記録385『授かったの!』
セリナールの腹は、次の日には少し大きくなっていた。
「ああ……私にも……子供が……神から授かりし子供が……」
『ああ、その子はこの世界の救世主になる、そして世界を結ぶ鍵となるんだ!』
頭に響く声を聴いて、セリナールはすっかりその声を神だと勝手に確信していた。
言葉だけで騙されるだけでなく、奇跡のような事を見たからである。
世間で起こっている事を、事前に知っていれば、そのような騙され方はしなかっただろう。
しかし、父親である大司教が、世間で起こっている事を説明せず、セリナールが想像する愛と平和で彩られた綺麗な世界ばかりが本当にあるのだと伝えているからである。
それを、イネは狙っていた。
綺麗は綺麗なままに、穢す。
綺麗を慈しみ、綺麗を魅、綺麗を感じる。
それらを愉しみながら、イネは善がっていた。
『さあ! その子は産まれる! 明日には!! 今日はまず父親に報告しようか!!』
「はい! お父様もお喜びになると思います!!」
セリナールは、自身の考え通り、大司教を喜ばせる事しか考えていなかった。
子供が出来る事は、とても素晴らしい事だといつも言い聞かされていたからである。
そんな言葉を教えてくれた父が喜んでくれないはずがないと確信していた。
「お父様! 聞いてください!!」
「ん? どうし……どうした! そのお腹は!!」
大司教は、いつものように愛おしそうにセリナールの言葉に耳を傾け、視線を移した瞬間。
恐怖に心を支配された。
「私! 子供を授かりました!!」
「なんで……なんでなんだ……ここは神の力であの狂気の力が及ばなかったはずだ……」
体を震わせながら大司教は涙を流す。
「喜んでくれるのですね、嬉しいですわ、先程神様に受粉? という方法で私に子を宿してくださったの! この子は世界の救世主になると言われましたわ!! え? お父様……どうした……え!!」
喜びながら、説明していると大司教は、黙ったまま近づいてセリナールの肩を掴んだ。
「堕ろすええええええええええええええええええええええ!!」
「いやああ! 止めてええええ!!」
大司教は、恐怖とショックの余り、セリナールの腹を殴りかかる。
「うぐ!! いだい! なんで! やべえでえええええええ!!! お父様ああああ! わたっぐじの! 子をお!! どうじいでえええええ!!」
何度も何度も腹を殴りかかる大司教の頬を、セリナールは引っ張叩いた。
「近寄らないでえええ!!」
「セリナール! お前の腹に居るのは悪魔の子だ!! 私が絶対に救って……」
「近寄らないでええええええええええええええ!!」
「落ち着いてくれ! お願いだから……」
「近寄るなあああああああああああああ!!」
セリナールは、叫ぶように大司教を拒絶した。




