11:心のもつれ
「シグニ様が動きを見せました」
魔王と第七魔王の間に現れたセバスチャンがそう告げたが、魔王は血相を変えて迫る。
「城を空けたのか、セバスチャン!!」
即座に首元に鎌を突きつけられてなお、セバスチャンは落ち着き払っていた。
「ご安心下さい。不肖セバスチャン、抜かりなく手は打ってございます」
彼の真っ直ぐな瞳に魔王は手を引っ込める。
「それで、何が起こっている?」
「魔族と人間との間で争いが発生しております。その裏でシグニ様が手を引いておられる模様」
「そんなことはどうでもいい!」今まで地面にへたり込んでいた聖女の従者が叫んでセバスチャンに掴みかかる。「レヴィト様は?!」
「お言葉ですが」セバスチャンは従者の手をゆっくりと引き剥がす。「魔族と人間の争いが起こったのです。〝そんなこと〟では済まされますまい」
「黙れ! 僕たちをシルディアに戻せ! レヴィト様を残して来てしまったんだぞ!」
しかし、セバスチャンは頑なだ。
「まずは、魔王城に戻り、体勢を整え──」
従者は腰の後ろに隠していた小剣を構えてセバスチャンへ切っ先を向けた。目に見えるほど、その手は震えていた。
「セバスチャン、もういい」魔王が溜息交じりに言う。「シルディアに行くぞ」
驚いた表情を浮かべるセバスチャンをよそに、俺たちは魔王の転移魔法に乗せられた。
***
崩壊したシルディアには傷ついた人々が残されていた。しかし、レヴィトの姿だけでなく、シリウスやあの三つ顔の影も消えていた。
街の動ける者は瓦礫の撤去作業や怪我人の手当てに奔走していたが、俺は彼らの必死な姿を正面から見ることができなかった。
「参りましたね……」聞き込みから戻ったセバスチャンが嘆く。「目撃者によれば、シリウス様がレヴィト様を連れ去ったようです」
ファレルが破局魔法で削られた石畳の上に力なく膝を落とした。魔王はセバスチャンに尋ねる。
「顔が三つある奴がどこへ消えたのかを見た者は?」
「いえ、話を聞く限りでは……。何者なのですか?」
「分からん。魔力を感じなかった」
「シリウスの居場所は分からないのか?」
俺はセバスチャンに問いを投げつけたが、芳しい回答はなかった。彼は推測を口にする。
「シリウス様が都市を破壊するとは到底考えられません。何か裏があるのでは……」
それまで黙っていた第七魔王が詮索するような眼を魔王に向けていた。
「あの剣は一体何なんだ? なぜお前が持っていた?」
「お前が知る必要はなかろう」
魔王がそっぽを向く。第七魔王が怒りを滲ませた。
「あれはイヅメという獣人が元の世界から持って来た代物だ。お前、奴を殺したな?」
俺の胸の奥底から沸々と激情がせり上がってくる。それを抑え込むのに、俺は必死だった。気を抜けば、怒りに支配される恐怖感があった。
藍綬という少女が俺の中で怒りに燃えている。
「千々秋月は世界を混乱させる。野放しにはできん」
魔王がそう呟くなり、ファレルが彼女に飛び掛かった。
「あんたが世界を混乱させてるんだろ! 諸悪の根源め!」
ファレルの小剣を片手で掴むと、魔王の手から青い血が滴り落ちた。閉ざされた表情からは、感情を読み取ることができない。
「倒れるぞ!」
離れた場所で瓦礫の撤去作業を行っていた男たちの声が響いた。崩れかけた聖堂の尖塔が大きく傾く。その先には、怪我人を集める野戦病院の幌屋根が並んでいる。
俺たちが駆け出そうとするよりも早く、魔王が手を翳した。倒れかけた尖塔はピタリと止まって、何もない空き地にゆっくりと着地した。向こうで拍手と歓声が上がる。
その時、魔王が浮かべた慈しむような表情に、俺は何を信じるべきか分からなくなってしまった。




