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void  作者: az
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2088年9月16日(木) その2

 あまり認めたくないことがある。だからあっさり目を逸らしてしまえばいい。ほら、世界は平和は途端に平和になる。

「ヴァン〜。逃亡阻止!」

 脚に絡みつく小さな腕。オレは空を仰いだ。嗚呼、今日もネオンが綺麗だ。

「ディスっても駄目。ヴァンがヴァンなの、ルネはちゃんと知ってるよ。今更隠しても無駄だと思うけどな」

「え、ええと……、お嬢ちゃん、人違いじゃないかな」

 オレは戸惑いながら、金髪をふわふわと靡かせた幼女に向かって答えた。若干口元が引きつっている気がする。今のオレは普段の少年姿ではなく、立派な青年だ。このアバターでルネと接触したことはなかった。

「ヴァン、この旧型のギアってかなり目立つよ。今のギアと違ってゴツいから一目瞭然。さらに、小型ギア一号機だったりするから、マニアにとっては涎が出ちゃうぐらいにレアなんだよ。未だに可動してるのって、もうヴァンのものぐらいしかないんじゃないかな。そんでもって、旧型を一目見ようって人、結構多かったりするんだよね。ルネの言いたいこと、わかるかな?」

「あの」

「ルネ傷ついたなぁ。ルネに隠れてこそこそセインとデートしてるの。ルネから情報聞くだけ聞いて後はしらんぷりって、ひどいよね。これでバレてないって思ってるんだったら、頭のお花畑、満開過ぎて花粉で涙が出てきちゃう」

 薄々と嫌な予感がしていた。セインにもサイバー課にも、ギアのおかげであっさりとオレが見破られた。アバターを変えることがいかに無意味かということは、昨日、いや、今日の深夜証明された。オレがどこで何をしようが、一部のマニアには筒抜けだってことだ。『ルネのお守りヴァン』だしな……。そして、目ざといルネが、ルネを避けて行動するオレに気づかないはずがなかった。

 ここは一つ。

「ごめんなさい!」

 45度の完璧なお辞儀で、ルネのきらきらと輝く目とあった。ルネはにっこりと笑って、両腕をオレに差し出した。

「だっこ」


結局、お馴染みの大久保だ。ダークブラウンとワインレッドに統一されてたルネの部屋で、オレはがっくりとソファに沈んでいた。向かいでは、ルネとセインがはしゃいでいる。女の子のセインをルネはすっかり気に入ってしまったらしく、ペタペタとセインを触ったり着せ替えを楽しんだりしている。オレは、力尽きた……。

 新宿でルネを抱っこしているオレに、セインは驚いたらしいが、「ヴァンがいるなら大丈夫」と謎の言葉を吐き出した。ルネの底知れない怖さは、すべてオレに向かうらしい。こうなることも予想していたようで、うまく踊らされていたことにやっとオレは気がついた。女は、計算高い。清純系に見えてこれだ。オレは頭の中の要注意人物リストにセインの名前も追加しておいた。

「それで、ヴァンとセインはどこまで調べたのかな」

 セインとの着せ替えごっこにも飽きたようだった。とてとてとルネが側に寄ってきた。セインといえば、いわゆるゴシックロリータという恰好で、恥ずかしそうにもじもじとしている。黒と赤のレースにボーダーのソックスで、一部には受けそうだった。

 オレは簡単にこれまでの出来事を話した。セインの先輩が死んだこと、セインがドラッグプログラムを一回だけ使用したこと、セインの先輩のデータをいただいてきたこと。

「ヴァンがんばったんだね」

 いいこいいこ、とオレの頭を撫でようとするのを、さりげなくかわした。ルネはさして気にするわけでもなく、オレに手を差し出した。

「じゃあ」

 そのデータ、さっさと出しちゃってよ、とルネは軽やかに言った。

 セインが軽く頷いたので、オレはサーバにアクセスする。呼び出したデータをスクリーンに投影して、ルネに主導権を渡した。

 ルネは上唇をチロリと舐めた。つぶらなピンクの瞳に、猛禽の鋭さが宿る。

「秋山このみ、聞いてあげる。何を残したのか」

 ルネの指が恐ろしいスピードで動き出した。瞬きすらせずに流れる情報を目で追う。

「うわぁ」

 セインが感嘆の声をあげた。普段ぼけーっと戯れているだけのオレたちなので、ルネが本格的にコンピュータをいじる姿を目にするのははじめてだった。五多重にスクリーンを開いて同時に操作する。圧巻の一言につきた。スクリーンは次々に表示を変えて、オレはさっぱりついていけない。ルネ、さすが、IT系だ。

