記録51『転職』
男の名はチェリア・ケンジャルー、男は完全に自信を失っていた。
「はあ……」
今日も彼は、女性との接点もなく、恋に落ちても諦めて、夢も諦めて、昇進も諦めていた。
自信が失ったと共に、野心も向上心もいつしか消えていた。
彼は、子供の頃から内気であり、羨む者を見る側であった。
「おいおい! お前本当にどうしようもねえな! そうやっていつも時間も人生も無駄にしてるんだなあ! ハハハハハ!!」
「やだあ!」
「面白ーい!」
皆がチェリアを中傷し、馬鹿にすることを楽しむ。
彼は、皆から悪く言われる事に対して全く気にする事がなくなっていた。
「いつからだろう……俺は誰の言葉にも耳を向けなくなったのは……」
向ければ傷つくから、興味を持てば傷つくから、知れば辛くなるから。
様々な理由が、チェリア自身が過ごす人生の色を褪せさせていた。
そんな時であった。
同じ褪せた人生を過ごしていたはずの友人と飲む約束をしていた。
その友人とは、いつも不幸話に花を咲かせており、共に見下し合う事で何処か安心し合うというネガティブな仲を築いていた。
彼等にとって、そんな薄汚いプライドを守り合う事こそが彼等にとって大切であった。
「おお! チェリア!」
「トンジャン……なんだか変わったな……」
しかしトンジャンは、何処か色の付いた人生を送っているように見えた。
これじゃあ見下し合えない、これじゃあ馬鹿に出来ない、これじゃあまるでただのピエロである。
自分から馬鹿にされに行っているようなものであった。
最早帰りたいとすら考えていた。
しかし、そんな程度の低い理由でここから逃げれば、自分が唯一守って来た薄汚いプライドすらも捨てる事になる。
「ど……どうしたんだよ……おまえ……俺と同じく持てもしない自信を持っているように見えるぞ……」
普通の会話として考えれば、完全に相手に対して失礼である。
しかし、そんな失礼な言葉も気にしないトンジャンはチェリアに微笑む。
「いやさあ、俺達の近く町の近くに無法都市あるじゃん!」
「ああ……あの危ない場所……昔から近づくなって言われてるよな」
「そうそう! そこなんだよ!」
「それがどうしたんだよ? お前が元気なのと関係あるのか?」
すると、トンジャンは自信ありげに答える。
「俺! 転職したんだよ!」
「へえ……」
チェリア達の世代としては、転職をする者は現在の仕事を蔑ろにする弱い者が現実逃避した扱いになる。
しかし、そこまで差別意識のある転職に関しても、チェリアは何処か羨ましそうに見ている。
世間体を気にすれば転職何て出来る訳がない。
しかし、チェリアは仕事が上手くいかず、悩みばかりが増えていき、仕事すらも億劫になってきている。
このままでは、引き籠りという転職よりも底辺扱いとなる。
だが、決心がつかない、結局上手くいかなければ転職損である。
そんな上手くいくか分からない賭けに出るよりも、今までの仕事をストレスを溜めながらも熟すしかないと考えていた。
しかし、その考え方を覆そうとトンジャンは説得に入る。
「お前も転職しろよ! 俺が上手く行ったんだ! お前だって上手くいく!」
「それはお前の運が良くて仕事も上手くいってるからだろ? 俺が転職して上手くいくかも分からないのに簡単に言わないでくれ」
しかし、トンジャンは何処か確信しているようにチェリアを説得する。
「俺と同じ仕事だよ! すっげええ簡単だし凄く良いんだ! 俺達の妄想のような人生を送れるんだぜ!」
「……」
チェリアは、トンジャンが明らかにヤバいカルト宗教に入っているのではとすら考えた。
しかし、今のトンジャンを見ると、例えカルト宗教であってもここまで幸せそうに見えるなら入っても良いのではとすら思ってしまう程であった。
「何なんだよお前……一体何者だ? 本当にトンジャンか?」
「っ気持ちはすっげええ分かる! でも本当に最高なんだよ! こんな日々を送れるならもう何もかも捨てて良いとすら思えるんだ! ただ色々と捨てる事にはなるけど」
「捨てる? もう捨てるもの何て今の仕事以外無いな……金だって安月給だから毎日金欠だよ……」
「そう! 普通金欠ならそういうところにもいけないがあそこなら働く事を条件に楽しめるんだ!」
「何だ? 娼婦の護衛でもするのか? 言っておくけど俺はそんなに強く無いぞ? てかお前も強く無いだろ?」
「大丈夫だ、そこに関しても手厚い保障がある! 今の俺だって今じゃゴロツキ程度瞬殺だぜ?」
「お前が?」
見た目は少し変わっているように見える。
しかし、それだけで今まで酔った勢いで女をナンパした挙句、女からも女の男からもボコされた経験のある二人が一気に強くなれるはずもないという確信がチェリアにはあった。
しかし、トンジャンは手をコキコキと鳴らす。
その姿は、チェリアには何処か様になっているようにも見えた。
「はあ……まあ余興ついでには良いか」
「お! 行ってみるか? 無法都市!」
「おお、いいよ」
「しゃあ! じゃあ行きますか!」
「はいはい」
二人は、店と街を出ると、無法都市へと向かった。




