2088年9月22日(水) その3
タタラリョウ─ー多々良涼、2075年3月死亡、享年24歳。
当然ながら一介の院生、それも死亡して十年以上経つ人間の情報はそんなに残ってなかった。判るのはお役所や学校に登録された情報だけだ。街に設置された監視カメラの映像も保管期限は長くないし、アクセス解析、各種ログもさすがに10年間も保管したりはしない。現状、10年以上前に死亡した一般人の情報など、ネットから得られるのは皆無と言ってもよかった。それでも、とルネは高速で指を動かすが、芳しい結果が得られないのか表情は固い。自殺する人間には死ぬ前に自分の痕跡を消してしまう人がいるが、多々良涼もその種のようだった。事故死や衝動的な自殺した人の場合、大概ブログやらSNSやら、メールアカウントやらが放置されたまま残っている。50年前が最終更新日の故人WEBサイトや30年前のブログが未だに存在するのもそれだ。咄嗟にはわからなくとも、根気よく探せばSNSのアカウントなり、ブログなりが出てきそうなものだが、とうとうルネは敗北宣言を出した。
「これ以上、何も出てこない」
呆然とオレたちはスクリーンを眺めた。ヴーンと唸る機械音がリアルだ。
何かの証明写真のようだった。全面に映し出された凡庸な青年の顔を見つめてハルカが唸る。
写真の隣には簡単なプロフィールがついている。履歴書のような素っ気ない来歴だ。
生年月日、出身の小学校、中学、高校、そして大学ーー。子供のころに父親を亡くしてからはずっと片親だったようだ。高校までは八王子に住んでおり、奈良国際大学へ進学後奈良へ親子共々引越している。大学生の時に母親が病死、文字通り天涯孤独の身の上となった。
「十一年前、か。思ったより根は深いかも」
「山本一樹だけでなく多々良涼についても洗う必要がありますね」
こくり、と幼女は頷いた。が、すぐさま首を振る。
「だけど、それはルネの仕事じゃない」
ピンク色の瞳はまっすぐサイバー課に向いた。
「多分、山本一樹のゼミ生、多々良涼の大学時代の同級生一覧ならすぐに出せるよ。でも、さすがに多々良涼の人間関係や自殺した理由まではアクセスできない。ルネは飽くまでもネットの海から拾うだけだから」
悔しそうに幼女は顔を歪める。
ヤヒロ顔の本村弘美が胸を叩いた。
「オーキードーキーっスよ。上司が聞き込みをするっス。うちの上司は鈍くさいから、それぐらいが適任スしね」
ハルカは渋々承諾する。
「私は今関西にいるので、関係者リストをいただければ早速今日から聞き込みに行きます。本村はサボらず私のサポートで来ること」
ぐぬぬぬぬ、と本村弘美が唸る。
「じゃあ、ルネはにおさん関係を追っかける。ヴァンは……、ヴァンは……?」
「……」
「……」
「……」
戦力外通知を受け取ってしまった。
「って感じだな」
苦味潰したようなオレの言葉に、タチバナはにやけた笑みで答えた。
「なるほどね。当たってる。あ、そこにフィギュア置いてくれよ。たえちゃんとノノちゃんのランドセル姿」
言われたとおりに『アリスの国』の子供たちを模したフィギュアのARを置いていく。たえちゃんは小学校1年生なので黄色い帽子もかぶせた。くまのぬいぐるみを両手に抱いて、健気なイメージで。微笑ましい登校をモチーフにフィギュアを配置する。タチバナは角度を変えて念入りに配置を確認した。イケメンが女の子のスカートを真剣に覗き込む姿はなんともシュールだ。
「おい、なんで紐パンだよ。ここは白でくまさんのアップリケだろうが」
「たえちゃんはあどけない顔をした淫乱っ子だろ。この前来たときは『ヴァンさ〜ん、やっぱり服を脱いだらせくし〜な下着なのって素敵ですよね。ぺたんな胸なのに、こ、こんなって感じが』とか言ってたぞ」
「はぁ? たえちゃんは来客回数によってキャラを変えていくんだよ。1回目は何もしらない純粋な女の子、2回目は大人の男が怖い臆病な女の子、3回目は怖いけどちょっとだけ触れてほしいってかんじで。ここのフィギュアはまだ汚れを知らない処女たちなんだよ。ヴァン、まだまだ俺の店を理解していないな」
理解したくもない。
やっぱり一回は遊んどけよ、というタチバナの言葉を無視して、黙々とARを作っては設置していく。
明日から『アリスの国』は営業を再開する。さすがにいつまでも休んでいるわけにもいかないってこともあり、更にはどうせだから改装しようというタチバナの思いつきもあってオレは呼び出された。毎日触手と蟲に対峙しているよりは、はるかに健全だと思う、うん。
一通り改装が終わって、タチバナは満足そうに頷いた。並べた人形を見て、その中にリカちゃんがいないことに一抹の寂しさを覚える。
リカちゃんは、結局辞めるそうだ。やっぱりあの事件以来怖くてDRになることすらできない。そのかわり、ここで稼いだ資金で新宿二丁目に店を出すのだという。オレは決して遊びにいく予定はないが、前向きなリカちゃん(37歳・♂)の話に安堵していた。
一息ついたところで、最初の話題に戻る。オレも大きなキリンのソファに腰掛け、思考を切り替える。目の前にスクリーンを出して流れる情報を眺めた。
「つまり、10年以上前に自殺した院生宛にドラッグプログラムを送っていた可能性があるってことか」
俺の専門外だな、と タチバナはつぶやいた。多少は裏につながりがあれど、大学関係となると門外漢だ。
「そうなるな」
オレも無力だが。
「おい、落ち込むなよ、誠。元々お前ルネの連絡係だろう。俺たちに出来ることをやればいいんだよ」
乱暴にタチバナがオレの髪をかき混ぜた。実体よりも柔らかい髪質だから、すぐにくしゃくしゃになる。
「本名呼ぶんじゃねーよ。うるせーよ。サイバー課けしかけたくせに、何言ってんだよ」
「やっぱわかったか?」
わかるだろ。ルネとサイバー課は別々で同じ事件を追っている。その仲介を果たしているのはオレだったが、それは慎吾しか知らない。サイバー課に持ちかけたのは当然こいつということになる。何故今頃になってとの疑問も浮かぶが、それはリカちゃん事件でこいつが本気になったからだ。
確かにオレを介してルネとやりとりをするのは煩わしいし、情報伝達が二度手間だ。慎吾なりにお土産があれば、ルネと交渉することができると考えたのだろう。そして見事に契機を作った。
「だけど、よく最初にDRで死んだ奴なんて発想が出てきたな」
「ああ」
あれなぁ、とタチバナはタレ目をさらに下げて、舌舐めずりをした。
「前例ないかなって調べてもらったら偶然出てきたんだ。やっぱ興味あるだろ、DRで腹上死」
「ふッ……」
吹き出した。
タチバナ、お前本当に残念なイケメンだよ。




