初✕✕回想 ~破~
R15注意
――――抱かせてください
それまで男女としてはジレジレの鈍亀のような進展具合だったのに、ここに来てノエルが一気に攻めてきた
アテナは咄嗟に諾とも否とも言えなかった。
アテナは生娘だ。これまで二人彼氏がいたが、最初の恋人であり婚約者だった義兄ウィリアムとは、彼が亡くなる直前に一度キスをしただけだ。
二人目の彼氏アスターとは、恋人的イチャコラはそれなりにしたが、生娘であれば獣人をおびき寄せる囮になりやすいこともあって、アテナはハンターになった時に、ウィリアムの仇を取るまではと純潔でい続ける誓いを立てていた。
アスターとは交際する時にそのことを打ち明けて了承はもらっていたが、どんなに良い雰囲気になっても、酔った時限定でアスターに拝み倒されても、アテナは最後まですることに合意しなかった。
ちゃんとしていたら、アスターもあの子じゃなくて自分を選んでいたのではないか、という後悔は、アテナの心の奥底にこびりついている。
アスターに散々我慢をさせてしまった罪悪感はずっとあって、新しい彼氏ができたからと言ってその日のうちに致してしまうのもどうなろだろうと、アテナの中で戸惑う気持ちはあった。
「うん、いいよ……」
けれどアテナはノエルの要望を受け入れた。元彼よりも今彼の方が大事に決まっているし、ここでまた嫌だと言ったら、愛する人が遠くへ行ってしまう気がした。
「良かった……」
ノエルはあからさまにホッとしていた。
ノエルの美しき顔が近付いてきてアテナは目を閉じる。
アテナはノエルが年下の中性的な男の子ではなくて、欲望を持った一人の男なのだと今更ながらに突き付けられた。
ノエルは弟のゼウスよりも一つ年下であり、まだ少年とも呼べる年齢なこともあってアテナの方が背が高い。けれど、これから成長して益々格好良くなるノエルをそばで見ていられることをアテナは嬉しく思った。
「泣かないでください」
キスの嵐を受け、アテナが心臓の鼓動を跳ねさせていると、自分でも知らないうちに涙を溢していたらしく、涙の痕をノエルが綺麗な指先で拭った。
「今なら戻れますけど……」
ノエルの瞳が不安そうに揺れている。おそらくノエルは自らの出自を気にしているのだろうが、アテナの葛藤はそれとは別の所にあった。
たぶん本当は、もっと時間をかけたかったのだと思う。
アテナの心には、果たせずに置き去りにしてきてしまった愛があって、二度と戻れない彼らとの幸せな思い出がアテナに涙を流させていた。
しかし、アテナは大丈夫だと言うように首を振った。
「ノエル、愛してる……」
きっとこれは自分が前に進むための儀式なのだ。
自分にとってノエルは必要不可欠な存在であり、彼が自分の前から消えてしまったら今度こそ心が完全に壊れてしまうとアテナは思った。
ノエルとさよならする選択肢なんてアテナにはないのだ。
ノエルとの愛を選ぶのなら、生半可な覚悟では駄目なことも承知しているし、アテナはノエルとの愛に命を懸けるつもりだった。ノエルが望むなら、守り通した純潔でもなんでも捧げたいと思った。
「アテナ」
名を呼ばれ、アテナは硬く閉じていた瞼を開けて彼を見た。
視界の中では、ノエルが蒼く美しい双眸でアテナだけを真っ直ぐに見ていた。
「これ、使いますね」
ノエルは魔法で手の中に何かを出した。
ノエルの手を見つめるアテナは、それがアテナが長年携帯し続け、いつか使用することを夢に見つつ終ぞアスターとは使うことのなかったお守りだと気付く。
進んでいるこの国では、避妊具をお守り代わりに携帯することが女子の嗜みだった。
ノエルはアテナが化粧ポーチの中にずっとしまっていたそれを、魔法でこの場に出してきたらしい。
アテナは、ノエルが中身を取り出すのをぼうっと見ていた。
「ごめんね……」
ノエルはいつもの丁寧語が取れている。
ノエルは感情が高ぶった時だけ丁寧語ではなくなる。ノエルの中でも燃え盛るものがあるのだろう。
「アテナ、愛してる」
唯一の愛を向けられてとても嬉しいとアテナは感じ、今度は嬉し涙が彼女の頬を伝う。アテナは自分もノエルに覚悟を見せなければと思った。
「私もノエルを愛してる。一生あなただけよ。ずっと、ずっとずっと離れないから………… あなたが死ぬ時は、私も一緒に死ぬわ」
アテナが手を伸ばすと、ノエルがその手を取って恋人繋ぎにしてくる。
「死なせない。不幸になんてさせない。俺たちは必ず、幸せになるんだ」
ノエルは涙するアテナと手を繋いだ。




