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void  作者: az
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2088年9月24日(金) その2

 布を覆うというオーソドックスな手法を用いてギアを隠し、ハルカを連れて大久保まで歩いてきた。やはり大久保もいつもより殺気立った雰囲気があり、狂ってしまったDRが暴れていた。狂人の咆哮を背にオレはスタスタと足を動かす。

「酷いものですね」

「そうだな」

 哀れなジャンキーたち、その末路は死体となる。

 廃墟ビルにためらいなく足を踏み入れた。隠し階段を降りてドアノブを捻れば勝手知ったるルネの部屋、とやらだ。

「ヴァン!」

 予測通りルネがいた。すぐさま駆け寄ってオレの腰に抱きついた。

「おそよース」

 ヤヒロ姿の本村弘美もいる。

 部屋は現代風のスタイリッシュな部屋だった。黒曜石の楕円形テーブルに赤色のビーンズクッション。壁は白で統一されている。オレはすぐさまビーンズクッションにダイブした。めちゃくちゃ柔らかい、癒しだ。

「それで、ドラッグプログラムバラ撒いている奴は判ったのかよ」

 ルネも同じようにオレの隣でビーンズクッションの虜となる。

「うん、多分」

 埋めた顔を上げた。

「何から話そうか? 多々良涼のことからかな」

 オレは頷いた。

「全くね、ニオさんが多々良涼を知ってるなんて、意外なつながりだったよ。お陰でtodoro社関連の内情も知れたし、ある程度の事柄がわかった」

「ああ」

「もうニオさんから話を聞いているはずだけど、多々良涼はtodoro社創業時のメンバーだった。主にギアの組み込み開発を行っていたみたい。院生の頃からかれこれ2年かな。その一方でDRーー偽装現実の研究を行っていた。最終テーマは『偽装現実の精神作用』、多分、ドラッグプログラムに関わることだよ」

 当時、いや、今ですら偽装現実と精神についてを結びつけた研究は存在しない。それは実体とDRの感覚はイコールであるという前提があるからだ。受け取る感覚が同じなら、それは肉体に等しい。DRそのものが直接精神に関わるということはない。が、多々良涼の研究テーマはそれを真っ向から否定するものに思われる。まさに『ありえない理論』だ。ドラッグプログラムを目の当たりにしなかったら、きっとオレですら信じられなかっただろう。

「ルネも多々良涼の論文を探してみた。だけど、ニオさんの言ったとおりもうどこにも存在しない。奈良国際大学だけじゃない、世界中の大学のサーバも、研究者も。多々良涼と交流のあった者ですら、論文の詳細については知らなかった」

 彼は自分を全て葬りさったのだ。

「多々良涼が、論文拒否を苦に死んだっていうのはほぼ正しいと思う。当時のゼミ関係者も合わせて口を揃えていたよ。山本一樹から拒絶されて論文が通らなくて、段々多々良涼が焦心衰弱したって。彼は特待の奨学金を受けていたからね。留年となると奨学金は打ちきられるし、返金も要求される。todoro社で働くどころではなくなるってこと。もう後がなかったってこと。ただ一つ不思議なのが」

「?」

「多々良涼が死んだ場所、荻窪なんスよ」

「彼は奈良に住んでいたし、その前は八王子だった。どう考えても荻窪に縁があるように思えないのに、わざわざ奈良からここまで出てきて自殺した。それだけがわかんない」

 ルネは首を振った。

「まぁ、自殺する直前に何を考えていたかなんて知るよしもないし、まともな精神状態でなかったのかもしれない。追求するのも無駄な気がするから今はいいや」

「スね」

 なぁ、とオレは声をかけた。

「多々良涼が生きてるってことはないのか?」

 なにしろ今日彼と間違われて追いかけられたのだ。

「ないよ」即答。

「自殺者は変死扱いになります。変死は、検視の対象で、多々良涼の場合はちゃんと調書も残っています。歯型が一致したとの記録もあるので、調書を改竄しない限り生きている可能性は皆無ですね」