 と、唐突にルネが指を止めた。オレとセインを見て、にやりと唇を歪める。

「セイン、ヴァン、残念なお知らせがありまーす」

 ルネは勢いよく右手をあげた。まるで「先生、質問です」というかのようだ。

「なんと、お二人が苦労して手に入れたデータに、ドラッグプログラム関連の情報はありませんでした」

「はぁ?」

「メールも、サイトの履歴も、消去跡のデータも、他様々なものを見たけど、全然入ってないよ。全然カスタマイズされていないライトユーザのサーバだったから、ルネ、本当にこの人ドラッグプログラムに関わってたのかなぁって不思議に思っちゃう。アングラなものも全然ないし」

 ルネは柔らかそうな唇に指をあてて小首を傾げた。

「でも、先輩は確かに……」

 セインは秋山このみが狂った姿を見ている。幼女はかわいげにうんうん、と首を振って、邪悪な笑みを浮かべた。

「じゃーん」

 眼前に巨大化されたスクリーンが浮かんだ。「きゃぁ」といってセインは両手で顔を覆う。ルネはにたにたとそんなセインの様子を満足げに見た。

「だから、交友関係から責めてみるよ」


『聖ちゃん&自分&甲斐ちゃん(ハート)』

 少女三人が写っていた。真ん中のボーイッシュな少女が両脇の少女たちの首に手を回している。右はセミロングのどこか清潔さを感じさせる少女で、ぎこちない笑みを浮かべていた。先日見たときよりもどこか幼い。左の少女は細い眼鏡を掛けていて、鋭利そうな視線を向けていた。三つ編みおさげで、あんな目つきをしていなければ、思わず委員長に推薦しているだろう。

「秋山このみのアルバムだよ。これ、文化祭の時の写真フォルダみたい」

 頬を赤らめるセインに、楽しそうなルネ。幼女の姿をしたおっさん(?)は、すっかり分かっているみたいだった。オレは死者を暴いているようでなんだか落ち着かない。セインも、「いいのかな」と小さくつぶやいている。ルネはそんなオレたちに頓着なしだ。

「聖だからセインかぁ。なるほど。実物はこのアバターよりもかわいいね」

 ぎゅーっとセインにハグをしてルネが言った。ターゲットはオレからセインに変更されたらしい。オレは安心してスクリーンを見つめた。

 甲斐というのがおそらくカインなのだろう。金髪眼鏡のクールそうな姿が浮かぶ。纏う雰囲気がそのままだった。そして秋山このみだ。彼女は二人を抱きかかえてにっこりと笑っていた。八重歯がのぞいていて、どこか愛嬌がある。スカートを履いていなければ、美少年がハーレムを楽しんでいるようにしか見えない憎たらしい構造だ。写真の端に幾人もの女生徒が三人に視線を飛ばしていることからも、大体当時の様子が想像できた。

「素晴らしき青春の一頁だね。次いくよ。『自分&甲斐ちゃん(ハート)』

 どうやらスライドショーが始まったらしい。セインは自分が写ってないことをいいことに、途端にのめり込みはじめた。

 写真は家族のものと学校のものとで大半を占められていた。一枚一枚ルネもオレもセインも見入る。時折セインは写真を見て、涙を零した。見ていて気づいたのが、学校生活での写真は必ずといっていいほどカインが写っていた。同級生らしきものとのショットもあるが、カインと比べると驚くほど少ない。秋山このみが高校2年生になったころから、セインも入るようになった。オレの記憶では、秋山このみはセインとカインの一個上だ。そしてセインとカインは同級生だった。さすがにこの頻度では、不自然に思う。

「なぁ、セインとカイン、秋山このみってどういう関係だったんだ?」

「ルネも聞きたいな」

 幼女はスライドを操作する手をとめて、小首を傾げた。動作が一々核心的だ。中身を知らなければこ憎たらしいほどかわいらしい。

 スクリーンには、もうすぐ行われるのだろう体育会の練習風景が表示されていた。二人三脚をしているセインとカイン、シャッターを切ったのはおそらく秋山このみだ。『甲斐と聖二人三脚風景』

「うん、少しだけ待って」

 セインは涙を拭って、三回深呼吸をした。思いを馳せるように、そっと目を伏せる。

「もうバレちゃってるけど、カインこと甲斐綾乃は業界最大手のスポーツジム、カイスポーツの社長の娘なんだ。秋山先輩はスポーツ用品の社長のご令嬢で、昔から仲が良かったんだって。聖ベナルデッタ学院は幼稚園から大学までのエスカレータ式で、幼年期からの知り合いなんじゃないかな。同じ弓道部で、いつも行動を共にしていたの」

 カインが秋山このみと親しいのは予想外だった。

「私、二宮聖が高校1年の夏に転校してきて、同じクラスの綾乃ちゃんと仲よくなって、それで自然と先輩とも親しくなったの」

「そうか」

「先輩があたしのことどう思っていたのかは、よくわからないけど……、でも色々と親切にしてくれたよ。女生徒たちから呼び出されたときに、一緒に行ってくれたり、食堂で躓いて昼食を落としてしまったとき、綾乃ちゃんと先輩がわけてくれたり……。ドラッグプログラムも、親切心からくれたと思う」

