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void  作者: az
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2088年9月25日(土) その2

 こつん、こつんとオレたちの足音が響く。螺旋階段は上ではなくて下に伸びていた。だから、ひたすら降っているのだけれど地味に足が怠くなる。ルネはあいかわらずの元気さで階段を二段飛ばしするものだからたまったものじゃない。

「何かのダンジョンみたいだよね」

「ああ」

 こういう古典ゲームがあったよな、ひたすら地下に潜ってモンスターを倒すやつ。昔慎吾の家で骨董品のゲーム機とテレビという古典作品によく見られる機械を繋いでゲームをしたっけ。コントローラという操作端末が独特で、やりこみすぎると指が痛くなる。あの時は唐突なモンスターの出現によく大騒ぎしてた。ほら、こんな風に……。

「え?」

 巨大な鎌がオレの頭上を切り裂いた。髪の毛の切れ端が光る。冷や汗が一気に吹き出す。

「おい、ルネ」

 鎌はトラップ、だが、ルネの正面に沸いて出た化物はオレたちを捉えて動いた。

「プログラムを連動させてるってわけ!」

 あいつはギアがないからARだ。丸い肉塊にカニの脚のような鈎爪が何本も伸びた醜悪な姿だった。いくつもの目玉が飛び出ていて、キキキキキという異音を発している。

 一段ずつ階段を上り、ルネに近づく。目玉は一斉にルネへと向いていた。カシャ、と脚が伸ばされる。

「ルネを相手にしようってとんだ身の程知らず」

 掴もうとした幾多の脚を躱し、軽快にルネはジャンプした。化物の目を蹴って潰す。パンツは見えそうで見えなかった。白い液体がドバッと流れるが、彼女は気にせず肉塊に手を当てた。

 中心に光が生まれて、化物が熔ける。この幼女、強い。

「あのARにウィルスを入れたんだ。オーバーフローを起こさせるやつ」

「一体だけか?」

「少なくともこいつはね」

 ルネは髪が邪魔くさいのか、リボンを取り出して頭上で結った。首を振るとポニーテールが揺れる。

「この先も今みたいなのがある?」

「おそらくは。久々に燃えるじゃない」

 怖気づいているオレとは対照的に、ルネはにやりと笑った。オレは自然と一歩後退する。

「じゃ、ヴァン、手を出して」

「?」

 言われたとおりに右手を差し出すと、ギュッと握られた。

「これでヴァンだけ逃げるってのもできなくなったね。ほら、行こう」

「ヲイ」

 幼女、手強い。

 しぶしぶオレもルネの後に続く。

「大丈夫だよ、ヴァンはルネが守るから」

 いくら中身がおっさんとはいえ、こんなかわいらしい女の子姿に言われるのはな、と思う。照れ隠しに、繋いだ手を握り返した。

 

 蝋燭の光だけでは心許ない。先ほどの襲撃があってから、慎重に足を進めた。トラップは今のところ大人を想定したもののようで、一撃で致命傷を与えて退場させようという意図なのだろうが、頭上を矢が飛んできたり、弾丸が掠った程度だ。ルネは不満なのか「ぬるいなぁ」なんてつぶやいたりする。

「あまり滅多なこというなよ」

 出した声は慄えていた。ARは言ってしまえば何でもありだ。戦車でもドラゴンでも、出そうと思えばいくらでもだせる。もっとも、ARの動作はプログラムの造り込みによるが。先ほどのARを見た感じだとかなり作りは甘い。ただし、生き物のような細かい動作や処理判断を削ってしまえば、目的対象を攻撃という処理自体は簡単に作れてしまう。

