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2088年9月14日(火)

2088年9月14日(火)


「ただし期待するなよ」

 そう逃げ場を作ったので結局何もしませんでした、じゃまずいよな? オレは自問した。

 現在、東京都新宿区大久保一丁目、築五十年の廃ビル。1Fからしかないビルで、オレは迷わずB1Fへのびる階段を降りた。例のルネの隠し部屋だ。ボロボロでひび割れた木のドアを開けると、スタイリッシュな部屋が現れる。透明なテーブルに黒色のソファ、ワインレッドの小物がアクセントになっていた。この部屋はすべてARでできているので、模様替えに金銭はかからないし、手軽だ。ルネの気分によって簡単に家具や壁紙が変わる。金曜までは木がベースのカントリー調な空間だった。六畳ぐらいの大きさで、四人で入ると、ちょうどいいか狭いぐらいだった。今はひどく広い。

「ルネは、いないか……」

 18:03、社会人ならまだ仕事中かもしれない。オレはソファに腰掛け、スクリーンを出した。数時間前に「ドラッグ」「プログラム」「DR」「麻薬」「チップ」等をキーワードとして情報を抽出するエージェントを流しておいたのだ。運がよければ有益なサイトがヒットしているかもしれない。AR、DRが発達した現代であっても、情報の主流はテキスト・動画ベース、つまりインターネットから得られることは昔から変わりがない。エージェントは、これらインターネットを巡回し、有益な情報を収集する。

 一覧のほとんどは巨大掲示板からの投稿だった。51302件。一般サイトや動画はほとんどない。オレの予測通りだ。巨大掲示板は、ガセ・真実が混在した場所だ。一般ユーザが匿名と信じているからこそ、犯罪やそれに近しい情報が平気で投稿される。

 オレはスクロールし、軽く一覧に目を通しはじめた。

「ふぅん。ドラッグプログラム」

 思わず手が滑ってスクリーンが消えた。

「ルネ?!」

 振り返えると、愛らしいピンク色の瞳とぶつかった。少々視線を下にずらすと、床に箱があって、さらにその上に小さな靴が見える。高さが足りなかったらしい。

「驚かすなよ」

 オレがこの部屋に来てから、まだそんなに経っていない。

「いつからいたんだ?」

「ヴァンがおもむろにスクリーンを出した時からだよ」

 ルネはトテトテと歩いて、向き合うようにオレの膝の上へちょこんと座る。

「はじめてだね。ヴァンがこの時間に、しかも一人でここにくるなんて。ルネに用事?」

 ルネは小首を傾げた。この部屋はルネが作った場所で、「いつでも遊びにきてね」といわれていたが、ずうずうしく訪ねたことはなかった。ただ、確実にルネに会いたければ、ここしかない。オレと同じく、ルネもいつも大久保に現れるわけではないのだ。そして、オレはルネの連絡先を知らない。

「ああ。ルネ、ドラッグプログラムで知ってること全部教えてくれないか」

「ドラッグプログラム、興味あるの? この前のルネの話、耳を塞ぎたいって顔してたのに」

「色々あるんだよ」

 ルネは上目遣いでオレを覗き込んだ。思わず目を逸らした。無垢そうな表情だが、それがただの錯覚だということをオレは知っている。

「ルネ、おすすめしないなぁ。好奇心だけで手を出すと危険だよ」

 唇を尖らせてる幼女はなかなかかわいらしい。宥めるようにふわふわの頭をなでなでしたら、幼女は気持ち良さそうに目を細めた。

「まぁ、いいか」

 くるりとルネが回って、オレに抱きかかえられるように座り直した。

「さっきのスクリーンだしてみて」

 スクリーンの光を細いルネの金髪が反射する。スクリーンには、エージェントが拾ってきたドラッグプログラムに関する情報の一覧が並んでいる。一瞬で目を通したのか、軽く頷いた。

「よく集めてるね。ヴァン、それじゃこれ、時系列順に並べてもらっていいかな」

 一瞬で並び替えが終了した。一番古い情報は、2075年12月だ。そこから、2077年6月、2083年9月と続く。年月も飛んでいて、キーワードで偶然引っかかったような内容だった。2085年から徐々にヒット件数が増える。9076件目、ルネが指さした。「ストップ」

