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2088年9月15日(水)

2088年9月15日(水)


 オレは、逃げた。一昔前の摩天楼のような建物、スラッと地面から伸びている。歴史構造物のエンパイア・ステート・ビルディングやクラスタービルディングのようなクラッシック要素を備えた超高層ビルが整然と並んでいた。誰が思うだろう。このビルの一つが学校だとは。

 大久保が生ゴミのようなごじゃごじゃした饐えた臭いで、新宿は埃っぽい産業廃棄物の臭いがした。三宮は、ほんのりと清楚で甘い香りだ。走りながら、ぼんやりと思った。

 久々にみる太陽がまぶしくて、オレは目を細める。地面は、無愛想なアスファルトではなく、茶色やクリーム色のレンガが敷き詰められている。歩行者用の柵にもレリーフが掘ってあった。60階を越える高層ビルが乱立しているにもかかわらず、三宮はどこか乙女らしい雰囲気が漂うおしゃれな街だった。DRバリアがあちこちに張り巡らされているためか、DRの姿は少ない。そして、東京のような奇抜な姿のDRは皆無だった。街全体がオレには似合わないと非難しているように感じた。

「待ってよ、ヴァン」

 清楚な女子校生が追いかけてくる。オレは逃げる。少女は走る。オレも走る。「すまん、帰る!」

「ちょっと、恥ずかしがることないじゃない! DRと追っかけっこしてる私のほうがッ、よっぽどだよ。待ってって!」

 当然待たない。

 一瞬、少女の気配が途絶えた。不思議に思って後ろを振り返って足を止めると、オレの進行方向で声がする。

「ヴァン〜」

「セイン……?」

 にっこりと笑った黒髪でかわいらしい彼女に、引き攣った笑みを浮かべようとする。どことなく黒いオーラが漂って見えるのは、ギアの故障だろうか? 実体のセインはDRよりもちょっぴり怖いみたいだ。


「誰がどう考えたって逃げるだろ。セインが挨拶した途端、チューナーつけた警備員がオレに向かってくるんだぞ。しかも怖い顔で。オレは犯罪者か? 第一聞いてないぞ」

 お嬢様だとは。オレは精一杯怒った顔をしてセインを睨んだ。

 聖ベルナデッタ学院はこの地域では有名な学校らしい。その高い偏差値もさることながら、生徒の中身が。オレは三宮は初めてで、待ち合わせの学園を確認するために30分ほど早く来た。学校というから、古くさいコンクリートの打ちっ放しに、定番の大きなセンスがない時計を建物につけて、正面には広大なグラウンド、という定番の土地を探した。当然ない。ここは天下の三宮で、オールドファッションな超高層建築物乱立地帯で、グラウンドみたいなダサい土地の使い方はしないのだ。三回目に通りかかってやっとみつけたセインの学校は、69階建ての、てっぺんを見上げたら首が痛くなりそうなビルだったわけだ。ちょうど下校の時間で、ビルの入り口前にあるターミナルでは、黒光りするいかにもな高級車が列を連ねていた。と思ったら、空には何台ものヘリコプターが舞っていた。

「別に、一般人だよ。親がすこーっしお金持っているだけの」

「……」

 コーヒーが注がれたチャイナボーンのティーカップに、セインが口をつける。ブラックなのが少々意外だ。今は聖ベルナデッタ学園近くのビルの、最上階のカフェでのんびりティータイムだ。オレはDRなので、注文はしない。ルネのように、実体のオレンジジュースをこちらにも投影させて、実体で飲んでDRで飲む真似をするなんて器用なこともしない。ため息をついてセインを見た。

 実体だ。この前の女姿のDRとよく似ていた。真っ白い肌にピンク色の唇で、化粧っ気がない分清楚に見える。艶のある髪が肩口でさらさらと揺れた。かわいらしい制服を着ている。昔のセーラー服を現代風に変えたようなデザインで、クリームと緑がベースになっていた。結ばれた赤いリボンがアクセントになっている。スカートは驚いたことに膝丈だった。それが、どことなくお嬢様の雰囲気を醸し出していた。セインだけでなく、あの学校の規程なのかもしれない。