「そろそろ来るんじゃないかな」

「え?」

「ここに入ってそろそろ10分だよ。ヴァンは気づいていないかもしれないけど、トラップやさっきの化物は経過時間で出現するみたい」

 それを早く言ってほしい。ひとまずオレたちは足を止めた。

 ルネはやる気なのか、スクリーンを複数出す。オレも武器、と考えて『ぷんすかプリンセス』のやえちゃんが使うミラクルみらくる☆スティックを取り出した。以前アニメのイベント用に依頼されて作ったものだ。DRの活劇で使用後、アニメファンにデータをプレゼントしたらしい。当然コアなファン向けに、アニメのミラクルみらくる☆スティックに搭載さてれいる機能をちゃんと実装している。すなわち、薙刀、バズーカへの変形だ。さらに、クライアントに渡したものはほとんどおもちゃ程度の攻撃力だが、オレのものはオリジナルなだけあって威力もアニメそのものだった。さすがにステッキのまま使用する魔法ぷんすかぷんは処理が複雑なので実装する気はなく、ただステッキから閃光が放たれるだけだが。

 武器の選択に触手も頭に浮かんだが、今回は人を相手としないので使えないだろう。触手で拘束した場合でも、本気で暴れられると縛りを解くように作っているからだ。

 暗闇からカサカサと音が聞こえた。虫系だろうか。早速オレはステッキを振るって魔法ぷんすかぷんを使う。一瞬だけ照らされた光だが、迫り来るものの姿がはっきりとわかった。

「うわぁ、最悪。最悪!」

 閃光でありえないほどの黒光り。世界でもっとも嫌われているあの虫が蠢いていた。それもサイズは30cm強。

 ルネはすぐさま何かのプログラムを実行させた。文字がスクリーンを走っていることから、分析をやっているのだろう。虫は夥しい量だ。先ほどのように一つずつ対応していたのでは間に合わない。ピンク色の瞳はめまぐるしくコードを追っていた。

 スティックを薙刀へ変形させえて、ルネの前に出る。

「い、いくぞ」

 怯むな。跳んで襲いかかる虫を薙ぎ払う。一振り、二振り、ピギャッと虫どもを叩きつけるが、そいつを飲み込むかのようにゾロゾロと虫が這い上がる。物理というよりは精神にくる攻撃だ。

 動きは現実のものとは程遠く、緩慢だったのには助かった。パターン化もしていて、こいつらはオレの頭を狙っている。冷静に虫を追い払えば対応は可能だ。腕が疲れるだけだ。ただ、キリがない。

 ブンブンとひたすら薙刀を振るった。しかしながら、運動不足のオレにとって、こうやって三分も腕を振っていれば十分疲労は溜まるわけで。

 一瞬対応が遅れた。狙いが逸れて、一匹がオレの顔にダイブしそうになる。慌てて腕を被った。

「うええ」

 ズキリと痛みが走った。腕を払って噛みついた虫を払う。痛みだけでダメージはそれほどでもない。

 それよりもあの虫に噛まれてしまったことが非常にショックだった。いくら菌はないと知っているとはいえ、植え付けられた嫌悪感が吐き気を催すほどだ。

「ルネ、まだかよ」

「いまやる!」

 シューッという音とともに、足元から白い煙が発生した。虫は煙に触れた途端藻掻き消える。先ほどまで虫に溢れていたとも思えない、静まり返った階段が残った。

「はぁ、しんどい」

 データを修復して傷つけられた腕を元に戻す。これを消毒代わりとしたい。

「なんか、ルネ、久々にキたよ」

「うん……」

 最初の勢いはどこへやら、あるのは疲労感だけだ。

「休憩する?」

「そうだね」

 階段に腰かけようとした時、それは起こった。


「姉ちゃん、危ないっ!」

「な」

 ルネが先ほどまでいた場所には、キメラのような怪物がいた。様々は動物を融合したような奇っ怪な姿を晒している。蛇頭の尻尾がゆらゆらと揺れていた。ライオン顔が大きく口を開き牙を見せる。

 オレはすぐに階段を駆け登った。オレのいた場所には、怪物の鋭い爪が食い込んでいる。

「嘘だろ」

 ルネは? 怪物から距離を取ってすぐに薙刀をステッキに換え、魔法ぷんすかぷんを放った。

「ルネ!」

 光る。階下で幼女が誰かに抱きかかえられている。あの姿は、まさにオレ自身だった。

「エマノン!」

 叫んだところで怪物が肉薄した。爪がオレの頬を掠める。

「チッ」

 避けたところで、背中を尻尾に殴られる。衝撃で階段を転げ落ちた。

「おい、ヴァン」

 身体中が痛い。気がつけば誰かに捕まれていた。永遠に降る螺旋階段、助けられなければ、このままずっと落ちていくところだった。ぞっと恐怖が走るが、生唾を飲み込んで抑える。

