記録90『目的の確認』
イネによって、レイシャは嫌な音を立てながら吹っ飛ばされた。
「ああ……うう」
そして、そのままレイシャは気を失う。
「そんな! レイシャアア!!」
「糞!! よくも!!」
泣き叫ぶシャイニャスと怒りに身を任せてイネに斬り掛ろうとする有志に対して、イネは軽々と身を躱して木々に隠れる。
「逃しません! ファイ……」
「何~? 戦いの合図~?」
ニタリと嗤いながらイネは、手に持っていた小石を指で弾いた。
「え……あが!!」
弾いた小石がシャイニャスのお凸に直撃してそのまま気を失う。
「シャイニャス!! まずいよ有志!! 木々が再び生え始めた!!」
「糞!! テュリアメル! 狙えるか!!」
「ダメ! 早すぎる! それに木々が邪魔! 矢ではあの頑丈な幹を打ち抜けません!!」
「糞!! 何処に行った! 卑怯だぞ!! 正々堂々と真正面から戦えないのか! 臆病者めえええ!!」
有志の長髪を聞いても、イネは姿を現さなかった。
「ニャハ!! 可愛いわね! 勇者じゃなければレイプしてあげたけど……あの子に嫌われたくないから我慢我慢!」
「うがあ!!」
そして、有志の死角からイネは後頭部を蹴り付ける。
「惑から聞いているニャ! 人間は脊髄にダメージを負うと障害が残る程の後遺症に見舞われるって!! 勇者はどうかニャ?」
心底楽しそうにしながら、勇者の後頭部を集中的に狙う。
「この! そう何度も!」
「ダメだニャ、そんな事一々声に出したら……」
「がああああ!!」
「バレちゃうニャよ?」
今度は、後頭部ではなく、鳩尾に一発入れた。
「げほ! がああはあ!!」
有志は、血を吐き出すがすぐにスキルで回復させて立ち上がる。
「はあはあはあはあはあ」
しかし、何処か辛そうな表情でイネを探す。
「ニャは! そうかニャ! 惑はこれを狙ってたニャ! これが分かれば惑にとってこの後はお釣り情報だニャ! じゃあ! 行けるところまで行っちゃうニャ!」
嬉しそうにしながら、イネは木々を飛び回りながら攻撃を仕掛ける。
レティリアもテュリアメルも必死でイネを探すが、全く見つからない。
「ニャハハハハハ!! 探している探している! 惑は良い遊び場を見つけてくれたニャ!」
「君! 西院円惑に騙されてるんだろ! 分かるよ! 君は奴に何をされた! 俺なら君を救って上げれる! だから!」
「下らないニャ……」
イネは、有志の見当違いな説得に対して、冷水でも掛けられたようにテンションが下がった。
惑は、その姿を見て大爆笑していた。
「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハ!! マジでええ!! 超ウケるですけどおおおおおおおお!!」
「惑さんが大爆笑している姿初めて見た気がします」
ハロドルは、唖然としながら惑の嗤う姿を見て引いていた。
「趣味悪いですね……私は今の言葉ドン引きですよ……あの勇者マジでキモイ」
エレンは、有志の言葉に対して嫌悪していた。
「本当に死ねばいいのに……自分が勇者だからと言って自分が考えた事が全て正しいと思っている典型的な自意識過剰タイプですね……貴族達も家系が素晴らしい行いをしたからと言って自分も素晴らしい存在と勘違いしているのと全く同じですね……」
イライラしているのか、エレンは近くにあった刃物を握り締めていた。
「お! 抑えてください! お願いだから……」
ハロドルは、エレンが今にも飛び出しそうで怯えていた。
惑は、そんな様子を見てエレンの肩を叩く。
「まあまあ、あれはあれで僕達にとって好都合だから……だって今君は奴から敵として認識されていないんだよ?」
「それがムカつくんです! 何なんですか! 私を舐めているんですか!」
「そこだよ、勝機はそこ! まさにそこなんだ! いつも人という生き物は舐めた相手に負けるというジンクスを抱えている! 奴のあれは舐めているというのとは少し違うけどそれでも敵として見て貰えないというのは復讐者にとってとてつもなく都合の良い状況なんだよ! それとも君は復讐者じゃなくて戦士かい? 戦士なら敵として見て貰うのが誇りだけど……」
「そ! それは……復讐者ですけど」
「ならそれで良いんだよ!」
惑の言葉に、エレンは少し落ち着きを取り戻し冷静に戦況を観察する。
「凄い……ですね惑さん……私じゃ抑えられないと思ったのに……」
「別に、これは少し冷静さを失って本来の目的を忘れそうになっただけだから、冷静に考えれば今の状況がどれだけ都合が良いかを思い出させて上げればその為の行動に人は全く躊躇をしなくなるんだ、これ目的を達成する為の基本だよ」
「なるほど……今まで沢山生きてきましたが……この寄生作戦も考えれば私達の木々を育てる私達にとってすごく都合が良いです……変に昔の文化やルールに囚われていると考えていましたが今行っている作戦はルールにも文化にも抵触していません、人間が森を穢せばそれだけの罰を与える、絶滅しそうなら残すべきものを残すという昔からの文化やルールを考えれば……」
しかし、現在目の前にいる勇者がいる以上まだまだ予断の許さない状況であった。




