまでも居ていいですから」
「ユーマ、ありがとう」
「ではモニカの案だ。皆で写真を撮りに行こうか」
俺達プレイヤーからすると写真なんていつでも撮れるのだが、モニカさん達はそうではないので、皆で職人ギルド近くの写真を撮ってくれる場所まで行く。
「では撮りますね3、2、1、はい、オッケーです。どうぞ」
「ありがとう」
「良いわね」
「写真は嫌いだが、良いものだな」
「これ家に飾りますね」
写真屋はプレイヤー達が利用するものでもないため、この街で撮ることができない可能性もあったが、写真を撮ってくれるお店があって良かった。
「たまに野菜やモンスターを撮ってと言われることはあるんだけど、まさか家族写真を撮ることになるとはね」
「ありがとうございました」
「まぁまた撮って欲しかったら言いな」
「ありがとう、助かった」
「はい! それは良かったです。いつでもおっしゃってください!」
撮ってくれた人は俺には普通に接してくれるが、貴族のモニカさん達にはやり過ぎなほど丁寧な対応だった。
「では私達はそろそろ帰ろう」
「そうね。モニカのことよろしくお願いします」
「分かりました。帰りもお気をつけて」
モニカさん達家族は別れが惜しいのか、ギリギリまで話し合ったあと、ワイバーン交通を使い帰って行った。
ただ、帰ったと言ってもあのワイバーンはアウロサリバ行きで、そこからまた色々な交通手段を使って領地へと帰るらしかった。
「ユーマ、色々付き合わせてしまったな」
「いえ、俺もそのつもりでしたし楽しかったですよ。なんならもう少し居ると思ってました」
「会えたら家族のことは大体分かる。2人が帰ったということは、私を心配する必要が無いと言ってくれたに等しい」
「そういうものなんですかね。でも、もっと思い出を作る時間があれば良かったのに」
「お父様もお母様も忙しいわけではないが、暇というわけでもないはずだ。特に私が居なくなってから余計な事を言ってくるものは増えただろうし、他の貴族からのちょっかいも受けているだろう」
貴族の世界は俺には分からないが、モニカさんがそう言うなら色々あるのだろう。
「そういうことなら会いに来てくれたのは嬉しかったですね」
「あぁ、本当に感謝している」
「もっと俺がいろんな場所に行けるようになって、モニカさんの領地を見つけた時は一度行ってみますか」
「それはいいな。楽しみにしている」
「まぁまずどの国なのかも分からないのでそこからですけどね」
「どの国かくらいは教えても良さそうだが、聞くか?」
「もし俺があまりにもファーベスター領を見つけられなかったら言ってください。それまではノーヒントで頑張ります」
「分かった」
ファーベスター領がどこにあるかはモニカさんの口からプレイヤーの俺にはまだ言えないらしい。おそらくプレイヤーの誰かがその場所に辿り着くまではプレイヤーに話してはいけない等のルールやしくみがあるのだろう。
「じゃあとりあえず俺はこのあとマルスさんの宝石配達を手伝うつもりですけど、モニカさんはどうします?」
「私は少し疲れた。今日はのんびりするよ」
「そうですか。ならこのまま俺達は行きますね。もし良かったらこの写真を玄関に一番近い部屋へ飾っておいてもらえますか?」
「分かった。それは任せてくれ」
「ありがとうございます」
こうしてモニカさんとは家に帰る途中で別れ、俺達は北の街のクリスタルを使ってマルス宝飾店へと向かうのだった。