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void  作者: az
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2088年9月23日(木) その1

 不機嫌さを全面に押し出して、オレは低く唸る。

「で、お前は晴彦のお手伝いじゃなかったのか?」

 本村弘美がへらっと笑った。服装はお馴染みの化石級オタルックだ。瓶底眼鏡は完全に目を覆い隠していて、得体の知れない存在感を醸し出す。

 午前10時、珍しく健全な時間に外出しているオレだ。もちろん実体で。

「そうス。これから任務開始っス」

 別に敬礼しなくともいい。とにかく、だ。

「オレを大久保に呼び出す理由がわからないんだが……」

 昼夜逆転がデフォルトなので、普段はすっかりお休み時間なわけである。眠い眼を擦って恨めしい気持ちを込めて本村弘美を睨んだ。

「まぁまぁ、どうせヴァンさんは暇なんスから、いいじゃないスか」

「……」

 昨日はタチバナの改装に付き合ったり、触手のAR作成に忙しかったんだよ、とはいわない。大体本村弘美の反応が想像できるからだ。今すぐにでも触手を見せろとか、新作! とか、喚く姿が思い浮かぶ。

 オレは緩やかに首を振ってため息をついた。

「で、どこにいくんだよ」

 大久保駅前のターミナル、本村弘美はすぐさま隣を指差した。

「モチにおさんっス!」

 本村弘美の鼻息は荒かった。


 私書箱203ことにおさん大久保駅前店、一歩足を踏み入れてやっぱり飛び込んできたのは豊満な胸だった。

「いっらっしゃい〜」

 オレたちの姿を認めて笑顔を零すニオさんがいた。口元のほくろが相変わらず妖艶だ。

「ニオさん、おヒサっす」

「ヒロミちゃんにヴァンちゃん、こんにちわ」

 オレは曖昧に頷いた。ニオさんが舐めるようにオレの全身を見回す。そっと本村弘美に身体を隠した。

「今日はギアを持ってきてない」

 存外に冷やかしと宣言したわけだ。ニオさんは見る見るうちに悲しそうな表情に変わる。

「今日はぼくの付き添いっスよ。でもヴァンさんにギアを持ってくるようにいったらよかったスね。申し訳ないっス」

「ううん、いいの」

 本当によかった。理由もなくあんなでかいギアを持ち運びたくはない。それにニオさんの目つきが獲物を狙う猛禽類のように鋭くなるし。身体を動かすたびに胸がゆっさゆっさと揺れるが、騙されるわけにはいかない。

「で、ヒロミちゃん、荷物取り出す?」

「いや、今日は仕事で来たんス」

 ぼろぼろのジーンズから、本村弘美は手帳を取り出した。そして、ドラマでしか見たことない警察手帳ご開帳だ。黒皮にきんぴかの桜マークは何年たっても変わらない過去の遺物だ。面倒くさそうな本村弘美の動作に、警察の威厳は何も感じられなかった。

「ああ、ルネちゃんがいってた」

 じゃあちょっと奥に行きましょうか、とニオさんはオレたちを促した。

 私書箱203がドラッグプログラムの運搬に利用されていることをルネから聞いたらしい。誰がいつ荷物を預けたか、クレジット情報等は個人情報扱いとなるため、どうアプローチするか考えあぐねていたそうだ。最悪裏で取引というところにサイバー課が飛び込んできた。個人情報は開示請求があれば警察にデータを提供できる。ルネはそれを本村弘美にお願いしたのだろう。