 2088年8月20日。

「……」

 ルネは何もいわない。オレはスクリーンを走らせた。2088年8月20日、2088年8月20日……2088年8月21日……。

「ルネ、これは」

「うん、気づいたね。2088年8月20日から急激に『ドラッグプログラム』の情報が増えてるの。2088年8月20日前後は単なる噂話だったんだよ。ドラッグプログラムってのがあるらしいってぐらいの、他愛もないもの。ルネが存在を知ったのもこの頃」

 ルネが指を走らせ、一点を指した。2088年8月25日、ドラッグプログラム体験談のようだった。

「この日から、体験談が増えていくよ。そして、9月2日には……」

 小さい手がスクリーンを操作する。オレが集めた情報ではない。どこかへアクセスしているようだった。パッとスクリーン一杯にでたのは、変死体の情報だった。死体の身元や、発見状況、解剖の記録が綿々と綴られている。「外傷なし」「薬物反応なし」「ドパミン過多」の文字が目に飛び込んだ。オレは喉を鳴らした。

「多分、ドラッグプログラムの中毒者。体験談の登場から一週間ちょいってところかな」

 オレは別のところで恐ろしくなった。震える指がスクリーンをさす。

「なぁ、ルネ、これって……、警察のマル秘情報じゃないか?」

「そうみたいだね」

「オレまた不正アクセス禁止法でしょっ引かれたくないんだけど」

「大丈夫。警視庁とか警察庁にアクセスしたわけじゃないよ。この手の情報は探せばネットに落ちているもの」

「でもなぁ……」

 なんていいながら、しっかりオレはその情報を自分のサーバに保存した。

「それから、こういうのもあるよ」

 ルネがオレの膝から飛びおりる。肩のギアを操作した。ガラスのテーブルの上に、小さな映像が浮き出た。

「これ……」

 ミニチュアの男が鉄パイプを振り上げ、暴れていた。つい先日見た光景だ。

「あの人だかりの誰かが撮ってたみたい。それと」

 映像が消えて、代わりに浮かびあがったのは、先ほどと同じような変死体の報告書だ。顔写真は、弱そうな黒縁眼鏡で七三の学生だ。死亡日時は9月11日午前3時だった。

「あのDRの実体だと思うんだ。ほら、この写真の手首にしっかりギアついてるでしょ? あの動画の男と同じギアだよ。量産品の安物だけど、同一人物って可能性はあるよね」

 オレはルネの情報収集に舌を巻いた。それと同時にルネが空恐ろしくなった。

「ルネが教えるのはここまで。ドラッグプログラムの販売経路? とか、入手方法? とか、そういった情報はほとんど出回ってないよ。何だか得体が知れなくて、気持ち悪いね。追って危険かどうかの判別もつけ難い。だから、ヴァンもあまり関わらないほうがいいよ」

 ルネが言外にこれ以上の情報収集は安全を保証しない、と告げた。オレよりもよく知っているルネのことだから、そうなんだろう。頭には、セインのDRがちらついた。うつむいたときの小さな肩。震えた声。

「ありがとう」

 改めてルネの頭をなでる。

 セインはオレにどこまで求めているのだろうか? どう助けて欲しいのだろうか?

「おかげで助かった。じゃぁ、行くよ」

 オレはギアに手を当てる。ルネがじっとオレを見上げていた。

「ヴァン、あとね」

「何?」

「サイバー課が、ドラッグプログラムの件で動き始めたよ」

 無表情でルネが告げた。






 広大な北海道の草原に、ぽつんと一件の建物がある。ファンシーが外観で、きらびやかな赤、青、黄、ピンクのケバケバしいランプが点滅していた。夜、暗闇に浮かび出たその場違いな建物の正面には、曲がりくねった文字でこう書いてあった。

