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void  作者: az
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2088年9月20日(月) その2

 ドラッグプログラムを体験してまず分かったのは、これが興奮系のものだということだった。

 麻薬には大きく分けて二種類ある。興奮剤と沈静剤だ。

 コカインは前者で、服用すると精神が高揚し、自分がスーパーマンになったかのように、何事もへっちゃらになる。少しの刺激で頭の中がスパークするようなハッピーさだ。大久保に出回っている覚醒剤もこちらに分類される。

 一方、後者の代表はヘロインだ。ヘロインをキメると、穏やかな気分になれる。全てがどうでもよくなって、世の中が全てハッピーに見えてくる。アヘン戦争時代の、チャイナ服を着た女性が木のベッドに横たわって、長いパイプを気怠く吸っている姿を想像してほしい。アヘンはヘロインの元で(さらに言えばアヘンは芥子から精製される)、まさにそれが穏やかハッピーだ。

 実際にオレは麻薬をやったことがないが、聞くかぎりそんな違いがあるらしい。あの時、恐ろしいほどにハイテンションだった。この世界の王様にでもなったような、気分の高揚だ。

「それが巷で流行ってる暴力事件と関係あるかわからないけどな」

 そう、オレは締めくくった。

 ルネは腕を組んで、部屋をぐるぐる歩く。動きに合わせて三つ編みがテンポよく揺れている。オレはそれを、相変わらずソファの上から目で追っかける。ルネは飄々としている印象しかなかったから、これほどまでに真剣なルネは珍しかった。部屋の中を歩くのは、考え事をしている時の癖なのかもしれない。

「カインが言ったんだよね。一回でも使ったら駄目だって」

「ああ」

「ヴァンの話を聞いてると、ドラッグプログラムはよほどの『純正』だよ。新宿や大久保で流れてるドラッグは、ほんの少し気分が良くなったり、疲れをかんじなくなったりする程度のものなんだ。だけど、ヴァンの意識が飛ぶぐらいの快楽なんて、かなり強いものだよ。ルネの予想からすると、カインの発作は」

「フラッシュバック」オレは言った。

 麻薬依存者は、麻薬を摂取していない状態でも、急にトリップしたり、幻覚を見たりする症状に襲われることがある。それをフラッシュバックと呼んだ。

「うん。突然人が狂ったように暴れたり、トリップしたり。フラッシュバックだと考えればしっくりくるよ」

 ただね、とルネは続けた。

「ドラッグプログラムで取沙汰されているのは、暴力性なんだよね。ルネたちが見たあのトリッパーも、めちゃくちゃ凶暴だった。確かにフラッシュバックって、キモチイイだけじゃなくて、怖い幻覚を見ることもあって、恐怖を追い払おうと暴れることもある。だけど、ルネの調べたところ、決まって出てくるのは暴力事件なんだよ」

 ルネが足を止めて、手をさっとふった。部屋中にスクリーンが数多く浮かび上がる。どれも、暴力を振るう場面だった。中には自傷もある。

「カインの例からすると、現実世界でもフラッシュバックは起きる。でも、DRの場合は暴力性を伴う」

「ああ」

 オレは剥き出しになった感情を思い出した。

「そういえば、トリップ中に感じたのは怒りだった。オレは単純にエマノンにムカついていただけだと思っていたが」

「……」

「何か、ギアと関係があるのかな……。さすがに時間がかかりそうだね」

 お手上げ状態とでもいうようにルネは首を振った。瞬間にスクリーンが消えて、今日の豪勢な部屋に戻った。

「まぁ、いいや。ルネにはセイン、カイン、なんとヴァンまでドラッグプログラム使用者仲間がいるからね〜」

「なんだよ、その薬中ご一行みたいな言い方」

「DRでフラッシュバックがきたら、ルネがギアのシグナルまでしっかりトレースできるし、安心だね」

「不安しか残らない」

 急に機嫌のよくなったルネに抱きつかれ、さらにはモルモット扱いされ、オレの身体はますますソファに沈んだ。



 ああ、そういえば。

「今日来た目的はもう一つあったんだ」

「何?」

 トランプタワーで遊びはじめたルネをぼんやりと眺めていたら、不意にアリスの国を思い出した。

「ドラッグプログラムをどうやって入手するのか、一つだけわかったよ」

 ルネがぱっと起き上がった。五段まで積み重なったトランプタワーがペシャリとつぶれた。

「教えて!」

 彼女は気にならないようだった。タタタと駆け寄ってオレに抱きつく。オレは苦笑して、あらかじめ用意しておいたデータをルネに渡した。

「これ……」

「ドラッグプログラムの使用者から直接訊いたらしい。オレも人づてだけどな」

 リカちゃん事件の加害者、阿部一郎、22歳。慎吾は、オレが行った時にはもうやるだけのことはやっていた。元々アリスの国では実体の顧客情報を抑えている。その上で、実体を脅しあげたらしい。大方、ブラックリストに登録するとか言ったのだろう。

 ブラックリストは組織や個人が持っているデータベースで、そこに登録するとブラックリスト所有者から登録された人間は認識されなくなり、逆に登録された側もブラックリスト所有者が見えなくなる。現実世界を投影しているARでも、やはり殺人が起こったりするのだが、法的に裁けるわけではない。オレたちはそうやって「嫌な奴」を自分の世界から消していくのだ。慎吾の言うブラックリストはいわゆる業界のもので、それに登録されたら一切風俗店に行けなくなる。

 ルネに手渡したのは、阿部一郎の尋問内容だ。かなり詳細に記述されているもので、阿部一郎の必死さが窺われる。ちなみに、タチバナはにこやかな顔で「それでも登録したけどな」と宣っていた。

「奈良県」

「ああ」

 ドラッグプログラムを入手したのはつい最近、9月15日だ。私書箱203にドラッグプログラムのチップが50個、1ケース分送られてきたらしい。すでにドラッグプログラムの噂を知っていたから試してみた、というのが口述の内容だ。

「私書箱、203……?」

 ルネがはっとしたように顔をあげた。瞬間にスクリーンが5つ、恐ろしい早さで指を操る。いつもにも増して何をしているのかさっぱりな状態で、オレはいつものごとく呆然と眺めた。

「こいつも、こいつも……、全部同じプロバイダだ」

「それが?」

「さらに、IPアドレスが」

「?」

 ルネが腕を下ろして、ぎゅっと小さい手を握った。

「ヴァン、私書箱203が悪用されてる!」



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