 シンプルな白のテーブルにニオさんはコーヒーを三つ置いた。向かい合わせに座るが、大きい胸をテーブルの上に乗せる。

「は〜。胸が大きいと肩凝るんですよね」

 心底癒され中という雰囲気だ。オレには何もコメントできない。

「じゃぁニオさん、これは警察からの正式な要請ス」

「うん、一通り履歴を纏めてるから送りますよ」

 8月からの、『特定のIPアドレス』を指定した取引情報だ。ニオさんはスクリーンを出して本村弘美に渡した。

「やっぱり関西から送信スね」

「送り元はバラバラだけど、ルネちゃんなら関連性もわかるんじゃないかな。大阪、奈良、京都。年齢は十代後半から二十代前半、性別は男性の方が多いかな」

「なるほど」

 コーヒーを一口飲んだ。豆から引いたのか、香りがいい。酸味とコクが調和して、非常においしかった。

「例のIPアドレス指定の郵便物は、9月18日からストップしてるんですよね。一週間に30通、多い時だと100は超えていたのに」

「何かあったんスかね」

 私書箱203が関わっていると判明したのは9月20日だ。それも、オレとルネの中だけの話で、ドラッグプログラムを送っているやつらが知るよしもない。

「さあな」

 だが、ドラッグプログラムの送信元がわかるのもすぐだろう。手がかりは大分出揃ってきた。におさんのデータ、山本一樹、そして。

「多々良涼がやっぱキーっスかね」

 コーヒーを飲み干した。ぽつんと漏らした本村弘美に苦笑して、席を立とうとしたところで手首を捕まれた。

「ニオさん?」

 真っ赤なマニュキュアを塗った爪がわずかに食い込む。何故オレをつかむのか。視線を投げると、そこにはどこか呆然と、だけどほの暗い表情のニオさんがいた。

「今なんて?」

「多々良涼。どうしたんスか?」

 ニオさんはまるで滑稽なものを見たかのように唇を不自然に歪めた。




 彼女はどこか遠くを見ていた。軽快で妖艶な雰囲気は消え去って、漂っているのは倦怠感と、微かな寂寥感だ。オレたちは改めてニオさんに向き合った。

「多々良涼、知ってるよ」

 口をついたのはそんな言葉だった。紅い唇が動く。

 ルネが作成した多々良涼関係者一覧にはニオさんの名前はなかった。あらましを語って、不思議そうに首を傾げるオレたちにニオさんは微笑んだ。

「といってもわたしは直接関わったことはないし、ルネちゃんのリストから漏れているのも分かる。わたしは多々良涼ーー多々良先輩が死亡した時は大学4年生で、さらには学部が違っていたわけだし」

 ニオさん、本名、柳九は中国人留学生で、当時医学部神経科に属していた。こう見えてもちゃんと医師免許は持ってるんだ、そうニオさんは誇らしげに言った。

「わたしが多々良先輩を知っていたのは、出資してたからだよ」

「出資?」

 顔を見合わせたオレたちに、ニオさんはスクリーンを示した。そこには「todoro Inc.」の文字列。

「todoro社って、ヴァンさんが持ってるギアの製造元スか?」

「そう。世界初の小型ギアGR1B、todoro社の唯一の製品」

 ニオさんがスクリーンを操作すると、オレが使っている同型のギアが表示された。英語サイトだが、オークションサイトのようだ。どれも驚くような値段がついている。

「あまり知られていないけど、todoro社は奈良国際大学の学生が立ち上げたベンチャー企業なの。CEO以外は公開されていなかったけど、多々良先輩もその従業員でもあった。わたしの先輩がtodoro社のCEOで、趣旨に賛同したから起業時に出資したの。その時に簡単な紹介を受けたし、ギアを発売した時に開いた関係者のみのパーティーにも出てたから知ってる」

 まさか、そう声なく本村弘美がつぶやく。ニオさんは困ったような顔をした。

「ヒロミちゃんが想像しているのとは多分違うよ。todoro社は2075年、tuz社に買収されて、その歴史に幕を閉じた。多々良先輩が自殺したのも同じ年だけど、順番が違う」

 多々良涼が死亡し、その数ヶ月後買収された。

「まぁ、todoro社のおかげで莫大な資金が出来ちゃって、それを元手に私書箱203を作ってみたけど、実はそのアイデアもtodoro社のものだったりするんだよね」

 tuz社は小型ギア部分だけ買い取って、あとは捨てちゃったから。あははは、とニオさんは笑うけど、その声も乾いていた。

「ニオさんは、どうして多々良涼が自殺したか知ってるのか?」

 頷いた。

「多々良先輩が自殺したのは、修士論文が拒否されたから」

 ニオさんは冷めきったコーヒーを一気に飲んだ。口紅が少し掠れた。コーヒーカップの縁を拭ってオレたちに向き直る。

「山本一樹は読みもしなかった。当然、承認されないし、卒業できない。後々分かったことだけれど、山本一樹と多々良先輩は驚くほど仲が悪かったみたい。todoro社が出来てから悪くなったのか」

「ルネさんが言ってましたが、山本一樹ってtuz社がスポンサーだったんスよね。もしかして、山本一樹が嫉妬して多々良涼を蹴落としたってことスか?」

 tuz社は当時ヘルメット型のギアで最大手だった。ニオさんを見るが、返ってきたのは否定だ。

「多々良先輩が自殺して、やっぱり大学でも少し問題になったの。査問会が作られて不正があったかどうか、山本一樹の私怨かどうかももちろん調査された。結果は白。何でだと思う?」

 多々良涼の書いた修士論文が、『ありえない理論』だったからだよ。

 



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