 オレはステッキを握り締めて、オレを抱える人物に怒鳴った。

「エマノン、どういうことだよ!」

「うるさい! 今はそれどころじゃないだろ」

 エマノンが顎を杓った先はあのARがいる。

「油断するなよ。あいつ、綿密に動きがプログラムされている。アメリカで流行っているバケモノハント用の獲物ARだよ。設定は強さマックスになっている」

「ハント用ってことは、どこかに弱点があるってことか!」

 ARはいわば無機物のようなものだ。攻撃しても本質的には壊れない。中身がないから、痛がらないし、DRのように意識を失って消えたりはしない。だから、最初の化物やあの気色悪い虫のようなARの場合は無理矢理プログラムを壊して終了させる。しかし、こいつはハントの獲物だ。

 架空の動物をARで造ってDRで狩りをする遊びがあるのは知っていた。オレも何体か手がけたことがある。そういう動物にはわざと弱点を付けておいて、そこを攻撃すると死ぬプログラムが組まれている。

「弱点はルネが今探る」

「必要ない」

 オレはゆらりと立ち上がった。怪物がオレを凝視する。爛々と輝く眼は、獲物を見定めて確実に殺すためだ。あいつは本当に動作が細かい。わざわざ前足で地面を掻いて挑発している。

 背中がさ、痛いんだよ。階段を転げ落ちた時に肘と膝を擦り剥いた。頬を流れる血が気持ち悪い。オレはインドア人間で、DRでも今まで平和に過ごしてきた人間なんだよ。こういう仕打ちには慣れていないんだよ。

 オレはステッキをバズーカに変えた。肩に構える。幸い、少女が使う用だから重さはほとんどない。

 『ぷんすかプリンセス』のやえちゃん最終奥義ドハツテンヲツキマシタを披露してやるよ。

 怪物が地を蹴った。一気にオレへの距離を詰める。ライオン顔が大きく口を開き、オレを咥えようとしたところで引き金を引いた。至近距離だから外しようがない。オレは本村弘美ではないから技名を叫ばない。青い光が迸って、白い炎に怪物が灼かれる。ぎゃあああああああと、耳の劈くような叫び。掠れゆく断末魔までがリアルだった。

「とりあえず全部攻撃しておけば、弱点も確実に突くだろ」

 オレはバズーカを消して二人へと振り向いた。

「で、ルネ、エマノン。説明してもらおうか?」



 階段の上で一服、いや、ダベるといった方がいいか。

 ルネがオレに抱きつこうとするのを、エマノンは阻止する。どうでもいいよ。オレの機嫌は急降下だ。

「ヴァン、姉ちゃんから離れろ」

「ヴァン、格好良かったよ」

「……」

 オレはエマノンとルネを睨む。姉ちゃん、だって?

「なぁ、ルネ。お前さ、おっさんじゃなかったのか?」

「バカ!」

 何故かエマノンに頭を叩かれた。

「姉ちゃんがそんなわけないだろ。ヴァン、このかわいらしい子がどうやったらそう見えるんだよ」

「お前に聞いてない。第一なんだ? お前ら顔見知りかよ。姉弟? どうでもいいがな。裏でつながってたってことか。オレにドラッグプログラム使って密かに嘲ってたってことか?」

 普通、友達をハッキングしたりなんてしない。ましてや、死ぬ可能性のあるプログラムを使わせるなんてもっての外だ。結局こいつらはオレをただのバカな道具としか見てなかったってことか?

 ここ一番の裏切りだ、そう思うのも無理はない。『ルネのお守りヴァン』なんて二つ名は間抜けで嫌だったが、少しだけ懐かれているという自負があった。ルネが友達って言ってくれたことが嬉しかったんだ。それが嘘か?

