3:聖女との逃避行
私たちの部屋は一階だったから、体勢を整えるのは訳ないことだった。だが、手を引いたレヴィトという少女は窓の桟に蹴躓いて裏通りに突っ伏してしまった。
「レヴィト様っ!!」
なよなよしていた男の声がする。見ると第七魔王に服の山を抱えさせられて飛び出してきた。
「大丈夫よ、ファレル。あなたこそ無理をしないで」
「レヴィト様のためなら、無理しますよ!」
第七魔王がイヅメを担いで飛び出してくる。
「話している暇はない」
宿屋からワラワラと男たちが躍り出て駆け寄ってくる。私たちは路地を駆けた。
「奴らを追い込め!」
込み入った裏町に追手の声が響く。
「マズいですよぉ! 退路を塞がれたら終わりだぁ!」
ファレルが情けない声を発して最後尾を走る。全速力で向かう路地の出口に追手が現れた。
袋の鼠だ……そう思った時、最後尾のファレルが気合十分な声を発した。
「ここは僕に任せてレヴィト様は──どわっ!」
追手を通せんぼするように手を広げた彼は抱えていた服を真上に放り投げたせいで、服の雨に降られてあえなく膝から崩れ落ちた。
「お前たちは先に行け……」
第七魔王の背中でイヅメが呻くように言うが、戦えないのは明らかだ。
路地の出入り口から追手が迫ってくる。握っていたレヴィトの手を放す。
こうなれば、私が──。
第七魔王が溜息をついた。
彼の手の中に光が走ったかと思うと、杖が生成される。その杖で勢いよく地面を突こうとする第七魔王にレヴィトが叫んだ。
「傷つけないで!」
第七魔王はフッと鼻で笑うと、私たちを杖で掻き集めるようにした。
次の瞬間、私たちはよく耕された土の上に放り出されていた。
「早くここを離れるぞ」
第七魔王が足早に歩き出す。遠くにメスタの街の影が見えていた。一瞬でここまで移動したのか……?
「待って! もう魔力が──?」
「早くここを離れないと魔王どもに気づかれるぞ」
***
農耕地の外れに崩れるようにして佇んでいた廃墟に立ち寄り、私たちは服を替えた。
「これからどうしましょう~?!」
相変わらず慌てふためいたファレルが泣きそうな声を漏らす。レヴィトは冷静だ。
「イヅメさんの傷を癒さなければ。ここから少し離れていますが、ヴァレフの保養地に向かいましょう」
「待って。傷を治す魔法みたいなものはないの?」
私がそう言うと、第七魔王はバカを見るみたいな視線を投げてきた。
「そのような魔法があれば」レヴィトが答える。「みんなが幸せになるんですけれど……」
「すまない……。儂が足手纏いになるとは」
イヅメが苦悶の表情を浮かべるそばにレヴィトが駆け寄って悲しげな表情で首を振る。
***
第七魔王に急かされるように出発した私たちは山越えをして、夜半過ぎにヴァレフに到着した。ぽつぽつと街灯の立つ別荘地を進むと、木々に囲まれた豪奢な建物が見えてくる。そこが目的地だった。
木の香りのする建物の中に入ると、ファレルが緊張の糸を解して、その場にへたり込んでしまった。レヴィトが柔和な表情で彼の肩に手を置いた。
「ありがとう」彼女は私たちの方を振り向いた。「みなさんもお助け頂き感謝しきれません」
「色々聞きたいことはあるけど、まずはイヅメを休ませないと……」
レヴィトはニコリと微笑んだ。
「ここは湯治場としても有名なんですよ。温泉に参りましょう」
喜びの声を上げるファレルの一方で、第七魔王が小さく舌打ちをするのが聞こえた。