 ドラッグプログラムをバラ撒いている奴は、多々良涼がもういないことを知らないのか。

 ひょいっとルネは身を起こして、小さな手からスクリーンを出した。

「多々良涼はそんなところ。そんでもって、ドラッグプログラム散布者は」

 ピンク色の瞳が光った。

「奈良国際大学にいるよ」

 山本一樹の勤務先、多々良涼の通っていた大学。


「ヒロミちゃんがニオさんからもらってきてくれた情報が決定打、かな。ドラッグプログラムを送っていた人たち、彼らは奈良国際大学の学生だったんだ。たぶんバイト。そうじゃなくても中身なんて知らないと思う。そこから辿っていって、一応の目星はつけた」

 壮年の男性スクリーンに映し出された。白髪が何本も混じっていて、目元の皺が目立つ。

「元MITの講師で、今からちょうど二年ほど前、奈良国際大学に誘致されて教授になった人物だよ。専門は山本一樹と同じDR。かつての

理数科物理心理学科、現、工学科物理心理学科に所属しているんだ。ドラッグプログラムを送る学生の大半が彼の受け持っている生徒だったよ。ここ1週間ほど大学を休んでて怪しさ満点だね」

 隣にスクリーンが現れ、三十代の女性が表示された。媚びたような目つきだ。

「そして、おもしろいことに彼の妻は元todoro社のCEOだったりする。もっとも、勤務態度やネットでの発言を見る限り、彼女は今回に関わっていないように見受けられるけど、詳細は不明。多々良涼が死ぬ直前にCEOを辞してアメリカに留学してる。留学先で不倫愛を育んで結婚したみたい。彼女も二年前に日本へ戻ってきてるよ」

 淡々とルネは口にした。

「二宮正、とその妻絵里、旧姓、菅野」

「これって……」


 不意にルネの部屋の扉が開いた。

「ヴァン、ドラッグプログラム作ってたの、私のパパだった……」

 扉の向こうには、泣きそうな顔のセインと無表情のカインが立っていた。




 金髪の青年は碧眼を細めてオレを見る。

「久しぶり」

 カインのDRだ。つい最近まで見かけていたのに、随分懐かしい気がする。

「一週間ぶりだな」

 セインも、と加えると短髪の少年は目を潤ませて、それでも嬉しそうな笑みを零した。

「カイン、いつ意識が戻ったんだ? もう身体は大丈夫か?」

「今日かな。実は病院を抜け出してきた」しれっと答える。「さすがに一週間寝てたら身体が重い。歩けるだけマシだろうけど」

「カインが僕を助けてくれたんだ」

 セインが一歩前に出た。女の子版セインがすっかり馴染んでいたオレにとっては、セインの僕言葉は少しムズ痒い。

「助けたって?」

「カインが倒れた後、ヴァンは連絡くれただろ。それがパ……、父に見つかってドラッグプログラムを使ったこともバレたんだ。ギアを取り上げられて、部屋に閉じ込められてずっと連絡もできなかった。カインが家に来てやっと抜け出せたというわけ」

「なるほどな」

 カインはチラッとオレの背後に視線を投げた。

「ああ、紹介するよ。ハルカと本村弘美、サイバー課だ。カインは覚えているかわからないが、三島晴彦、ハルカがカインを病院に運んだんだよ」

 カインの目が見開かれる。うそだろ、と声無き声。オレでも未だに信じられないよ。

「はじめまして、かな。サイバー課のハルカです。色々ヴァンから聞いてます。よろしくね」

「ヴァンさん〜、なんでぼくだけ本名なんスか」

 いや、だってオレお前のハンドルネーム知らないし。

「まぁいいっス。ぼかぁサイバー課の本村弘美ス。よろしくっスよ」

「う、うん」

 セインが固く頷いた。

「それで、一体全体何がどうなったの?」

 ルネが小首を傾げた。正直、オレもついていけてない。


 セインは両手に顔を当てる。込み上げるものを押しつぶすかのように、口が苦悶に歪んだ。

「私が代わりに話そうか?」

 肩に手を置くカインに、セインはやんわりと首を降る。

「いい。大丈夫だよ」

 パン、と頬を叩いてセインはオレたちを見回した。

「さっき言ったとおり、僕の父がドラッグプログラムを作ってた。僕の本名は二宮聖、っていってももうみんな知ってるかな。父は二宮正、奈良国際大学で教授をしてるんだ。元々はアメリカの、よくわからないけど有名な大学の講師をしてたんだけど、2年前に大学へ就職した。僕もその時に転校してこっちに来た」