「通りで知っているはずだよ。オレがドラッグプログラム使わされたことも、トレースされた情報も何もかも。なんだよ……」

 やばい。目が潤んでくる。泣いて溜まるものか。目に力を入れて耐えた。

「エマノン」

 呼んだルネの声は冷え冷えとしている。

「あ……あ」

 オレと瓜二つの姿が消えた。次に、ルネと同じような年頃の男の子が現れる。左肩にギアをつけていて、DRなのだと知れる。

「ヴァン、ごめん」

 下げられた頭の旋毛が見える。ルネと同じくカールのかかったプラチナブロンドだった。

「何に対して謝ってるんだよ」

「えっと、ヴァンに嫉妬したこと」

「はぁ?」

「だって! 姉ちゃんいつも遊んでくれないんだもん。いっつも勉強とか言ってるくせに、ヴァンが来ると駆けつけるしさ。すんごいムカツクし。ちょっと懲らしめようって思うのも無理ないって」

 全然反省してない。ルネもそう思ったようで、エマノンを背後から羽交い締めにした。

「ヴァン、こいつ、殴っていいよ」

「ね、姉ちゃん?」

 力一杯拳骨を入れた。


 エマノンが「痛ってー」なんて叫びながら頭を抑える。オレの拳も地味に痛いわ。

 オレはルネに視線を移した。

「で、ルネは言い訳はあるか?」

「ないよ。ルネ悪いことしてないもん」

 あっけらかんとした声だ。

「今更信じられないかもしれないけど、ルネ、ヴァンがこいつにドラッグプログラム使われたの、ヴァンから聞いてはじめて知ったし。一応お仕置きしてデータも巻き上げたけど、それだけだよ」

「ハッキングは」

「するわけない。友達だもん。ルネ、ヴァンのメールアドレスさえ知らないよ。セインやカインは連絡とりあって羨ましいとか、知らないと連絡とりたいのに煩わしいなぁって思ってた。でも知らないからルネのところに頻繁に来てくれるのかなぁって」

 数日前、ドラッグプログラムについて尋ねるためにルネの元を訪れたことを思い出した。あの時、確かにルネは怒っていた。

「まぁ、エマノンが弟だって黙ってたのは、悪かったかな。身内に犯罪者なんて、恥ずかしいし」

「姉ちゃん、犯罪者とかショック……」

「ドラッグプログラムについて言えば、最初は競争だったよ。どちらが早くソースコードを入手するか。ルネには情報屋として、こいつはハッカーとしての誇りがあるし。共闘はここに乗り込む時に決めた。うん、それは秘密でやってたね、ごめん。今日だけ外からサポートしてくれるように頼んでた」

「そうか」

 だんだんと気分が落ち着いてきた。なんというか、この妹弟は……。

「エマノン、お前本当にキディだったんだな」

「ムカツク! もう12だよ!」

「十分ガキじゃないか」

 本当に、反応が子供だ。サイバー課、お前たち小学生に踊らされてるぞ。

 エマノンを見ていたら、なんだかバカバカしくなった。

「はああぁあああ。もういいよ」

 わざと盛大にため息をついて子供たちを見やる。うん、疲れたんだ。

「先に進もうか」

 オレの言葉に、ルネとエマノンは勢いよく頷いた。


「で、だ」

 やっぱり目の前にあるのは永遠にも思えるほどの長い階段なわけだ。

「なぁ、これって終着点があるのか?」

 時間がくると敵、倒すとひたすら降る。非常にしんどいシステムである。

 何となくARのガラス窓を作った。それを虚空に放る。ヒューと落下音が聞こえて消えた。

「……」静寂。

「ないんじゃないのか」

「エマノン、どう?」

 ルネがエマノンに向き直る。

「うん、たった今解決」

 エマノンは橙の目を細めて、意地悪く唇を釣り上げる。オレのアバター姿よりも断然様になっている。

「まぁ、終着点とかそんなこと関係ないよ」

 偉そうに胸を張ってスクリーンを出した。

「実はさ、姉ちゃんたちがここに入る時に、この空間を造るサーバへのハッキングも開始したんだ。そんでもって、やっと分析も終わったし、rootも取った」

 ルネが笑った。エマノンが笑った。

「つまり、ここをクラックするってこと」




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