「セイン」神妙な声を出してみた。

「うん?」

「あの学校てさ、どこに校庭とか体育館があるんだ?」

 オレの出身校は東京だが、ちゃんと校庭と体育館があった。四階建ての学校の屋上という場所だが。

 彼女はティーカップをソーサにおいて、改めてオレを見た。

「やっぱり変わってるかな、校庭、ビルの中にあるとか、体育館も、ビルの中にあるとか、ヘリで送迎されている生徒もいるとか」

「十分規程外」

 見るからに肩を落とす。

「そっかー、だから私とカインってどこか浮いてたんだね。うん、浮いてるのはあの学校なんだけど……」

 大久保で、どこか世間ズレしているセインとカインを見かねてオレが拾った。その時を思い出しているのかもしれない。

「ねぇ、そういえば、あのDRさっきからこっち見てなスクリーンに、セインから貰った先輩の情報を画面に表示したい?」

「気のせいだろ」

 そういいながら、セインの指さした方へ向いた。雑誌を持って顔をかくしたDRがいた。女性のようだったが、ここからだとよく分からない。ものすごく不自然だ。雑誌を持ったDRなど、オレは今まで見たことがなかった。わざわざ雑誌をAR化して読むなどと面倒臭いことをするよりも、スクリーンを開いた方が手間もないし便利だ。しかも、目の前には実体のコーヒーが置かれていた。当然口はつけられてないし、コーヒーカップに触れることさえできないだろう。

「なんだろう? 初心者かな?」

「かもな?」

 初めてDRになった人間で、たまにAR、DRのことをよく理解しておらず、実体と同じような行動をしてしまう人がいる。例えば、場所を移動しようとして、モノレールの改札口につっこんでみるとか、飲食店に入ってつい注文してしまうだとか。雑誌のAR化も、その延長なんだろうか。

「それでね、ヴァン、これが頼まれてたものだけど……」

 セインがカバンから緑色の小さな箱を取り出す。

「へぇ、tuz社のRX300」

「うん。昨日買ったんだ」

 小さくてかわいらしい箱にしか見えないそれは、カメラだった。取得した画像は必然的に設定を行ったサーバへ送られる。カバンにぶら下げておけば、アクセサリとしスクリーンに、セインから貰った先輩の情報を画面に表示したても違和感がない。最近人気が出てきた商品だった。

「じゃあ、サーバのアドレスを登録しよう」

 オレの指示に合わせて、セインがカメラを操作する。オレは自分のサーバに接続し、カメラ用の通信ポートとMACアドレスを設定する。スクリーンを出して、接続確認をした。カメラを覗き込むセインの顔がうつった。

「OKだよ。じゃあ、目立たない場所につけて」

「うん……」

 セインがカバンにカメラを取り付けるのを眺めていた。どことなく手つきがぎこちない。

「あのさ、ヴァン」

「何」

「なんだか、探偵みたいだね」

 頬をわずかに上気させたセインが、上目遣いでオレを見た。


 そう、オレたちは今日、例のセンパイの家へ突撃するのだ。



2088年9月15日が始まったばかりの新宿、セインはうつむいていた。さらさらとした黒髪が流れる。少女姿だ。オレも前回とあわせ、アバターは青年にした。タチバナとの話の後、「会えるようなら会いたい」とセインを呼び出した。

「すまないな、急に呼び出して」

 彼女は左右に首を振る。心なしか、顔色が悪かった。視線を上げようとしない。何か、おぞましいものから目を逸らすように……。

 相変わらずの触手クラブの一室だった。今日は深緑色の、茶色い疣がついた肉塊がうごめいていた。扉を開いたら、セインが悲鳴をあげて逃げた。オレは醜い触手を消して、セインを呼びにいったのだが、入り口の角で丸くなっていて、なかなかついてきてくれなかった。前回よりも精神的ダメージが大きいらしい。赤黒い触手よりも、緑の疣のほうが苦手なのか。今も精神が回復していないようだ。


