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void  作者: az
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2088年9月19日(日) その2

「は?」

 オレは今、大久保にいる。におさんこと私書箱203は意外にも駅に隣接していた。一歩店内に踏み入れて、伸吾の言葉がやっと脳内に染み込んだ。――大久保のはすごいぞ。

 うん、すごい。

「は~い、いらっしゃい」

 出迎えたのは、見事な巨乳だ。豊満で、服からはち切れんばかりの大きさだ。視線が胸に直撃だ。ギギギと無理矢理頭を押し上げて、やっと店員を見た。オレは顔に熱が集まるのを感じた。妖艶という言葉がピッタリの女性だった。にっこりと微笑んだ紅色の唇の側にほくろがある。ダークブラウンの豊かな髪が胸元でカールしていた。彼女は、サイトと同じメイドの恰好だった。

「あ、あの」

「どうなさいました?」

 少し上目遣いでオレを覗き込む。

 一気に熱が加速する。オレは慌てて視線を逸らせた。

「はじめてなんですけど」

「使い方は簡単ですよ。ギアをこちらのパネルにかざしてみてくださいな。かぱって隣の扉が開いて、お客様のお品がでてきます」

 メイド、もとい店員が示した先に、ギア読み取り用のパネルがあった。私書箱はオレが想像していたような、郵便局にずらっと並べられている箱の山ではなく、50センチ四方の扉が一つ。品物をどこからか選択して持ってくる仕組みらしい。

「ああ」

 オレはショルダーバッグを漁った。健全な男子なんだ、うつむき加減に胸を盗み見るのは仕方がない。手探りでゴツイ馴染みの物体を掴み出す。世間様よりもかなりデカイものは、言わずもがなのオレのギアだ。

「まぁ」

 彼女は口に手をあて、驚愕のポーズをとる。そして、すっと目が細くなった。

 確かにオレのギアは旧型でボロボロだが、そこまで驚かれても困る。すぐにギアをパネルにかざし、仕舞おうとしたところで、彼女にギアを撫でられた。

「?!」

 危うくギアを落としかけた。

「な、なんですか?」

「ずいぶん珍しいギアですね」

「ま、まぁ」

 顔が熱くなる。なんだこれは。フラグか、フラグなのか。だったらジーンズにパーカーなんてイケテナイ格好でなくて、伸吾にコーディネーション頼むんだった。

 店員の目がキラッと輝いた。

「まさか、これはッ。今は無きtodoro社製GR001B! 2075年1月販売、同年5月todoro社の買収により販売中止。世界で300台も売れなかったという伝説の!」

「え」

 ギアオタクかよ。ギアを奪い取ろうとする手を必死にかわし、ギアをバッグへ入れた。バッグはオレの背へ避難だ。

「初めて実体見た。感激!」

 右手を両手でぎゅうっと握られた。やわらかいというより、爪が食い込んで痛い。痛い……?

「ななな生身!」

「ええ、実体ですよ。改めまして、店長のニオです」

「ニオ……、さん?」

 彼女は満面の笑みを浮かべた。

「よろしくお願いいたしますね、『ルネのおもりヴァン』」

「……」

「だって、このギアを現役で使ってるって、『ルネのおもりヴァン』しか思い当たりませんもん。化石級のギアですよ。そして生『ルネのおもりヴァン』! もちろん、これはルネちゃんにも内緒です。ヴァンの実体見たって言ったら、あの子嫉妬でうちのサーバ全部こわしてしまうわ」

「はぁ……」

 脱力した。あんなに火照っていた顔も、今は平温に逆戻りだ。

「ルネの知り合いですか」

「彼女、お得意さんなので」

ああ、そうですか。大体ニオさんがわかった。ルネの知り合いってだけで、濃い。どろどろのヘドロのような濃度だ。あまり深く関わらない方がいいと、本能がささやいた。

 タイミングよく私書箱の扉が開く。

「お荷物ですよ」

 箱の中には、どこにもありそうな白地の封筒が一つ。軽かった。なぞると、指先に僅かな凹凸があって硬かった。あて先にはバーコードがついている。おそらくこれがアバターの何らかの情報なんだろう。裏を見ると、筆記体で「Cain」だ。

 オレは何か悪いものでも見つかってしまったかのように、そさくさとそれをバッグに入れる。

 アバター情報で荷物が送れるのはいいな、と思う。ただ、送る相手がいないわけだが……。

「ありがとう」

 ニオさんはにこやかに笑った。オレは手を上げて、入り口へ向かう。

「いえ~。またご利用をお待ちしていますよ、『ルネのお守りヴァン』」

 手を振るニオさんの動作に合わせて乳がぷるんと揺れた。





 さて、オレの手のひらにあるのは、間違いなく面倒ごとだ。

 新宿駅南口にある、人魚がロゴマークのコーヒーショップで、エスプレッソ、チョコチップをトッピングした抹茶フラペチーノを一口啜った。ほんのりとした抹茶とエスプレッソの苦さがない交ぜになって、独特の風味がある。チョコチップの微かな触感がいい。普段は絶対に近寄らないこの店で、豪華にトッピングまで追加したのは、後でその料金をカツアゲ、もとい、払っていただこうという魂胆があったからだ。

 朝5時という時間だからか、店内は疎らだ。おしゃれなオークのテーブルには封筒の残骸がある。そして、右手にチップだ。

 封筒を手にとった時点で、半ば中身は予想していた。数日前にセインに見せられたあの量産型チップと外観が同じものが1枚、ギアから中身にアクセスしてみれば、何かのバイナリが入っていた。

「何でオレに送るかな」

 ドラッグプログラムだった。円満ハッピーエンドで終わったドラマなのに、泥沼のトンデモ展開第2シーズン開幕、そんな気分になる。

 15分ばかり大久保から新宿まで歩きつつ、このチップの処分方法を考えていたが、結局サイバー課を呼び出した。ルネに渡すと喜びそうだが、今回はセインとカインの命がかかっている。さっさと解析してもらって、副作用をどうにかしてもらいたいという気持ちが強かった。

「そろそろかな」

 抹茶フラペチーノ・トールは約半分消費、時間にして10分弱。

「いらっしゃいませ」

 ドアが開かれるとともに、明るい女性の声が店内に響いた。


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