幕間:真っ直ぐな眼
~アーガイルがシルディアへ飛び立った後~
「あとを追わなくちゃ!」
レヴィトが崖を降りる道を探して駆け出した。すぐに追いすがるのはファレルだ。
「待って下さい、レヴィト様! 危険すぎます!」
振り返るレヴィトの顔は切迫していた。
「藍綬の様子もおかしかったし、シルディアの状況も気になるわ。今すぐ追いかけないと」
「待て」第七魔王もレヴィトの進路に立ち塞がる。「何が起こっているか分からんのだぞ」
レヴィトは初めて憤りを滲ませた表情を見せる。彼女は彼方で土煙を上げるシルディアの街を指さした。
「シルディアの人々は今、苦しんでいます。状況が分からないのは彼らも同じです。何も分からないからと言って二の足を踏むなど、私にはできません」
「あの破局魔法を見ただろう。尋常ではないことが起こっている」
弾かれたように反論する第七魔王は、内心に自分の臆病さを嘆いていた。
──なぜ私はこんなにも恐れている?
レヴィトの曇りない瞳に小さく映る自分自身の姿を見て、第七魔王はシルディアの方を見つめた。
ファレルがあたふたと歩き回りながら、泣きそうな声を上げる。
「レヴィト様、あなたの無事がメストステラス聖教の頼みの綱なんです。どうかお願いですから思い留まって下さい」
「ファレル、私は星の導きに従うのみです」
それは有無を言わさぬ表情だった。
「で、ですが……」
レヴィトはファレルと第七魔王を順番に見つめる。そして、諭すように言った。
「私ひとりでも行きます。あなたたちは安全な場所に居て下さい」
「そ、そんな……!」
ファレルがこの世の終わりみたいな顔でレヴィトを引き留めるかのようにそっと手を伸ばした。
第七魔王は、そんなファレルの姿にいつしか自分自身を重ねていた。
──レヴィトには状況を一変させるような力がない。それなのに、死地に向かうというのか。
「なぜそうまでして……」
問い掛ける第七魔王にレヴィトは自分の胸元に手を当てた。
「心が痛むんです。だから、彼らのそばに居てあげたい。きっと、藍綬だって苦しんでいます。彼女の力になりたい。それ以外に何がありますか」
第七魔王は嘆息した。
聖女とは名ばかりの少女に過ぎないと思っていた。だが、誰かを聖女と呼ぶのなら、彼女はまさしく相応しいと第七魔王には思えた。
彼は再びシルディアの方に目をやった。魔力が渦巻いている。
──今ならこの混乱に乗じて魔法を……。
そこまで考えて、彼は自分の打算的な考えを鼻で笑った。目の前にいる少女とはまるで違う。
「仕方ない。行くぞ。掴まれ」
第七魔王が手を差し出すと、レヴィトの顔に花が咲くように笑みが浮かんだ。
「はい!」
そっと第七魔王の手を握る。そのそばで、ファレルが頭を抱えていた。
「行かないなら置いていくぞ」
第七魔王にそう煽られて、ファレルはなし崩し的に覚悟を決めたようだった。
「分かった! 分かりました! 行きます、行きますよ! 僕がレヴィト様を守るんですからね!」
レヴィトはそんな彼を見て笑った。
「頼りにしてるわ、ファレル」
「もちろんです!」ファレルは鼻息を立てる。「さあ、早く行きましょう!」
第七魔王は口元を歪める。
「ふん、騒がしい奴だ」
そして、転移魔法を発動した。




