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void  作者: az
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2088年9月17日(金)

2088年9月17日(金)



 ところで、忘れていることがあるのではないだろうか。そう、サイバー課だ。オレのメールボックスには大量の、タチバナからの苦情が送りつけられていた。ボイスメールを開いて、すぐさま後悔する。ひどい怒鳴り声で、内容はオレがさっさと帰ってしまったことに対する文句と、ハルカの飲み込みの悪さに対する愚痴で占められていた。一朝一夕で演技力がついたら、誰でも役者になれるに違いないと呆れたが、タチバナの店の子供たちを思い出して、オレは首を振った。タチバナなら誰でも一日で役者にできる。オレは最後の一通のみ残して、タチバナからのすべてのメールを削除する。苦情に違いないからだ。最後の一通、2009/9/17 12:03:56に送られてきたメールを開こうと思ったのは、苦情メールよりもデータ量が非常に小さかったからだった。早速内容を聞く。

「立った……。クララが立った!」

 タチバナからの遺言だ。一日中指導していたということだろうか。オレは静かに合掌した。

 いつもの少年姿で汚い壁に寄りかかり、オレは顎に手をあてた。高層ビルのガラスが鱗雲の浮かぶ空を映し出していた。人通りはまばらで、DRも少ない。誰もオレを気に留めなかった。

「さて、これからどうするか」

 カインと会う前に、ある程度の情報は仕入れておきたい。昨日は徹夜だったと思われるサイバー課ハルカに連絡してみたが、予想通り反応が返ってこなかった。「公務、大丈夫なんだろうな……」オレのつぶやきは虚しく虚空にこだまする。こちらも合掌。

 オレはスクリーンを出して、サーバから秋山このみの情報を呼び出した。結局昨日は全てをルネ任せにし、オレ自身で目を通していなかった。暇つぶしにはちょうどいいだろう。

 データ量は多くなかった。それも八割は画像動画だ。サーバにデフォルトで付属しているソフトウェア以外はインストールされていない。特別操作しやすいようにカスタマイズしているわけでもなかった。ルネがものたりないと感じるのもわかる気がする。


 ずっと変な違和感がオレの中で燻っていた。

 オレは昨日見た写真をスクリーンに写した。写真はどれもカイン、セイン、そして秋山このみのものばかりだ。秋山このみはずっとボーイッシュなベリーショートの髪で、私服はどれもカジュアルな、一見男とも見間違えそうな服装だ。スカート姿は一枚もなかった。

 もう一つのスクリーンに、秋山このみの部屋を撮った動画、三枚目のスクリーンにDR姿の写真を出した。オレは三面を見比べて首を捻る。秋山このみの部屋はやはりファンシーで、女の子という言葉がよく似合う。オレのような乱雑で無秩序なコーディネートでもないし、秋山このみの外見から想像できるような少年っぽいものでもない。そのくせ、秋山このみのアバターは現実世界そっくりで、性別だけが不詳な外見だ。

「ああ、これだ」

 オレは違和感を突き止めた。秋山このみの『中身』とアバターが合ってないのだ。

 不可抗力で女になっているハルカは例外として、DRは一種、人の変身願望を実現させるものだった。アバター作りには技術がいるが、自分の希望するアバターが手に入れば、人はそのアバター自身になれる。つまり、外見に自信のない人が美男美女になることも、パンダに憧れる人がパンダになることも可能になる。アバター職人と呼ばれる人々にお金を払ってまでして、自分の希望するアバターを作ってもらう人も多い。そして、大抵は実体とかけ離れた外観のアバターを使う傾向にあった。

 秋山このみの部屋は女の子らしさで溢れていた。そういう少女が、わざわざ男性とも見紛うアバターを選ぶだろうか。カインの少女姿のほうがよっぽどらしかった。

 スライドさせ、別のDR姿の写真を写す。カインと秋山このみのツーショットで、手を握り合っていた。斜め上からのアングルで、解像度が荒い。街中に設置された街頭カメラから取ってきたものだろう。街には犯罪抑止のためカメラが所々設置されているが、一般市民も自由に使用できるように開放されていた。

 次の写真は、先ほどの写真をズームしたもののようだった。次。オレはどんどん写真を進める。昨日抱いた、プライベートを赤裸々に覗く気持ちはなくなっていた。秋山このみのチグハグ感が、オレを急き立てていた。次、次、これも次。

 セインが混ざっているものを除いて、カインと秋山このみの写真はほとんどが街頭カメラで撮影されたものだということに気づいた。だんだん頭が混乱してくる。どういうことだ。

 オレが次に出した写真は、カインと秋山このみが手をつないで街中を歩いているものだった。実体と派手な恰好をしたDRが多く、オレ自身も見覚えのある建物から、その場所が原宿だとわかる。正面からの撮られたもので、カインは今までみたことがないような満面の笑みを浮かべていた。

「こんな顔もするんだ」

 カインはクールとばかり思っていたので、オレは珍しくてスクリーンを操作する手を止めた。カインはツインテールを風で揺らしながら、街頭カメラに向かって笑いかける。秋山このみはカメラに気づかないのか、迷惑そうに顔を背けていた。

