12:魔を祓うもの
青い髪の少年──シリウスは自分が見聞きしたことを言葉少なに話し終えると、私を見つめた。綺麗な金色の眼だ。
「君の中にアーガイルがいる。それは間違いない」
夏彦の家で聞こえた私の内なる声。あれが、シリウスが元の世界に連れ戻そうとしているアーガイルという人だったのか?
「そんなアニメみたいなことが……。で、シリウスはそのアーガイルを追ってこっちに来たってこと?」
夏彦が早くも親しげに問い掛ける。
「光の柱の出所を探してそこにいた連中に〝扉〟を開かせた。それで、このザマだ」
運転席の明良の息遣いが荒くなる。
「早く手当てしないと……」
「あっ!」私の横で夏彦が大声を上げる。「なんとかなるかも!」
「良い案でもあるの?」
「この前、異獣が現れた時、僕が助けた子どもがいたでしょ。あの子のお父さんが医者なんだよ。何かあったらと連絡先を貰ってた」
夏彦のお人よしが希望を繋いだのだ。私は思わず彼を強く抱きしめた。
「すぐに来てくれるってさ!」
彼が運良く家から持ち出していたスマホで、医者と連絡を取ることができたようだった。運転席の明良は不安げだ。
「その医者から鎮守府に気取られたら……」
「大丈夫だよ。極秘で、とお願いしたから」
シリウスは浮かない顔だ。
「ボクはアーガイルを元の世界に連れ戻さなきゃならない。だが、どうやって……」
「明良は異獣の中の人が鎮守府の地下に集められてるって言ってた。そこに行けば何か分かるかも……」
私はそう提案するが、彼が求めているのは私の中にいる人だ。私はどうすればいい?
***
しばらくして、夏彦が呼んだ医者の車が夜の闇を切り裂いてやって来た。すぐに明良の応急処置が手早く行われる。医者は真剣な表情だ。
「危険な状態だから、すぐに私の病院へ運びます。同行する方は?」
夏彦が手を挙げる。残る私とシリウスを見て、彼は寂しそうな顔をした。
「鎮守府に行くなら、僕は足手まといだから」
「足手まといなんかじゃ……」
「僕にできることをやるだけだから気にすんなって。四路坂、気をつけろよ」
シリウスの纏う気配に一気に殺気が漲った。
「いいから早く行け!」
彼の視線の先、路地の中ほどに虚無僧のような深編笠を被った忍び装束がひとり立っていた。腰に佩いた太刀に目がいってしまう。
夏彦たちが慌てて車に乗り込む中、謎の虚無僧が駆け出す。人間のスピードじゃない。
シリウスが全身を炎で包み込み、それが弾け飛ぶと、仰々しい貴族みたいな格好になる。
「罷り通る」
虚無僧が呟いて、抜刀する。シリウスが炎を纏った腕で斬撃を防ぐと、手のひらを相手に向け、爆炎を放った。虚無僧は直角にそれを回避して、夏彦たちの乗った車に迫ろうとする。
私は飛び出して行った。
「ダメっ!」
思い切り手を突き出すと、烈風が巻き起こって虚無僧を足止めする。私の……いや、これがアーガイルの力なのか?
頭に被った笠を押さえながら、虚無僧が舌打ちをする。
「やはり、魔の者か」
そう言って、太刀を顔の前に横倒しにする。
グッと柄を握った瞬間、周囲から一切の色が消えた。モノクロの世界の中を虚無僧が高速で突進してくる。私の目の前にシリウスの背中が横入りする。
虚無僧の振り払った刀身から尾を引くように色彩の欠片が堰を切る。振り抜いた鮮やかな斬撃がシリウスに叩きつけられる。斬りつけられたわけではないらしい。シリウスはすぐさま炎で反撃しようとしたが、不発に終わってしまう。
「千々秋月──魔を祓う霊剣だ」
虚無僧が刀を掲げると、再び周囲に色が戻った。