『アリスの国』

 建物はARでできているため、ARのパルスを受信しなければ、当然見ることはできない。DRでなければ入店は出来ない。いかにもいかがわしそうなその建物のピンク色の扉を、勇気を出してギギギと開く。すると、かわいらしい幼稚園児や小学生ぐらいの少年少女が「おかえり」と歓迎する。一人だけタレ目の青年が、「今日はどの子とおねんねしますか」とにこやかに訪ねる。来訪者を一様に見つめるつぶらな瞳。

 ここは、幼児や少年少女の姿をしたDRの、売春宿だった。


 そんな売春宿の、子供部屋を模したおもちゃの散らばる部屋にいるのは、オレと、男。決して子供ではない。

「やっと遊びに来てくれたのかと思ったのに」

 タレ目の男がボヤいた。残念ながら、オレにはペドだとかロリだとか、さらにはショタだとか、そんな趣味も性的指向もない。だから、この店のオキャクサマになることは、今後ともないだろう。それを、この男はいつまでたっても理解しようとしない。

 オレの冷たい視線に気づいたのか、男が姿勢を正した。

「な、なんだよヴァン。別に法に背いているわけでもないし、お前に非難されるいわれはないぞ」

 開き直った。この幼児趣味専用の売春婦・夫はDRこそ小学生までの少年少女の外見をしているが、中身は立派に成人した実体であるらしい。高額で雇っている。さらにはほとんどが男性であるそうだ。男のほうが男の扱い方を知っているから、とはタチバナの弁だ。ごもっともだ。だから一部では人気の店になっている。

 このタレ目の男、タチバナは歴とした『アリスの国』の経営者である。

 そして、幸か不幸か、オレの唯一の実体での知り合いだった。

「別に責めているわけじゃない。仕事中に突然来て悪かったな」

「いいさ、俺がいなくても店回るし。というか、いない方が店的には売上が高くなるんだよな。でも、あそこにいると保父さんになった気分になって楽しいんだよ」

「あっそ」

 タチバナは子供に欲情する嗜好はない。だからこそ純粋にビジネスとして店が成立していた。オレにはどうでもいいことだが。

「で、どういった用件なんだ。ヴァンがここにくるなんてものすご---い珍しいことなんだけど」

「ああ、あのな……」

 洗いざらいにドラッグプログラムのことを話した。セインのこともだ。ルネからもらった情報もスクリーンに映して見せた。タチバナが唸る。

「もっかい見せてもらっていい? さっきの変死体のやつ」

 スクリーンにルネからいただいた調査書を表示した。

「すげぇ! 本物か!」

「何が?」

 不思議そうに訊くオレに、「マジかよ」とタチバナが天を仰ぐ。

「これって、あれだろ。エマノン」

「はぁ?」

「天才ハッカー。しらねぇの? すんごい騒ぎになってんのに」

「しらない」

 タチバナが額に手を添えてため息をついた。こいつの動きはオーバーすぎる。

「お前、山篭りしてたの? どこの情報弱者よ」

「……」

 オレはハッカーなどに興味はない、そう言おうとしたら、タチバナが勝手に語り始めた。

「つい最近な、警視庁のサーバでルートキットが発見されたんだ。それな、置かれたの3年前なんだよ。3年前! すごくないか、3年間も警視庁ハッキングされて気づかねぇの」

「何かのネタか?」

 ルートキットは、ハッカーがシステムに侵入した後、2回め以降のアクセスを楽にするために置くツールだ。警視庁は防衛庁とともに、日本でもっともハッキングしにくいシステムとされていた。その警視庁に3年もハッキングしてて警視庁が気づかないとは、作り話にもほどがある。オレはタチバナの顔を窺った。至極真面目だ。

「ヴァン、見てないのか? 今ちょうど警視庁が『ペネトレーションテスト実施しました』て慌てて公報したの、祭りになってるぞ。三年間もペネトレーションテストはないわな。ハッキングされたの誤魔化しすぎ。」

