5:花が我らを導いて
保養所に戻った私たちは湯を浴びたイヅメをベッドに寝かせてから、これからの動向について話し合いを始めたのだが、レヴィトが開口一番に言い放った。
「シルディアに向かいましょう」
「シルディアですか?」ファレルが目を白黒させる。「どうしてまた?」
「藍綬は別の世界の住人なの。だけど、彼女のネックレスは幸福の花。シルディアで話を聞くことができれば、もしかしたら、彼女が探している人の手掛かりも掴めるかもしれない」
ファレルは困惑していた。
「レヴィト様……僕たちは追われている身ですよ。そんなことをしている場合では……」
レヴィトは力強く首を振った。
「藍綬の力になりたいのです。私たちも共に行きましょう、シルディアへ」
「でも……」ファレルは眉尻を下げる。「シルディアって言ったら、魔王城が近いです。レヴィト様を危険な目に遭わせるわけには……」
私には、胸に引っかかっていたことがあった。
「レヴィトたちを援護してくれる人たちは?」
レヴィトとファレルは一様に目を伏せる。
「みんな僕たちを助けるために犠牲に……」
聖都は聖女と対立する派閥が牛耳ることになったというのがファレルの見立てだった。
「誰もがメストステラス聖教を愛しているのです。その形が違うだけで」
レヴィトはそう言うと瞑目して死者への祈りを捧げた。つくづくお人よしだ。
「ねえ、レヴィトの提案に乗っても大丈夫でしょ?」
私は第七魔王に目を向けた。彼は目を背けて「好きにしろ」と呟いた。
「ただし、あの獣人はここに置いていく」
残念だが、彼の言う通り、イヅメはここで休ませておく必要がある。レヴィトが第七魔王を見つめて微笑んでいる。彼女も私も彼が賛同してくれると信じていた。
***
ついさきほど、みんなを呼んで今後の方針について話し合いを始めようと保養所を歩いていた私の耳に第七魔王の声が届いた。
「──……じゃないのか。一体何を企んでる?」
廊下の曲がり角の先にあるラウンジに第七魔王とレヴィトの姿があった。私は思わず壁に身体を寄せて息を殺した。二人の空気がどことなく不穏だったから。
「私は人と魔族の関係性を初めから考え直したいのです。なぜ争わなければならないのか、それを考えることが世界を平穏に導くはず」
「それをなぜ私に話す? 私はこの世界の者ではない」
「メスタで私たちを助けて頂いた時、あなたの高度な魔法を見て驚きました。そして、温泉と聞いて拒絶反応を見せたあなたを見て確信したんです。あなたは魔族です。魔族は薬効のある水を嫌いますからね」
第七魔王はじっとレヴィトを凝視する。
「……何が狙いだ?」
「あなたがどのような魔族かは存じ上げません。そのことを咎めるつもりもありません。私は人と魔族が手を取り合う未来を垣間見たのです。人も魔族を想うことができる」
彼女は私が探しているシリウスが魔族だと気づいていた? となれば、この世界でのシリウスは名の知れた存在なのかもしれない。
「あなたは慈しみ深い心をお持ちです。そうでなければ、藍綬たちや私たちを助けようとは思わなかったでしょう」
「勝手にしろ」
第七魔王は諦めを吐息にして去って行った。
***
「事が順調に運べば、すぐにここに戻ってくるよ。今は身体を休めることを考えて」
「かたじけない……」
ベッドの上のイヅメがしわがれた声を返す。レヴィトがイヅメの手を取る。
「ここは聖都の人間もほとんど場所を知りませんし、好きに使っていただいて構いませんからね」
イヅメと再会を願う挨拶を交わし、レヴィトとファレル、第七魔王、私は保養所を後にして、朝陽の中をシルディアへと出発した。




