幕間:なんでもいい
~保養所にて~
ぐったりとしたイヅメに肩を貸して保養所から少し行ったところにある浴場へ向かおうとするファレルは、一向に動こうとしない第七魔王に怪訝そうに視線を飛ばした。ファレルにとっては、名前も未だ聞き出せていない謎の男だ。とはいっても、彼が肩を貸す獣人もこの世界の者ではない謎の存在だ。
「ええと、行かないんですか……?」
第七魔王は無表情のままだ。
「私は行かん。勝手に行け」
「身体をリフレッシュできますよ」
「行かないと言ってるだろ」
鬱陶しそうに顔を背ける第七魔王に、ファレルは理解ができないというような顔を向ける。
「ヴァレフの温泉は傷も治すと有名なんですよ」
「だから」第七魔王は目の前のしつこい男に嫌気が差したようだ。「行かないと言っている。私はお前たちとは違うんだ」
ファレルは眉間に皺を寄せる。
「あなたは僕たちと違うんですか? どこが?」
──確かに、あの魔法はすごかったけど。
ファレルはメスタで第七魔王が見せた魔法を思い出していた。何もないところから杖を生成し、離れた場所に一瞬で移動した。生成魔法と簡易転移魔法だ。ファレルにも魔法知識はあるが、その二つはどちらも高度な魔法に分類される。そんなものを容易に操ることができるというのは、只者ではない。
「お前、なよなよしているわりにずいぶん首を突っ込んでくるじゃないか」
「なよなよしてますか、僕?」
「してるだろ」
「そんなんで僕はレヴィト様を守り切れるでしょうか……?」
「知らん」
ファレルは残念そうに第七魔王を見つめる。凄腕の魔術師──今後レヴィトを守るために彼の力を借りるべきかもしれない……ファレルはそう直感して、尋ねた。
「あなたのことを何て呼べばいいですか?」
「なんでもいい。好きに呼べ」
「……そんな自己紹介あります?」
ファレルの肩でイヅメがバツの悪そうに口を開く。
「すまん。早く行かないなら寝かせてくれ……」




