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「世界の半分をくれてやる」と言われて魔王と契約したらとんでもないことになった  作者: 山野エル
第3章 この世界が思ってた以上にやばかったんですけど
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幕間:灯台下暗し

~聖都から市街地へ逃れるレヴィトとファレル~



 フードを目深(まぶか)に被った二つの人影が聖都の古い暗渠(あんきょ)を市街地の方へ静かに進んでいた。入り組んだ暗渠は足元を濡らす程度の水しかなく、使われなくなって相当の歳月が流れているようだった。

 二人はこの暗い地下空間を何日もの間、彷徨い続けていた。


「それにしても、こんな場所があったなんて……」


 先頭を行くファレルがランプを掲げて、煉瓦(れんが)造りの壁とアーチの天井に目を走らせる。


「私も教主様に教えて頂くまでは知らなかったわ。昔は避難路としても使われていたようよ」


「まさか、僕たちも同じ使い方をするとは、思いも寄りませんでしたね……」


 レヴィトは後ろ髪を引かれるように足取りが重い。


「私だけがこのように逃げおおせていいものかしら……。聖都のみんなが心配……」


「レヴィト様、少しはご自分の心配をして下さい……」


 後ろのレヴィトを振り返りながら眉尻を下げるファレルが地面の段差に蹴躓(けつまず)いて頭から突っ込んで転んでしまう。ランプがガラガラと音を立てて壊れると、辺りが薄闇に包まれた。辛うじて乾いた地面の上で、泥だらけになる惨事は避けられたが、ファレルの手は傷だらけだ。レヴィトが彼のそばに駆けつけて、その手を優しく包み込むように握る。


「気を付けて、ファレル。あなたのこと頼りにしてるんだから」


 レヴィトの手の温かさを受け取って、ファレルは顔が熱くなるのを感じた。


「だ、大丈夫ですから!」ファレルは勢いよく立ち上がって、暗渠の先の明るい方を指さす。「ほら、もうすぐ市街地への出口ですよ!」


 市街地が近づくにつれ、暗渠の天井から街の雑踏や争う音が漏れ聞こえるようになってきた。ランプを失った二人は耳を澄ませていたが、レヴィトは不安げに声を震わせた。


「街のみんなを混乱させてしまわないかしら……」


 ファレルは隣を歩くレヴィトの横顔を盗み見た。


 ──どこまで人のことを考える人なんだ。


「レヴィト様、そこは人間の心の間隙(かんげき)を突いた作戦になっています」


 ファレルがそう口にすると、レヴィトは強くうなずき返した。


「私たちが市街地にいるはずがないという思いを逆手に取ったのよね」


「そうです!」ファレルは傷だらけの手で拳を握りしめる。「ひとまず、ベルヌ派の連中が使っている宿屋を目指します。まさか、そんなところにレヴィト様が潜り込むなんて、奴ら夢にも思ってないでしょうからね」


 ベルヌ派は〝反聖女派〟とも呼ばれ、レヴィトを聖女の座から引き下ろすことを画策するメストステラス聖教の過激派だ。

 混乱の渦に飛び込んで、聖都を囲む市街地から逃れようというのがファレルの策だった。


「さあ、市街地に出ますよ」


 二人はフードをさらに深く被り、古い石の階段を上っていく。


   ***


 放棄された古い倉庫群の只中に、(なか)ば崩れるようにして暗渠への入口は隠されていた。レヴィトとファレルは這い出るようにして、喧騒と雑踏の市街地へ身を投じた。

 倉庫群を出て、メスタの周縁部の方へ向かうと、街の騒ぎは大きくなる。


「レヴィト様、僕から離れないで下さいね」


 ファレルがそう言うと、レヴィトはうなずいて彼に身を寄せた。自分から言っておいて、ファレルはその状況にドギマギしてしまう。

 暴力的な大通りの方から逃げてきたらしい人々が狭い路地の端にところどころ腰を下ろしている。中には、子連れの家族の姿もあった。

 そんな彼らに声を掛けようとウズウズしている隣のレヴィトの腕を取って、ファレルは足早に歩を進めていく。


「聖女を守る者には死を!」


 路地の向こうから、血気盛んな男たちの一団が現れ、路地の脇に固まる人々を蹴散らしながらこちらの方へ向かってくる。


「いけない……!」


 男たちに突き飛ばされた少年が泣き声を上げるのを見てレヴィトは駆け出しそうになった。


「お願いですから、堪えて下さい……!」


「でも、あの子が……!」


 男の子が壁に頭をぶつけて額から血を流していた。


「レヴィト様がここにいるとバレたら全てが終わりです……! 聖都のみんなの頑張りも無駄になってしまう……!」


 ファレルは押し殺しながら声を絞り出し、全力でレヴィトの身体を路地の脇、家屋の隙間に押し込んだ。


「聖女を守る者には死を!」


 男たちが路地を練り歩いていく。レヴィトたちは息を殺して、建物の隙間から彼らが通り過ぎるのを見守るしかなかった。

 男たちが去るのを待ってファレルは路地に足を踏み出したが、レヴィトは胸を押さえながら涙を流していた。


「ファレル、私が名乗りを上げていたらあの子はきっと怪我もなく……」


「やめて下さい、レヴィト様」


 全ての人の痛みを肩代わりするのも厭わないような、そんな真っ直ぐな瞳を受けて、ファレルは目を逸らすしかなかった。


「今は僕たちが生き延びることだけを考えて下さい。それがみんなのためなんですから」


「みんなのため……」


 レヴィトは自分に言い聞かせるようにその言葉を反芻する。良心の呵責(かしゃく)を抱えた瞳がファレルに向けられる。ファレルはレヴィトに柔らかい微笑みを向けた。それは彼女の進む道を照らす光のようだった。


「宿屋へ急ぎましょう」

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