 また涙があふれてきたようで、セインは両手を顔にあてた。ゴシックロリータの涙すがたもそそるな、と不謹慎な感想が頭を掠める。オレは健全な男だ。

「秋山このみは、カインとセインの他に仲いい人いなかったのかな?」

「私が知ってる限りでは……。先輩が言ってたの。みんな自分が話しかけてもよそよそしくて、まともに会話が成立しないって」

「……」

 ルネと目が合って、お互い考えていることがわかった。天然麗人もセインも、とてもとても鈍いらしい。

「まぁいいや。ルネ、もう一つだけ、不思議に思ってるんだけど、ルネたち、秋山このみに会ったことないよね」

 セインは頷いた。

「先輩、ものすごい機械オンチだったの」

 ルネが大いに同意する。秋山このみのデータから素人さが滲み出てたまらないみたいだ。

「私と綾乃ちゃんがDRデビューしたのが、昨年の2月ぐらいで」

「ルネたちと出会ったころだね」

「うん。鈴木エーナのファンになって、私たちもやってみようってことになったの。すぐにヴァンに拾われて……」

 2086年から2087年にかけて、ギアの急激な値下がりとDRのアイドル歌手鈴木エーナブームでDR人口が急激に増えた。ギアの操作が簡単になり、コンピュータに詳しくない人でも簡単にDR化できるようになったことも要因の一つだ。今まではよっぽどのコンピュータ道楽かその道の専門でないと敷居が高かった世界が、一般人に開かれ、さらに鈴木エーナの知名度も手伝ったことで、一気にDRが広まっていった。

「なるほどね」

「先輩はずっとDRに興味があったらしいけど、夏におしゃれなギアを見つけて、やってみることを決心したって言ってた」

 tuz社のGN407が頭に浮かんだ。アクセサリー要素が強くて、女性に人気のギアだ。

「それで何度か私と綾乃ちゃんで、先輩を教えたり、色々な観光地に遊びに行ったりしたの。だけど、そうだね。ここには来たことがなかったね。綾乃ちゃんも全然行こうなんて言わなかったし」

 それはオレかルネが信用されてないってことに他ならないだろうか? 断然ルネが怪しいわけだが。

「それでセイン、そのDRで遊んだ時の写真っていうのがこれかな?」

 ルネがスクリーンに新たな画像を表示させた。自由の女神をバックに、三人が写っている。『聖&自分&甲斐in NewYork』

「うん。私帰国子女で、少しだけ英語が出来るの。それで、ちょっとだけ観光に行ったんだ」

 DRは降りられるポイントが開放されていればいいので、距離はあまり問題ではなかった。それこそ、南極でも月でも環境さえ整っていれば一瞬で行くことが可能だ。しかし、オレは日本語しかできないため、今まで国内から出ようとしたことがなかった。今度セインを引き連れようと決心する。

「で、秋山このみはこの真ん中でいいのかな?」

 ルネが写真を指さした。性別不詳、黒髪でオレと同じあまり特徴のない顔つきなのに、どこか気品を感じさせるアバターだった。

「そう。それで、こっちが綾乃ちゃん」

 意外だったのが、カインがかわいらしい少女姿だったってことだ。実体の写真でも、オレの知っている金髪眼鏡の青年でも、クールな雰囲気を漂わせている。セインの示した彼女は、茶色の髪のツインテールで、ウェーブがかっていた。服も女の子という言葉がよく似合う、レースのブラウスに花柄のスカートだった。目つきだけがカインだ。

「へぇ……」

「まだ他にも画像あるよ」

 写真が変わって、カインと秋山このみのツーショットが出てきた。『甲斐&自分』夜の東遊園地公園らしい。

「あ、私に秘密で遊んでる。カインずるいなぁ」

 目を細めて微笑むセイン。ルネは一通り満足したのか、オレに操作の主導権を返した。

「全部セインとカインとの幸せな記録だったね」

「うん……」

 ルネがオレに目配せをした。「これ以上叩いても何も出てこないから、この辺で切り上げよう」と言っている。瞬時にルネの思考が読み取れて、オレは多大な疲労を感じた。ルネのお守り。

 23:30に近かった。セインに時計を示すと、多少慌てたようだ。明日は数学のミニテストがあると言っていた。

「ヴァン、ルネ、ありがとう。そろそろ帰るね」

 睫毛が涙で塗れていたが、セインの顔に浮かんだのは憂いのない笑みだった。

「ああ」「またね」

 セインの姿が消える。部屋にはルネとオレだけが残った。ルネはソファに腰かけて、足を組んだ。幼女のくせに堂々とした恰好で、謎な威圧感がある。葉巻を吸っていても、決して違和感を覚えないだろう。

「ヴァン」

「ああ、キーパーソンはカインだな」

 ルネが満足そうに唇を釣り上げた。

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