16:絶望にまみれた恋
突然、私の前にボロボロのシリウスが飛び出して来て、凄まじい炎の渦で骨骼兵器の突進を押し返した。
「シリウス! 無事だったの!」
胸の奥から安堵感が溢れ出してくる。思わずシリウスの背中に抱きつきそうになるが、その後ろ姿が満身創痍で足がすくんでしまう。
彼は叫んだ。
「イヅメ! 力を貸せ! 全力でこいつを──」
彼の前にパープルブロンドの男が残像を伴って現れて、手のひらの上で輝く光の球をシリウスの身体にぶつけた。彼が吹き飛ばされる。そちらを見て謎の男は呟く。
「お前に用はない」
謎の男が私に手を伸ばしてきた。その背後に太刀を構えたイヅメが飛び掛かるが、謎の男が光の壁のようなものをぶつけて退けてしまった。
圧倒的な力……。身体が震えた。
それでも、謎の男に向かって手の中にある異形の剣を思いきり振った。切っ先から放たれた滅線が夜空に吸い込まれていく。回避した謎の男が私に手を翳すと、瓦礫が集まって来て私の身体を押さえつけた。
「大人しくしてもらおう。お前には──」
辺りがモノクロになる。イヅメが風のように疾駆して極彩色の斬撃を放ったが、高く飛び上がった謎の男が余裕をもって回避すると、後退していた骨骼兵器の槌がイヅメを弾き飛ばす。周囲に色が戻る中、もう1機の骨骼兵器が持つ機関銃がイヅメを追撃すると、彼は空中で弾丸を切り落として、勢いよく地面に着地した。しかし、フラフラの身体を太刀で支えるのがやっとのようだった。
「お前には〝扉〟になってもらう」
謎の男が私に近づく。その後方で火柱が上がった。耐えきれないほどの熱波のその中心にシリウスがいた。
「なんだ、そのエネルギーは?」
謎の男が白色の炎を発散するシリウスに身体を向けた。本来は金色だったシリウスの眼が片方だけ赤く光っていた。
苦しみを抱えているのか、鬼のような形相で絶叫を上げ続ける彼の身体から放たれる光が少しだけ暗くなったかと思うと、さらに熱量が上がって、私の髪の毛がチリチリと燃え上がり始めた。
次の瞬間、シリウスの身体から発していた炎が一気に収まって、同時に彼の身体がメキメキと音を立てながらひび割れ始めた。そのひびから火が噴き出す。鈍色の身体がどんどん巨大化していく。シリウスの頭からは曲がった角が生え、その姿はまるで悪魔のようだった。
「藍綬、イヅメ……!」姿を変えたシリウスが地鳴りのような声を発した。「鎮守府へ行け!」
赤と金の眼が光ったかと思うと、私を押さえつけていた瓦礫が弾け飛んだ。
謎の男が私に手を伸ばそうとして、前触れもなく全身を炎に包まれた。巨大化したシリウスは飛び掛かって来た2機の骨骼兵器を青い炎を纏った爪で迎撃して、再び私の方を見た。
「早く行け!」
「シリウスは!」
「ボクも後から行く!」
敵に囲まれて彼が無事とは思えなかった。
逡巡する私のもとにイヅメが素早く近寄って来て、私の腕を強く掴んだ。
「待って! このままじゃ、シリウスが……!」
「彼の意志を無駄にするな」
イヅメは抗おうとする私を引っ張って、駆け出した。
『させるか!』
骨骼兵器の機関銃が火を噴く。
シリウスが翳した手から高熱の炎の波が発せられて、銃弾が飲み込まれた。
イヅメが私を連れて瓦礫を登りきったところで、轟音がして陥没した地下構造が天高い炎の壁で囲まれた。
──シリウスは死ぬ気だ。
私の中の直感がそう告げた。イヅメの手を振りほどこうとしたが、彼は無表情で私を担ぎ上げて駆け出した。
「放して! シリウスを助けないと!」
「彼はお主に希望を託したのだ」
それだけを言って、イヅメはスピードを上げた。大気が焦げるような熱とにおいが漂う中を私はただ運ばれていくことしかできなかった。
自然と涙が流れ出してきた。胸が握り潰されるような苦しさ。今になって私は気づいたのだ。
シリウスのことが好きなんだと。