「もうわかっていると思うけど、ドラッグプログラムに関することだ」

 セインの肩が揺れた。

「少し調べたんだけど、ドラッグプログラムはいまのところ合法だよ。だから、安心していい」

 サイバー課が動いているというのが気にかかったが、伝えない。

「そうなんだ」

 ほっとしたのか、セインの肩の力が抜けた。

「ただ、副作用のほうなんだけど、正直にいうとよく分からない。セインがいったように、ドラッグプログラムの所為で死人が出ているのは確かだと思う。金曜日の男覚えているか」

「うん」

 オレはセインの反応を窺った。「死んだらしい」顔をあげた。これまでに調べたことを簡単に纏めた。ネットでは噂になっているものの、ドラッグプログラムの販売経路や実体が不明なこと、ドラッグプログラムの中毒者らしき人が何人か死んでいること。金曜日に暴れたらしき人物の変死体が発見されたこと。

「たださ、麻薬ってのは何回か使ううちに身体がボロボロになる。一回のみの使用で死者が出るなら、セインもとっくに死んでいるだろうし、ネットでもこれだけの書き込みはないだろうとみている」

「うん」

「だから、セインは犯罪に手を染めたわけでもないし、ドラッグプログラムで死ぬこともないだろうってことだ」

 あれから、ルネとタチバナからの情報と、手持ちのデータを見比べながら、3時間かけて導き出した結論だった。

「……」

 彼女は神妙な表情で床を睨んだ。助けてと叫んだ彼女を、これで救ったことになるだろうか? さて、タチバナにはどう話をつけようか。「解決した、ありがとう。ソース? トンカツソースなら持っていってやるよ」とでも。オレは立ち上がって伸びをする。話は終わったという合図だ。

「あのね、ヴァン……」

「なんだ?」

 彼女はオレを見上げた。

「こんな短期間に調べてくれてありがとう。安心できたよ」だが笑みはなかった。真剣な表情だ。「でもね、私真相が知りたくなった。何で先輩があんなものを持ってたのか。何で私にくれたのか。死んで、悔しい」

 セインが顔を歪める。

「転入生だった私に優しくしてくれたのが先輩だったの。それからずっとお世話になってたんだ。それなのに。なんだか、自分だけ安全でしたっていうのは、ずるい。私、調べたいんだ」

「あのな」

「これ以上は迷惑なのわかるから、私が調べるよ。でも、どうすればいいのかよくわからないの。よ、よければ手伝ってほしい」

 オレは自分の額に手を当て、わざとらしくため息をついた。オレがここの時点でドラッグプログラムにけりをつけたかったのには、それなりに理由があった。一つは、セインにある程度の安全が望めるだろいうということ。もう一点は……。

 スクリーンに、セインから貰った先輩の情報を画面に表示した。

「分かってるのか? これ以上は、セインの実体と関わる必要がでてくるんだ」

 タチバナとも確認済みだった。ドラッグプログラムを追うには、セインの実体の近辺から洗っていくのが確実だ。必然的に、セインの実体がオレにバレる。DRはハンドルネームで呼びあう。大昔のネット時代から続く風習だ。DRはネットと同じく、匿名同士の付き合いだ。ほとんどのDRは自分の実体を他のDRに関わらせることはないし、自分の実体を詮索されるのを嫌うDRも多い。いくら信頼をされていたからといって、実体を晒すのは好ましいことではなかった。実体が女性の場合は、さらに実体とDRの切り分けについて気をつかう必要がある。数年前、実体が女性だとわかった途端、築き上げたDR同士の友情が破綻し、友人だったDRがストーカー化して、実体の女性が自殺する事件があった。