 警視庁にアクセスしたら、タチバナの言う通り、小さくハッキングをわざと行ってもらってセキュリティ強度テストしました、という旨の記事が載っていた。

「で、タチバナ、それとこれがどう関係あるんだ?」

 調査票を示した。

「大有りだろ。それ、多分エマノンがハックして流した情報だろ。じゃないとこんなもんネットにあるわけねぇよ。ほらみろ」

 スクリーンに「極秘」の文字が見えた。ルネがどこにでも落ちている、と言っていたので、すっかり忘れていた。

「へぇ」

「なんか感動だな。まさか現物見えるとは思わなかった。で、何の話だっけ」

 脱力した。

「お前なぁ。タチバナ。ドラッグプログラムだよ。さっきからずっと言ってるだろ」

「ああ、そうだった」

 タチバナがタレ目を細めた。タチバナはこんないかがわしい店を経営しているだけあって、セキュリティや法関係は専門家の域だ。警察のサイバー課の行動や世間の空気には敏感だ。タチバナはルネとは違う視点でこの世界をみていた。

「正直、俺は今までドラッグプログラムなんぞ聞いたことがなかった。俺の客にはこんなジャンキーみたいなやつがこなかったし、話題になるといっても、一部のアングラだけだ。俺の業界とはずれている部分だしな」

 オレは頷く。

「でも、このドラッグプログラムですでに分かっていることもある」

「「合法」」

 声が重なった。タチバナがニヤリと唇を歪める。

「わかってるじゃないか。そうだ、このプログラムは法の範囲内にある」

 ドラッグプログラムは、薬物ではない。だから、各種薬物取締法には触れない。ドラッグプログラムはコンピュータウィルスではない。だから、サイバー系の法にも触れない。つまり、現時点では、ドラッグプログラムを大々的に販売することも可能だ。

「噂レベルではじまって、実際に被害も出始めているが、販売サイトはない。販売経路すら不明、ね」

 カラカラとおもちゃのプロペラが回っていた。今はもうレトロになった飛行機の模型だ。この守られているような聖域で子供を犯すやつらは、一体どんな怪物だろう。

「ま、そういう販売方法もあるだろう。需要が高い分だけ、値段は釣り上がるもんだ。麻薬のような依存型なら、その売り方はどうかと思うけどな」

「そうか」

 オレはタチバナの手に視線を移した。トントン、と机を叩く。

「まず、整理するか」


・噂 2088年8月20日

・体験談 2088年8月25日

・中毒者死亡? 2088年9月2日

・合法(サイバー課が動いている?)

・256MBのチップ


 スクリーンに出したオレに、タチバナが生ぬるい視線を送ってきた。

「おいおい、なんだこの微妙なまとめ方は。オレの話聞いてたのか?」

 確かに5行で終わってしまっていた。だが、現状ではこれだけしか分かっていないのも確かだ、とオレは思っていた。タチバナがスクリーンに付け足す。


・販売者?

・販売経路?

・販売規模?

・作用?

・中毒者の摂取頻度と回数?


「まだパッとだしただけでも、わかっていないことがこれだけある。まずはこの表を埋めることだな」

 さすが経営者だ。

「それから、ヒントだ。チップ、見たっていってたよな」

「ああ、DR化されているけど、元は実体だよ」

「だな、お前鈍すぎだ」

 デコピンされる。

「よく考えろよ、ドラッグプログラムは実体で提供されてるんだ。そこから探れば、ある程度はわかってくるだろう」

「ああ、そうか」

 打たれたところがジンジンと痛くなってくる。どれだけ力を込めたのだろうか。セインだな……、弱々しい彼女を思い浮かべて、オレは額を抑えた。

「俺の方でも何か調べてみるよ。裏の道は裏っていうしな」

「ありがとう、タチバナ」

「いいさ」

 タチバナがにこやかに笑った。

「今度店を利用してぜひとも感想を聞かせてほしい。着飾らない意見が欲しいからな」

「死ね」

「冗談だ」

 真顔になった。

「まぁ、ドラッグプログラムのソースが手に入るようなら、欲しい」

「なんでだ?」

 タチバナが、オレを見た。

「ドラッグプログラムを参考に性的快感を思いっきり高めるプログラムを作る。それを店で使うと……、大繁盛だな」

「つぶれろこんな店」

 オレは立ち上がった。深夜0時近い。そろそろ店が忙しくなる時間帯だ。

「じゃあな」

「危なくなったら引けよ」

 オレとタチバナは互いの拳を合わせる。これがオレたちの挨拶だ。


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