 ルネの調査とほぼ同じ内容だ。カインからセインのことは聞いているが、転校のタイミングも一致していた。

「僕ってそんなに頭良くないし、父の研究は何をやっているのか知らなかったんだけど、DRらしいね? 日本に来てからはほとんど研究室にこもりっきりで、ろくに会話なんてしなかった。ううん、それはあの女、義母が来てからだっけ。とにかく、僕と父の仲は良かったとは言えない。それが今年の7月7日、ちょうど中間テストが終わった日だからよく覚えている、父がえらく上機嫌でほとんど話すらしなかった僕を抱きしめたんだよ。それから、耳元でつぶやいてた。やっと聖に誇れる父親になれる。歴史に名を残す親になれるってさ、そんなことばかり言ってた。私はそんな名誉よりもほしいものがあったんだけどな。それから、僕と向き合って言った」

 すごいものを見つけた。あんなものが存在していたなんて。常識が覆される。

「今から思うと、あれがドラッグプログラムだったのかも」

 ルネは顎に手を当てて床を見つめる。

「だけど、機嫌がいいのもその日だけだった。次の日からは急降下、ブレーキの壊れた車が崖を降るみたいに、日に日に悪くなっていったよ。それで、あの日」

 カインが倒れた日の朝、聖は二宮正がいることには気づかなかった。かなり動転していたのだろう。彼女が学校をサボって病院へ駆けつける準備をしていた時、うっかり『ドラッグプログラム』ってつぶやいていたみたいだった。

 二宮正は顔色を変えて詰問した。何故ドラッグプログラムを知っているのか。使ったのか。正直に答えると、二宮正は目尻をつり上げ、無理矢理聖のギアを奪い取った。

「それからマンションに監禁生活なんだ。ネット回線も切られて、家のドアも遠隔操作でロックされてて解除できなかった。父は毎日『どうにかするから』って言ってた。『今にドラッグプログラムの開発者を見つけてくるから待っていろ』『自分の所為だ』」

 かける言葉が見つからなかった。カインはやさしくセインの肩を撫でている。

「ぜーんぶ判っちゃったね。ああ、パパが犯人か。そんでもって、ドラッグプログラムの本当の製作者を探してるのかって」

 ルネはとてとてとセインへ歩いて手をギュッと握った。

「辛かったね」

「うん」

 聖にとっては元々義憤に駆られて始めた調査だった。その元凶が父親だとは、心の痛みは幾許だろう。


「それで……」

 セインの落ち着いたところで、オレは気になっていたことを訊いた。

「カインはどうやって助けたんだ?」

 連絡手段ないんだろ? ドアがロックされているんだろう?

 カインは眼鏡をキラリと光らせた。

「ヘリだよ。窓からなら、出てこれるだろう」

 やっぱりこいつら、スケールが違うよ。


 改めて全員が向き合う。その中心はルネで、彼女は腕組みしながらとんとんと踵を鳴らした。

「うっすらと、二宮正が多々良涼ーードラッグプログラムの理論を組み上げたと思われる人ーーを探しているのはわかってたけど、裏付けがとれたね」

「ああ」

 タタラリョウ? と小さなセインとカインの耳打ちにこれまでの経緯を簡単にまとめた資料をスクリーンで渡す。

「二宮正がドラッグプログラムをバラ撒いていた手口はもういいよね。ただ、カインちゃんだけがそのルートから外れるんだ。どうやって手に入れたの?」

 こてん、と幼女は首を傾げる。ハルカも身を乗り出してカインの言葉を待った。

「私のドラッグプログラム入手方法は少し特殊だったからね」

 吐き出された声は苦笑まじりだった。

「要は伝手だよ。もう知ってると思うけど、本名は甲斐綾乃、カイスポーツの跡取りでもある。伝手というのは、弊社が新技術monolithを採用したことに関係がある」

 甲斐綾乃との邂逅が思い浮かぶ。秋山このみとの関係を解消するきっかけとなったものだ。

「monolithは実は脳神経部分でDRとつながりがある。DRの脳にシグナルを送る部分がmonolithの技術に関わっているんだ。その研究部分で関係上、少しだが二宮正に出資している」