 彼女は話したことがないが、オレはセインの実体が女性であることを半ば確信していた。いくら男の格好をしていようが、仕草の一つ一つに女っぽさを感じるのだ。

「ここから先は、まずセインの先輩とやらを調べないといけないのはわかるだろう? 先輩の氏名、通っていた学校、交友関係……。セインの実体の学校名も当然オレに知られるだろうし、実体と接触することもあるかもしれない」

 おすすめできない。そう締めくくった。

「別に私は構わないよ」

「おい」

 オレはネットの常識とDRとしての意識、行動を語った。前から思っていたが、セインはどこかずれている。

「でもね、私、ヴァンのことは信用しているし」「そういう問題なのか」「だよ」

 頭が痛くなってきた。

「大昔にはネットで知り合った人同士が集まって騒いでたってルネがいってたよ」

「廃れた文化だろう」

 オフ会というらしい。DRが広まってからは、そういうこともなくなった。

「とにかく、私は自分の実体がヴァンに知られてもかまわないよ。でも、ヴァンが迷惑なら」

 両膝におかれたセインの手がぎゅっと握りしめられた。

「私だけでやるし」

「……」

 乗りかかった船というやつだろうか。最初にルネから「ドラッグプログラム」という言葉をきいたときも、聞き流すつもりだった。セインが助けてと叫んだときも、必要以上に関わる気にならなかった。これも縁なのだろうか?

「わかったよ」

 諦め混じりに吐き出す。やっと、セインが微笑った。



 現在時刻、16:53。カフェにはオレ一人が座っている。スクリーンの左には、セインのカメラから送られてくる映像が流れていた。セイン曰く、三宮駅の北方面に例の先輩が住んでいたマンションがあるそうで、弔慰するのだそうだ。例の先輩は一人暮らしだったが、急の訪問にも遺族が快く応じ、特別にマンションへ入る許可をもらった。セインと先輩との仲の良さが窺われた。ただし、高級なマンションに一人暮らしとは気にくわない。

 オレはここでお留守番だ。住宅等のプライベート空間には、DRが侵入できないよう、DRバリアを張るのが普通になっている。もしオレが実体であったとしても、生前関わりのなかったオレが訪問し、死者を弔うのは変だし、セインとの関係を説明するのも労力だ。オレがついていけなくても、オレの目代わりになるように、と用意させたのが例のカメラだった。

 セインはまだ移動中のようで、カメラにうつるのは、地面にしきつめられたお洒落なレンガだ。オレは自分のサーバにアクセスする。セインの実体に寄り添うボーイッシュな少女の写真がスクリーンに表示された。背が高く、美少年という言葉が似合う。聖ベルナデッタ学院高等部3年生、秋山このみだ。スポーツメーカMIMEの幹部秋山泰造の一人娘。陸上部、成績優秀で友人も多かった。典型的なお姉様と慕われるタイプに見えた。セインから貰った情報は、客観的な情報で丁寧にまとめられていた。校内新聞メーリングリストでランキング上位に入っていたこと、陸上部で応援にきた下級生の数、一日に貰うラブレターの平均等。少々マニアックすぎる情報まであった。

 別のスクリーンを表示させ、サーバからドラックプログラムの被害者と思われる情報を引き出す。セインと今後の方針を決めた後、電子の海を彷徨って発掘した文書だ。ルネの言の通り、警察の機密文書は、ネットの至る所に落ちていた。夜は文書の発掘で時間がかかり、中身は吟味できていない。「秋山このみ」を探したが、オレが取得したデータにはなかった。秋山このみが死亡したのは2088年9月12日(土)だ。文書が流出した時点で報告書が作成されていなかったか、あるいは、「変死」扱いではないのか。

