記録166『平和はいつだって』
「お母さん! 早く早く!」
「待って! ウェルット!」
ウェルットは、楽しそうにしながら街を走る。
今日は、ウェルットの8歳の誕生日であった。
父親は、ある殺人犯に殺され、母親は女手一つでウェルットを育て上げた。
犯人は、死刑にならず無法都市送りとなったものの、全財産は慰謝料として取る事が出来た。
裕福ではなかったが、貧乏と呼ばれる状態ではなかった。
そして、今日はウェルットの大好物である、オムライスをお店で食べに行く事が出来る。
「全く……楽しみだからと言って」
困ったような表情をするも、母親は嬉しそうにウェルットを見ていた。
「ここだよ! おかあ……」
楽しみで目の前が光った。
それがウェルットの最初に感じた事であった。
そして、目の前に映った者を見て、ウェルットは絶望の真実に気付いた。
「おかあ……さん?」
目の前に移った者は、母親の姿を形取ったような、お化けのような姿の者であった。
「え? が!」
そして、自身の半身も目の前の者と同じようになるのを見た。
「いや……」
「いき……t」
だが、その前の目の前の者が、壁の方へと押して半身だけで済んだ。
だからこそ、目の前の者が自身の母親だと気付いた。
「ああ……あああああああ……」
悲鳴が大きくなる事はなかった。
ただただ、痛みと恐怖は疑問によって麻痺していた。
「何が……」
周りにも、同じような者が多かった。
「キャアアアアアアアアアアアアアア!」
「ああ……いだい」
悲鳴を上げる者、痛みで苦しむ者、無事ではあるが絶望で動けなくなっている者が多かった。
「あああ……」
「大丈夫か!」
「助けに来たぞ!!」
救助が来たのは、そこまで遅くはなかった。
しかし、事の詳細も、王であるライアンの行方も知る事が出来なかった。
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「で? 素体となる者はどうするの?」
惑は、古代魔王で作る改造人間の素体について話をする。
「そうだな……酷く絶望している者が必要だ……特に神、勇者、聖職者を不快憎しみで埋め尽くされている奴が良い」
その言葉を聞いて、一人の女性が俯きながら答える。
「……そんなの皆そうですよ……でも……私達はそれでも生きて行かないといけないんです……皆そうやって頑張っているんです……」
「ふむ、君等はそう決心したって事でいいの?」
「……はい」
「で? 本当に全員そうなの?」
惑の言葉に、女性は息詰まる。
「ふむ、いるのか……1人は納得していない者が」
「!! でも相手は子供で!」
「本人が納得しないなら別にしないけど?」
「! ……でも……大丈夫……よね」
女性は、不安そうにしながらも惑に紹介させられた。
「こちら……ウェルット……君です」
ウェルット君は、半身が焼き爛れた状態で、死んだ目になっていた。
「ふむ、良い絶望だ……この目は死んでも良いって目だ」
女性の不安が高まった。
「君は普通に復讐を考えず生きれる?」
「!! あの! その子ここにきて一度も喋って……」
惑が、話しかけようとしているが、女性は惑を止めようとする。
「あ」
しかし、口が少し開いた。
「えっと……でもこれ以上は」
「復讐……したい?」
「皆……復讐はつまらないって……生きてってお母さんが……けど……」
次の瞬間、ウェルットは目を見開きながら叫ぶように言い放った。
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!! よくもよくもよくも!! 僕のこうしたな!! お母さんを殺したな!! 絶対に!! ぐちゃぐちゃにしてやる!!」
惑は、ウェルットの心理状態を理解した。
「この子の脳は憎しみで埋め尽くされている……そして焼き爛れたのは体だけではない……脳も少し損壊している……だから今までの普通の会話が出来なくなった……最後に残った感情のみでしか反応出来ない……壊れている以上こっちも壊れた話をしないとダメだよ……」
「!! でも……そんなの……悲しいじゃ」
「何で?」
「え?」
惑のキョトンとした目に、女性は呆気に取られる。
「だって大切なのは壊れた状態でも今のこの子の想いじゃない? それに復讐の何が悲しいの? 壊れている事の何が悲しいの? そんなのはよくある事の事象の一つだ……それはどんな状態でも同じだ……喜びも悲しみも溢れるのがこの世界だよ? この子のような悲しみなんて別にない事もないでしょ? で? 君は悲しいと言われてそのままになると……どうなる?」
「このままじゃ……これを果せないなら……壊れる……壊れそうだよ……」
憎しみのせいで、体が震え出すウェルットに対して、惑は抱き寄せてそっと優しく囁いた。
「じゃ、壊れようっか?」




