12:篝火を映す瞳を掻く魚
魔王の手のひと振りで山のような瓦礫が宙に浮かび、それらが寄り集まって地上にしっかりとした造りの建物が出来上がる。
「うお~、すげえ!」
破滅を乗り越えた人々の間で希望を抱いた笑いが零れる。
みんなは知らないのだ。自分たちが感謝を述べている相手が魔王だということを。人間の中で魔王の姿を目にした者はほとんどいないはずだ。
歓声の中を縫って、いくつかの悲鳴が飛び交う。瓦礫の下から街の住人が見つかったのだ。俺は思わず走り出して、折り重なる遺体を見渡した。家族もスカーレットも、まだ確認できていなかった。せめて遺体だけでも、と思ったのだが……。
「さっきの魔法見たかよ?」
向こうの方で街の住人が話しているのが聞こえる。
「あれこそ救世主だな。勇者なんて名ばかりの裏切り者だ」
彼らは地面に転がる俺の像を足蹴にしていた。
──そうだ、俺は裏切り者なんだ。
俺が自分の身体だったならば、取り囲まれて殺されていたかもしれない。
「よし、この調子で街を再生させてやろう」
向こうの方で魔王がにこやかな表情を浮かべている。今や、俺と魔王の立場は逆転していた。
「いや、待ってくれ!」
作業を行っていた男たちが一斉に声を上げた。彼らは魔王のそばに歩み寄っていく。
「とてもありがたい申し出だが、この街の再興は俺たちに任せてくれないか」
「なぜだ? 日が暮れる前には街を作り直せるんだぞ」
キョトンとする魔王に、男たちは首を振る。
「俺たちの手でやらなきゃ意味がないんだ」
***
魔王が作り上げた建物はそのまま怪我人たちを収容する病院となった。多くの遺体は埋葬され、大きな慰霊碑のもとで俺たちは死者を弔った。その頃にはもう陽が落ちかけていた。
「つくづく不思議な生き物だ、人間は」
篝火のそばで俺は魔王の声を聞いていた。
「魔王、俺はあんたのことが分からない。人を陥れようとしたり、助けようとしたり、何がしたい? 贖罪のつもりか?」
「陥れる……?」
「リナを利用しただろ! 聖都の陰で行われていたこと、忘れたとは言わさねえぞ」
「何を言っているんだ、アーガイル?」
幼い瞳が無垢に見つめ返す。ここで俺はようやく思い至った。あれはシグニの口から出まかせだったのだ。
リナが〝扉〟にされていたこと、人魔協定のことを魔王に伝えると、彼女は重い溜め息をついた。
「私はシグニを泳がせていた。彼奴の背後で何者が糸を引いているのか知るために」
「誰がいるんだよ」
「別世界の技術を持ち込み、〝扉〟を開けようとしている連中だ」
「なぜそんなことを?」
「異なる世界を繋げ、支配するため」
「俺が〝扉〟を通って行った世界は──」
「いや、違う」
魔王は徐に俺の胸に手を伸ばした。優しく摘ままれて、不思議な感覚が走る。
「なっ……! 何してんだ!」
魔王は不敵に笑みを浮かべる。
「お前のその身体……。お前は別の世界に転生したのだろう。そして、別の世界の女の身体に魂を宿らせて、ここに帰って来た」
俺の脳裏に朧気な記憶が蘇る。
「シリウスが……あいつが俺を命懸けでこの世界に戻してくれたんだ」
魔王の眼がキラリと赤く光る。
「そうさ。彼奴はそういう奴なのだ。だから、掛け値なしに言える。シリウスは私の味方なのだと」
「じゃあ、あいつを意のままにしているのはシグニなのか?」
「恐らくは」
俺の中で記憶の点が糸を結んだ。
《《シリウスは二つの世界に同時に存在していたのだ》》、と。