 後でセインに詳しい死亡状況を訊くか。

 オレはルネが示した一番初めの被害者らしきファイルを開く。中野佑介、18歳。9月2日死亡。大阪、か。

 カメラからの映像を見ると、セインがマンションの玄関に到着したようだった。

 そろそろ本番だ。オレはファイルを閉じようとした。

「!」

 飛び上がる。急に、肩に手を置かれたのだ。

「なっ」

 振り返る。そこには、あの初心者らしきDRが鬼のような形相で、オレを睨んでいた。

「あの?」

 咄嗟にスクリーンを消す。「なんですか?」

「お前ッ! 不正アクセス禁止法違反で逮捕するッ!」

「はぁ……?」

 困惑しつつ、オレはじろじろとそのDRを見た。外見は東洋人なのに金髪に茶色の肌色でセーラー服を着ている少女だ。古典の漫画に出てきそうな格好だ。口紅は白色だった。

「お前今警視庁の機密ファイルを見ていただろう。エマノン、現行犯だ。言い逃れはできないぞ」

「あのさぁ」

 閉じたスクリーンを再び表示する。昨日見つけた機密文書を保管しているサーバに接続する。

「ここで普通に見えるんだけど?」

「……」

 そのDRは、勝手にオレの正面に座り、足を組んだ。スクリーンとサーバの情報を見比べ、唸る。自分のスクリーンをたちあげ、何やら入力しはじめた。どことなく武骨な仕草だ。成りきっていない。実体は男だ。

「エマノンめ」

 外観に似合わず忌々しげに吐き捨てる。エマノン、としばし記憶を探ってみたら、世間を賑わす大ハッカー様だった。

「誰?」

 はっとしたように、彼? 彼女?はオレを見た。

「あ、ああ」

 カメラの映像が気になったが、画面を消した。

「す……、ごめんね〜。ちょっと見間違いってかんじ?」

「……。別にいいけど」

 挙動不審に照れた仕草をする。だけど、ガニ股だよ。

 オレはイライラと指で机を叩く。彼? 彼女? は立ち去る気配がなかった。

「な……、ねぇ。さっきの子、聖ベルナデッタ学院の生徒だろ? じゃなかった。だよね」

「それが?」

「最近死んだ生徒のこと知らないか、秋山このみっていう」

 生徒手帳にありそうな彼女の写真を見せた。先ほどみたものより若干幼い。オレは目を細めた。ルネの情報源は確かだ。この間抜けで演技の下手くそな人物はサイバー課に違いなかった。

「知らないね。彼女がどうしたんだ?」

 しらばっくれた。

「……」

 彼? 彼女? は目を細め、スクリーンを見た。

「ね、ねぇ。なんでこの情報を見てたんだ?」

 変死体と秋山このみとのつながり、すなわちドラッグプログラム。冷汗がじんわりと感じられた。DRはかかないはずなのに。

「おもしろい変死体だから気になったんだよ」

 問い詰めようと口を開くサイバー課を、オレは押し止めた。

「もう行くよ」

 間髪入れずギアをひねる。セッション終了。時代遅れの少女のぽかんとした顔にノイズが走って消えた。




 少年姿のDRに変わって三宮に降り立つ。

 三宮駅の前を闊歩しながら、通信に耳を傾けた。小さくスクリーンにカメラの映像を呼び出す。どうやら秋山このみのマンションには彼女の母親が来ているようだった。セインの慰問に感謝の言葉を投げていた。

「いえ、先輩にはお世話になりましたから」

 涙声だ。

「わがままをきいていただいてありがとうございます。少しでも、先輩のこと忘れたくなくて。いえ、何も気づかなかったのも私ですから、悔しくて……」

 穏やかにセインが切り出した。カメラが動き出す。揺れて、秋山このみの母親が一瞬うつった。若くて綺麗な女性だったが、真っ黒なワンピースで、化粧が涙で崩れていた。セインが動き出すとともに、カメラの視点も変わる。ドアが閉められ、スクリーンに部屋全体の映像が表示された。

