記録6『旅の支度』
惑とイネは服屋のドアを叩いて、中へと入って行った。
「いらっしゃいませ~……えっと、その子は……殆ど裸のようだが……」
「買いたての奴隷です……服を見繕ってください、僕は勝手に選ぶので」
惑もさすがに、今の制服のままでは目立つと思い別の衣服を用意すべきだと考えた。
「ああ……はい、君……どこかで会ったか?」
「いえ、会った事なんてないですけど?」
「そうか……何処かで知った見た目の様な? まあいいか……」
服屋の店主は不審そうな目で惑を見るが、確信が持てないのか特に気にしないようにした。
「ではお嬢ちゃん、こういうのはどうかな?」
店主は、女性に受けの良さそうなフリルの付いたワンピースの服を勧めた。
「えっと……出来たら動きやすい服でお願いいします」
「ああそう……」
しかし、イネはアッサリと断り、別の服を注文した事で店主のテンションが下がった。
その内に、惑は商品を見て回っていた。
「うーん、いつも雑誌の服を適当に注文してたから……ここでも見本があればサイズを合わせてそれで終了にしたいんだが……」
色んな服を見ていると、一つ気になる服を見つけた。
「錬金術師の服……しかも一番売れてない……」
大きめのローブに、Yシャツの上にスーツの様なジャケットとズボンで構成されていた。
飾られた服をよく見ると、安値の値段で記載されていた。
「すみません、この服一式下さい!」
「ああ! はいはい! ちょっと待ってねエ!」
店主は、イネを試着室に入れている間に戻った。
「えっと……錬金術師の服……何でまた……」
「安かったのと一式で飾られてたので」
「うーん……錬金術師……やっぱりどこかで……」
「うん?」
「ああ! いえ、こっちの話です! 申し訳ございません!」
店主は、昨日惑が犯した姫に対する不敬の事を思い出そうとしているが、惑がわざと口を挟み邪魔をする為思い出せずにいた。
惑が自身の服のお金を払っている間に、イネも試着室から出て来た。
惑の上着の下に、黒のノースリーブの服に獣人用に尻尾の穴のある鼠色のショートパンツを着ていた。
「おお! これはお似合いで!」
「ふーん、そうなんだ、まあ似合ってるんじゃない?」
店主が歓喜する中、惑だけが淡白な感想を述べる。
イネ派。不満そうに文句を言う。
「もう! 私だって! もう少し気の利く事を言って欲しいんですよ!」
「そうですよお客さん、その感想はどうかと……」
「似合ってるって言ったじゃん、それ以上に必要な言葉ってあるの? 変に世界一可愛いだとか君以外にその服は似合わないだとか言ったらムカついたりしない?」
「いや……まあそうだけど……」
イネは少し不服そうにするも、言い返す事が出来なかった。
「まあ良いです……こちらの料金は銀貨2枚です」
「はい」
「毎度ありがとうございます、またのお越しをお待ちしております」
惑は、学生服のまま自身の購入した服を店主に用意された袋に詰める。
「さてと、次は道具やだな……錬金術師としての必要な物を買わないとな……」
「まさかと思いますけど……錬金術師としての道具を買いたいから服の買い物を早く終わらせたんですか?」
「うん、そうだけど?」
「えええ……」
イネは不満の声を漏らすが、惑お金を渡しながら言った。
「イネも防具とか武器とか買った方がいいんじゃない? これから国外に出るし必要になると思うよ? それに僕も君もそんなに長くはこの国に滞在出来ないと思うし、出来るだけ早くここを出ないと面倒な事になるよ?」
「一体何をしたんですか……え! 私もですか!」
惑の言葉に困惑するが、惑は呆れた表情で説明した。
「イネもあの男と女をたらしこんだでしょ? 言っておくけど人間の愛憎ってビックリする程厄介だからね、これからもそういうのには気を付けた方がいいよ、本当に」
「えええ……はい……」