「えっと、カインちゃんは直接二宮正からもらったってこと?」

「いや、私自身二宮正がドラッグプログラムの配布元だとは知らなかった。私はカイスポーツで半分働いているようなものだけれど、ラボには元二宮正の教え子が出入りすることがある。そこで私がもらったのは、そいつがくすねたドラッグプログラムだよ。二宮正は元生徒や学生にチップのコピー・送信を手伝わせていたんだ。大抵の奴等は何も知らなかったようだが、そいつは作ったドラッグプログラムを送らずに自分で使っていたんだよ」

「へぇ」

「元々私に使わせて、依存させて、いいように弄ぼうって目的だったらしいが、自滅したな」

 二週間前に死んだ。彼女はそう淡々に語った。

 

 判ってしまえばあっけないものだった。意外にクローズドな世界、ただ経路は黒塗りで潰されている。オレと同じことを思ったようで、ルネも「世間は狭いね」なんてつぶやいたりする。

「で、ヴァンにドラッグプログラム送ってみたけど、何かわかったか?」

 カインは何気なく尋ねたようだが、それに身体を凍らせる人物が一名、本村弘美だ。

「ごごごっごごごめんス!」

「な、何」

 悪役ヤヒロはジャンプしてすぐさま土下座した。悪徳スーツに似合わない恰好だ。

「実はヴァンさんから貰ったんスけど、奪われちゃったス」てへ。

「本当にバカで、バカで、申し訳ないです」

 追随するようにハルカがぐりぐりとヤヒロの頭を押しつぶす。

 痛いスよ〜、なんて言っているが、オレの時はそんな謝罪はなかったけどな。

「大丈夫だよ。ちゃんとヴァンがモルモットになってくれたから」

 おい、そこで言うのかよ。

「エマノンってスクリプトキディがオレに使わせたんだよ。どういう動きをしているのかってデータもばっちり採取済みだ。オレ自身そのデータは持ってないが」

「ルネが持ってる。奪った。だけど、それも無意味なデータだった」

 チッと幼女に似つかわしくない舌打ち。本性が出てるぞ。それにしてもエマノン、ハッキングされたのか? ざまあみろ。


 

「ああ、二宮正が多々良涼を探しているらしいことについてですが」

 思い出したように切り出したのはハルカだ。

「ヴァンさんがここにくる前、ドラッグプログラムの使用者に襲われました。どうやら使用者に何らかの指示をしているみたいです」

「これ、か」

 ルネは手を振ってスクリーンを出す。浮かび上がったのは例のメールと写真だった。

「多分このギアの所為だよ。多々良涼が使ってたギアって、ヴァンと同じ型なんだよね。昨日ニオさんからもらったリストからドラッグプログラム使用者をピックアップして監視してたんだ。そうしたら、今日の午前0時、このメールが届いた」

「いよいよ限界ってことスか」

「限界?」

「前は根気よくIPアドレス指定でタタラリョウを探してたでしょ? それが一週間前、多分セインちゃんのことがバレた時からなんだけど、途絶えた。娘のために何かしてた可能性もあるよね。それでも成果でなくて焦りに焦って、今日のようにジャンキーに多々良涼を捜索させた。そう考えるとすっきりしないかな?」

 なんたって、ドラッグプログラムで死人まで出てるんだから。

「いずれにせよ、これ以上細々と多々良涼探しをひっそりとやる気はないってことだけはわかる」

 どうしようか?

 ルネはぽん、と拳を叩いた。

「幸い、明日は土曜日、大学は休みだよね。学生は少ない。吉日」

 そして、ピンク色の目をキラキラと輝かせてハルカに詰め寄る。

「せっかく犯人わかったんだし。サイバー課も証拠あるわけだし、裁判所から許可書なんてすぐに出るよね。ルネはルネでソースコードとか真相とか知りたいし」

 ええ、うん。ハルカが曖昧に頷く。くるり、とルネはセインに振り向いた。

 二宮正はいつも研究室にいるんだよね。明日もいるよね。ルネの言葉にセインもガクガクと頭を動かす。

 うんうん、とルネもご機嫌に返した。

「じゃあ、のりこもっか」

 そう、高らかにのたまった。




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