6:人は灰燼の中で絶望を見る
切り立った台地から、青白く霞むほど遠くに巨大な城塞都市を望むことができた。
「あれが……、はぁ、シルディア……、です」
急峻な道を踏破したファレルが告げた。
私は安堵して、ひと休みのつもりで近くの石に腰を下ろした。
「あれは……なんでしょう?」
ザラリとした響きのレヴィトの声。彼女の指さす方、シルディアの遥か上空から白い光を泡立たせて何かが一筋降り注いでいた。
「マズい」
第七魔王がポツリと口を開いた瞬間、その光がシルディアに落ちた。
初め、音は聞こえなかった。
白い光が爆裂してシルディアが飲み込まれた。大気中を走る白い波紋が笠のように広がる。
ボゥッ──……
まるでガスを全開にしたバーナーに点火した様な音が届いた。大地が揺れ、シルディアの方から突風が吹いてきた。
崖の淵で風に向かって立つ第七魔王が喉の奥から声を絞り出す。
「破局魔法……」
私の意識はそこで途絶えた。
***
彼方のシルディアが文字通り瓦解していた。
母さん。父さん。ロゼッタ。
スカーレット。
シルディア王。王妃。城のみんな。
騎士団のみんな。街に住むみんな。
彼らの顔が浮かんで、彼らの命が消え去ったのだ、という事実が俺を駆け抜けた。
崖から飛び出す。背後から声の手が伸びてくる。
「藍綬!」
加速魔法をシルディアの方角へ向け、俺自身に付与する。瞬間、凄まじい圧が俺を飲み込んだ。俺の身体は砲弾のように空へ撃ち出されていた。普通なら身体がもたないはずだった。だが、知らないうちに赤光の筋が走る鈍色の肌で全身が覆われていた。
崩壊した街のそばに勢いよく着地した。街を囲む城壁が古代の遺構のように僅かに残る。
煙と砂と火と死と血と悲鳴があちこちに広がっていた。崩れた城門を通ってシルディアに入る。かつてここにあった生活が瓦礫と化していた。鈍色だった俺の身体はいつの間にか元に戻っている。
家のあった場所に向かったが、跡形もない。ロゼッタの笑い声を思い出そうとしたが、膝から下に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちてしまった。
──守ると誓ったのに。
スカーレットが住んでいた家も吹き飛んでいた。首に掛けたネックレスが揺れる。
──全部、魔王と契約した俺のせいで?
ずっと暗い闇の中に押し込まれていた。知らないうちに身体が女に変わって、何が起こっているのか分からない。
確かなことは、故郷が崩壊したことだけ。
リナ……彼女は別世界への扉を開くために利用された。そして、魔族は水面下で人と繋がり、利用している。
聖都メスタで聞いたシグニの言葉が蘇る。
──魔王様の望むことだ。
俺のせいだ。
絶望ではない。俺自身への失望が涙になっていた。俺に涙を流す資格などないのに。
崩壊したシルディアの上空に轟音が鳴り響いた。見上げると、巨大な火球が浮かんでいる。僅かに生き残った街の人々も茫然と顔を上げていた。街の温度がグッと上昇していく。
炎の渦が雲散霧消する。
その中から姿を現したのはシリウスだった。
「我々魔族に服従せぬ者は魔王の名のもとに粛清を受ける!」
青い髪を風になびかせてシリウスはそう発した。まるで死刑を宣告されたような絶望感が残骸だらけの街に圧し掛かる。
魔王。
あいつのせいで。
俺はシリウスを見上げ、奴を殺すために魔力を集中させようとした。
「待って下さい!」
積み上がった瓦礫を登る女の姿があった。さっき崖の上にいた女だ。後ろには二人の男が立っていた。
「一方的な支配は誰かを傷つけるだけです! あなたもそんなことは望んでいないはず!」
「メスタの聖女様か」
シリウスは笑うと、聖女に向かって加速した。