惑の説明に、イネは不満そうにしながらも納得はした。
そして、イネも聞き返す。
「私の事は分かりましたが、惑はどうしてですか? やっぱり姫に対する不敬ですか?」
「それもあるけど、その話はここを出てからでも遅くないだろうしまずは必要な物を揃えるとこだ、僕の道具も買うけど……イネはこれぐらいの予算で足りるか見ておいでよ! 確かあの路地を曲がったところに武器とか防具が売ってるよ」
惑は、イネに必要経費分のお金を渡そうとする。
「ああ、大丈夫ですよ! 私さっきのカップルから昨日の事でお金貰いましたから」
そう言うと、惑の上着の懐からお金の入った袋を出した。
「なるほどねえ……貢がれるという稼ぎ方もあるのか……そう考えると君は何処へでもやっていけそうだな」
惑は、イネのお金の稼ぎ方に関心を示す。
「ええっと……ありがとうございます」
イネも惑の言葉を聞いて、嬉しそうにしながら袋の中身を見ると金貨が数十枚入っていた。
「おお、なら僕は道具屋に行くから君は防具と武器でも見てきたらどう?」
「はい! ではどこで待ち合わせますか?」
「じゃああそこにある噴水の前で!」
そして、二人は別々に行動を始めた。
惑は、路地裏へと入り少し曰くのありそうな雰囲気の道具屋へと入って行った。
「ヒッヒッヒッ、いらっしゃい……」
そこには肥満気味で魔女の様な容姿をした不気味な女がいた。
「僕この店で買い物しても問題ないですか?」
「うん? ああ、姫に不敬を働いた錬金術師さん? なるほどなるほど~、ヒッヒッ! 内みたいな店ぐらいだろうねエ、君みたいなのが来れる店は……まあもうすぐここも閉めて別の国で始めようとは考えてるけどねえ~、ヒヒ!」
「不景気ですか?」
「それもあるが……この国の衛兵に取り締りが厳しくなってきてねエ、ヒヒヒッ……違法の魔道具を売るのが困難になってねエ、まあ誤魔化す為に普通の道具も売ってるけどねエ、ヒッヒッ」
惑は、商品棚を見て回ると理科の実験などでよく見る試験管やバック、紙や雑貨などが売っていた。
「見えるような場所には違法商品は置かないか、正規商品の値段もかなり安いし……多分違法魔道具を主体にでもしてるのかな?」
「よく分かったねエ、他の道具屋より安くするとねエ、違法魔道具を引き込むのにねエ、ヒヒッ、丁度良い餌になるからねエ」
「そこで違法魔道具を売りつける事で共犯にし、衛兵に通報しにくくする奴ね、はいはいなるほど、しかもここなら人通りが少ないから隠れ家的な装いにしてバレにくくすると……そして今回は僕がターゲットかな?」
「まあそんなとこかねエ、でどうする?」
ニタニタと嗤いながら惑を見極めようとした。
惑は、笑いながら答える。
「分かりました、ではこの試験管数十本とホルマリンと鞄と鍋と木皿と火打ち石も……この粘液保護は?」
「それはねエ、オオガエルや魔物に丸呑みされた時に胃酸に溶かされないようにするものだよ〜その瓶から出して自分を覆うように固まって守ってくれるアイテムさあ〜全部合わせて正規値だと銀貨5枚だけど……銀貨2枚でいいよ~」
「それは凄い、これも貰います」
「毎度~……」
「へえ……狩猟ナイフもある……」
「武器屋だと高いしねエ……正規値段は銀貨10枚もしくは金貨1枚」
「なるほど……じゃあこれも」
惑を意味深な目で見つめる店主を見て、目の前まで近づく。
「では……違法魔道具も見ても宜しいでしょうか?」
「ヒッヒッヒッヒ! 待ってましたあねエ! じゃあ取ってくるよお~」
意気揚々で、店主は店の奥へと入って行った。
そして、沢山の魔道具の入った箱を持って来た。
「この中にあるねエ、さあ? どれを選ぶう?」
惑は、箱の中にある商品を手に取り確認していく。
そして、数枚の紙を手に取る。
「これは?」
「これはねエ、隷属書だよお~ヒッヒッヒ……隷属させたい相手の血を垂らしてその者と繋がりが出来て隷属相手には危害を加えれない……そんな悪い奴の道具さあ……」
