20:惜別の光
魔王だなんて急に名乗られて、こんなに圧倒的な力量差を見せつけられて、私は奮い立たせるものも萎んでいくような気がしていた。
痛手を受けてもシリウスは立ち上がって、第七魔王に炎を浴びせようとしていた。
その二人の姿はあまりにも似通っていて……。
「お前には用はないと言っている!」
第七魔王の拳がシリウスの顔を捉えた。冷えた溶岩のような皮膚が砕けて、その奥に渦巻く青い炎が垣間見える。
思わず建御名方で地面を蹴って間に割って入ろうとした。が、第七魔王が手のひらをこちらに向けた瞬間、眩い光が走って建御名方が後方に吹き飛ばされた。背中から落ちたせいで、私も頭を強かに打って一瞬意識が飛びそうになる。
第七魔王の足が建御名方を蹂躙する。
「お前さえ大人しくしていればいいのだよ、超越者」
第七魔王の手が伸びてくる。踏みつけられて身動きができなかった。シリウスを見ると、巨大化したままの姿で横たわっている。
もう覚悟を決めるしかない……そう思い始めた私の目に黒煙の尾を引いて第七魔王に飛び込んでいく影が映った。
イヅメだった。
最初の太刀は第七魔王を少し後退させ、その顔に少し傷を入れただけだった。私は叫んだ。
「イヅメ、〝アレ〟を!」
刹那、周囲がモノクロになったかと思うと色彩豊かな斬撃が第七魔王にぶち込まれた。
「やった──!」
シリウスはあの斬撃を受けて力を失った。そのシリウスと似通っている第七魔王も、もしかしたら……!
岩が砕けるように第七魔王の身体が破裂した。
鈍色の瓦礫の中、生身の第七魔王が倒れ込んでいた。すぐそばにイヅメが着地して真っ直ぐに切っ先を向けた。
「これで終わりだ」
顔を上げた第七魔王が不敵な笑みを浮かべていた。
「イヅメ、後ろ!」
腕を失った骨骼兵器がもう片方の手を振り下ろす。イヅメは間一髪で回避した。とはいうものの、彼は何かに躓いて地面を転がってしまう。彼ももう限界なのだ。
私は何をしてるんだ……。自責の念で俯こうとした私はモニター越しにシリウスと目が合って、ハッとした。
彼が静かに立ち上がって、夜明けの空を見上げたのだ。そして、私に手を伸ばした。訳も分からずに、建御名方で這ってそばまで行き、その手を握った。
「やれるか分からないが君をボクの世界に送る」
「一体何を──」
シリウスの赤と金の眼が輝きを増した。彼が見上げる視線の先に火花が散る。その火花を核に光が迸った。
「愚か者! こいつをやれ!」
イヅメを追っていた骨骼兵器に第七魔王が怒号を発した。
その声を合図にしたかのように、シリウスの身体から光の柱が立ち上った。それは、まるで異獣が現れる時のようで……。
「君に出会うことができてよかった」
シリウスが小さくそう言った。返事をする間もなく、手を強く掴まれて、放り投げられた。建御名方が光の柱に身を投じられて、動かなくなってしまった。
「待って! シリウス! 私も……!」
建御名方が光を帯びて弾けると、その無数の光が私の中に流れ込んできた。私の身体は空へ向かってぐんぐん加速していく。振り返ると、イヅメが光に身を投じていた。
シリウスが何かを言っているのが見える。その声を聞くことができないまま、私は眩い光に包まれた。
***
頬を優しい風が撫でる感覚があった。身体が揺さぶられて、声がした。
「藍綬!」
その声で目が覚める。眼前に血まみれの狼の顔があり、私は思わず悲鳴を上げてしまった。
「儂だ、イヅメだ。安心しろ」
「ああ……、ごめん……」
頭痛がした。私は石だらけの硬い地面に横たわっていた。身を起こして辺りを見回す。
どこまでも続く谷の底に私たちはいた。
「ここは……?」
その疑問に応えるのは、ザリッという石を踏む音だった。
第七魔王が立っていた。
──第2章 完──