「あれ?」

 カインを中心に画像を拡大する。女の子らしい少女の笑顔に、八重歯が覗いていた。

 ボーイッシュな少女の笑顔が、この写真とダブった。実体の写真を見ると、女の子と同じ笑顔が張り付いていた。外見は違う。だが、癖までは抜けない。

 オレは生唾を飲み込んだ。

 ここ数日、アバターが違っていても実体を見破られることを、身をもって体験した。ツインテールの少女の手首を大きく拡大する。

 tuz社のGN407。ワインレッドの、ブレスレットらしいギア。


「まさか」


 オレは驚きの気持ちを抑え、次の写真にスライドさせた。

 絶句。

 この一枚にカインと秋山このみの全てが集約されていた。




「ルネ! ルネいるか?!」

 大久保のルネの隠れ家に駆け込んだ。扉を開くと畳にちゃぶ台、座布団があり、床の間の再現までばっちりだ。だが、肝心の主がいない。

「あ……」

 ちょうど15時を回ったところだ。ギアが今日は平日だということを主張していた。仕事中かもしれない。オレはへらへらとその場に崩れ落ちた。

「忘れてた」

「何忘れてたの?」

「ルネ」

 空間からルネが現れた。セインの着せ替えに触発されたのか、ビクトール人形のようなゴシックロリータ衣装だ。黒と白のレースを重ねてふわふわ感を出している。シルバーの細いチェーンが腰に巻かれていて、ほどよいアクセントになっていた。手には綿のはみ出たうさぎのぬいぐるみを抱えている。その姿はダークで愛らしいお人形さんだが、さすがに畳なだけあって、靴は履いていなかった。

「ルネ、大好きなヴァンのためならいつだって駆けつけるよ」

「あ、ああ。ありがとう」

 靴はいらないので消す。畳に倒れこんだ。イグサの香りが鼻孔から入ってくる。これぞ日本人だ。

「ヴァン、ものすごく慌ててたけど」

 うつ伏せのオレの頭をペシペシと叩きながらルネが言った。

「急ぎでお願いがあるんだが、いいか?」

「何?」

「数日前の街頭カメラから画像を取ってくることってできるか?」

 クスクスとルネが笑った。

「楽勝だよ。時間とポイントさえあれば、すぐにでもできるよ。街頭カメラの画像、奇特な団体が採取してるんだよね。リアルタイムじゃなくて10分おきに1枚で、解像度もそんなに高くないけど」

「そんなところあるのか」

「うん」

 オレは口を開いた。「9月8日19時から20時、梅田」

「わかった」

 ルネが立ち上がって、偶然スカートの中が見えた。真っ白のズロースだ。ロリータファッションの再現度に、思わず親指を立てる。すぐさまルネに踏まれた。



 街中、オレは写真を凝視しながら、何度もセインに電話を掛けた。休憩時間に入ったところで捕まえた。簡単に質問する。

 ・狂った秋山このみを見たのはいつか。

 ・今日カインは来ているか。

 セインは不思議そうな口調で教えてくれた。カインについては昨日から休んでいるということだった。

 写真を見たときから、ぞくぞくとした悪寒が離れない。

 オレがはじめてドラッグプログラムの存在を知ったとき、セインは秋山このみの狂った姿を見たのだと言っていた。すなわち、あの凡庸な顔立ちのDRだ。


「ヴァン、とれた。うつすよ」

 オレは胡座を組んで座り、ルネの出したスクリーンを見る。ポイントをずらした写真が何枚も表示されていた。

「ルネ、この中からこのDR見つけられるか?」

「ああ、秋山このみのアバターだよね」

 ルネがさっとピンクの瞳を走らせて、一点を指差す。

「ここ」

 壁に座り込んで、手を抑えていた。赤黒い血がわずかにのぞく。オレはDRの手首をアップした。

「確かに解像度が低いな」

「うん」

 それでも十分だった。オレはこのDRがつけているギアをよく知っている。tuz社のGH301、2087年に発売され、DRブームの火付け役となった廉価モデルで、セインとカインの愛用品だった。


 ずずず、とルネが日本茶を啜る。

「やっぱりほうじ茶は落ち着くね」などと幼女らしからぬことをつぶやく。ゴシックロリータに畳だ。これほど奇抜な光景もなかった。

「それで、ヴァンは、カインと秋山このみがアバターを入れ替えて遊ぶことがあったって言うんだよね」

「ああ。ほら、これが証拠だ」

 スクリーンに写真を表示させた。

「うん」

 ルネがスクリーンに目をやりながら、指を素早く動かした。

「納得。アバターってユニークだよね。UUIDから元を作ってるから、偶然だと誰一人同じアバターには絶対ならないの。で、この二人、ぱっぱって解析したらまったく同じアバターって結果が出るよ。だから、アバター交換して使ってたっていうのは、数値的にも裏が取れたよ」

「それで」

「それで、カインもドラッグプログラムを使ってた可能性はあるんだよね。むしろ、秋山このみみたいな素人はカイン経由でドラッグプログラムを手に入れたって言われたほうがすっきりするかな」

「ああ」

「あるいは、カインと秋山このみが会っている時に入手したか。カインが教えてくれればいいけどねぇ」

 のんびりとしたルネの口調に、オレは大分落ち着いてきた。

 さすがに、オレが見た最後の一枚については、ルネに言うことができなかった。軽々しく暴露することではない。オレはため息をついた。

「カイン、死んでないといいね」

「そうだな」

 セインには放課後カインの様子を見てきてもらうようにメールで頼んである。連絡のない時間が重かった。時計は18:00を指そうとしていた。冷たい汗が何度も背中を伝う。遮断しきれていない実体の不快さに、オレは眉を顰めた。

「ヴァン、ヴァン〜!」

 ドタドタと慌しい足音と共に扉が開いた。セインは久々の少年すがたで、ぜーはーぜーはーと息をする。

「無事だったか?!」

「死んじゃってた?!」ルネ、不謹慎だ。

 荒い呼吸を繰り返しながら、セインは激しく首を振った。どっちだ。

「た、た……」

 セインと目があった。

「ただの風邪」

 オレはどっと疲れを感じた。


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