「へえ、なるほどねえ……じゃあ欲しいかな!」
「毎度~料金は銀貨」
惑は、金貨を30枚払った。
「ヒヒヒ、金額聞いてないのにい?」
「気にしないでください……これからもよろしくね? また会った時にでも……」
「っヒッヒッヒイいい! 良いねエ! 君イイ!」
嬉しそうにしながら、贅肉を震わせながら金貨をポケットの中へガサツに入れる。
「ならおまけにアイテム袋渡しておこうかねエ、これなら見た目の割に沢山入る魔法が掛けられてるからコンパクトに持ち運べるよお〜、あと試験管と粘液保護も追加しとくねエ、出したい時は出したい物を考えながら出せば良いよお〜」
「ありがとう、では」
惑は、お礼を言って、店を出ようとした。
「待ちなあ〜」
「?? 何でしょう?」
惑は、店主に引き止められ、視線を向ける。
「鞄はもういらないんじゃないのかい?」
店主の言葉に惑は首を振る。
「いや、これは必要だ、出ないとアイテム袋を持っているってすぐにバレる、これは見せ掛けで必要かな」
「そうかいい〜分かったよお〜」
「色々ありがとう! えっと……あなたの事なんて呼べば良いですか?」
お礼を言おうとしたが、惑は店主の名前を知らない為確認した。
「不気味のローレーと……人は私をそう呼ぶう〜」
「ありがとう! 不気味のローレー! またねー!」
こうして惑は、自身の買い物を済ますとイネとの待ち合わせ場所へと向かった。
そして、噴水の近くに先に買い物を終えたであろう、イネが待っていた。
「あ! 惑! 見て見て! 似合う!」
イネは、自分の恰好を見せびらかしながら惑の反応に期待した。
敢えて肌を露出させら、動きやすいように、肩と胸元辺りにのみ鎧が装備しており、手には鉤爪が装備されていた。
「おお! 獣人の特性を活かした装備だ! 確かに君に合っている!」
「いや……似合ってるか聞いたんだけど……はあ……」
イネは、惑の反応を見て諦めたように溜息を吐く。
「言っておくけど似合ってるかって僕にはよく分らないからね……だって時代によってファッションってダサい者がカッコ良くなったり、カッコ良かった者がダサくなったりと科学とはまた違った体系を築いているんだもの……」
「そ……そうですか……分かりました」
イネは、仕方なさそうにしながら惑の話を聞く。
「じゃあこの国から出ようか、まずはお金なんだけど……イネの分は僕が持っておくね」
「ええ、私の稼いだお金なのに~」
「持っておくだけだよ……別に取ったりしないさ、それにこの先君は生まれたばかりなのにお金の管理が出来るのかな?」
「いや……確かに出来ないですけど……」
イネは自信をなさそうにし、手に持っていたお金の袋を渡した。
「ありがとう、信じてくれて……お金はやっぱり保護者が管理した方が良いしね」
「保護者? いやまあ確かに私を生み出したのもイネの名前……という安直な名前をくれたのも惑だけど……」
惑は、不満そうな表情で答える。
「失礼な、確かに君の名前は犬と猫の頭から取ったけど、ちゃんと意味はあるぞ?」
「そうなんですか? どんな意味ですか?」
「僕の世界ではイネという食物があってその名前の由来が命の根とも言われてるんだよ、つまり君は僕が初めてこの世界を奇跡という精子で孕ませて誕生させた生命なんだ、そして生物の頭を取ってもその名前になるんだ、これ以上の奇跡的な素晴らしい名前はないんだよ? 奇跡的に孕んで生まれた大切な命の根であるからこそ僕は君にイネという名前を与えたんだ……ここまで言えば分かるよね?」
「理屈っぽい理由を並べて誤魔化しているようにしか聞こえませんでしたが……仕方ないので分かりました……」
イネは、惑の言葉を受け入れた。
「そうか、仕方なくとはいえ分ってくれて嬉しいよ! さあ早速国を出ようか!」
「はい!」
そして、二人は国の門へと向かった。