「ヴァン、先輩の部屋」

「ああ」

 ボーイッシュな少女だったが、部屋は意外にも女の子らしさで溢れていた。八畳ほどだろうか。明るいオレンジとピンクが混じり合ったカーテン、ベッドには大きなくまのぬいぐるみに、小さいうさぎのぬいぐるみが2個転がっている。ふわふわのカーペットの上には、ピンク色の小さなローテーブルがあった。窓に面して置かれている白い机には、ペンダント型のチューナーが置いてあった。

「セイン、ギアを見せてくれないか?」

 この姿だと、下手に三宮を彷徨けばカインに見つかる。オレは東遊園地公園へ向かった。

「えっと……」

 画面がアクセサリを映し出した。黒を基調としながらもワインレッドのラインがほどよいアクセントになっている。「tuz社のGN407。少し前に流行ったやつだ」セインがギアを手にとった。オレにも聞き覚えがあった。デザイナーズギアという触れ込みで、元来の機能面を重視した武骨なデザインではなく、多少性能を落としてよりスタイリッシュに仕上げたギアだ。半年前に発売され、女子高生を中心に、今までDRに関心のなかった若者たちを引き込んだアイテムだった。細く軽く、リストバンドというよりは少し太いブレスレットに見える。

「セイン、起動させてみてくれ」

「うん」

 ギアのワインレッドのラインがピンク色に光った。「秋山このみのサーバにアクセスできるか?」セインの正面にスクリーンが表示された。文字が流れる。「大丈夫、先輩は機械オンチだったから、ログインは省略してると思ったんだ」

 オレのサーバに膨大なデータが流れ込んできた。秋山このみのサーバに保存されていた全データの送信が始まったのだ。打ち合わせ通りだった。

 残念ながら、オレもセインもインターネットには素人並だ。ハッキングやクラッキングという言葉を知っていても、具体的な手段は全く知らなかった。だから、秋山このみのギアからサーバに乗り込んでデータをいただく。真っ当な方法だから、特別なスキルなどは必要ない。入手するべきは、秋山このみのアクセス履歴であり、サーバ内に保存されているかもしれないドラップログラムに関するデータだった。

「あとは……」

 セインが白い机の引出しに手をかけた。

「どうした?」

「開かない。鍵がかかってる。机の上にも鍵らしいものはないし、チップもない」

「他の場所は?」

「ちょっとまって」

 カメラの視点が回転した。画面の隅でドアが開き、ブランドのスリッパが写り込んだ。秋山このみの母親が入ってきたのだろう。

「ええ」「はい」セインの相槌がきこえる。


 オレは一旦スクリーンを切った。ため息をついてまわりを見る。いつの間にか小さな公園にきていて、潮の香りがした。環状に公園を囲むように木々の植えられた道が何階層にも伸びていた。まわりの高層ビルとつながっているようで、サラリーマンの姿がちらほら見える。位置情報を呼び出すと、東遊園地公園、と出ていた。奥まった場所にひっそりと設置されていたベンチに腰かけた。セインと秋山このみの母との会話はまだ続いている。

 夕暮れ時だ。東京のようなどこか埃っぽいものではなく、空は、鮮やかな赤色に染まっていた。

「?」

 目の端にうつったものを確かめようとして、顔を向けたが見失ってしまった。

 セインと同じ制服姿を見た気がしたのだが、気のせいだったのだろう。ここはセインの学校から近いので、いたとしても不思議ではないが。

 オレは頭を振った。サイバー課が動いているという事実が気持ち悪かった。あの骨董品のような格好をした少女を思い浮かべる。秋山このみの捜査をしていたということは、秋山このみは何らかのサイバー犯罪に関わっていたと見ていいだろう。オレの見ていた変死体資料にもすぐに反応したことから、ドラッグプログラム関連か。警察はどこまで把握しているのだろうか。


 セインにも、サイバー課のことは伝えるべきか?

 彼女がこちらに手を振りながら走ってくる姿が見えた。オレは軽く手を挙げる。

 彼岸花が風に揺れた。

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