10:聖都の戦い①
クラウスの剣がアーガイルの鳩尾に突き刺さった時、蠅に姿を変えていた第四魔王は怒りと共にその姿を顕現させた。建物の外壁が崩れ、空が露わになる。
禍々しい姿の彼女は、飛来させた巨大な剣を構えてクラウスへと突進した。強烈な剣撃を受けて外壁の穴から外へ弾き飛ばされたクラウスは、空中で姿勢を整えながら剣を振るった。魔力を帯びた光の斬撃が走って、第四魔王の肩口を通り抜ける。瞬間、彼女の肩がパックリと切り裂かれた。
「アタシの傀儡の分際で!!」
巨大な氷柱でクラウスの周囲を取り囲み一斉にぶつけるが、クラウスは斬撃でそれらを切り捨てた。空中を蹴って第四魔王との間合いを詰め、高速の突きを繰り出す。剣から真っ直ぐに放たれた光を間一髪で回避して、第四魔王はクラウスの顔へ手のひらを向けた。指向性のある爆発がクラウスを襲う。
ダメージを負い、身体を燃やしながらクラウスは勢いよく地面に着地した。後を追うようにやって来た第四魔王が剣を向ける。
「なぜアーガイルを殺した!」
「あいつは人間の敵だ。生かしてはおけない」
第四魔王は奥歯を噛んだ。瀕死のクラウスを傀儡にした時、その怒りの根底に何があるかを見て、この未来も想像できたはずだった。
「アンタを見殺しにしとけばよかった」
「魔族の端くれでも過去を悔やむのか?」
そのクラウスの言葉が第四魔王の神経を逆撫でする。
「アタシは、第四魔王だ!!!」
クラウスの立つ地面が崩れ、魔力の奔流が打ち上がる。高く弾き飛ばされたクラウスの身体を蛇のような雷撃が捕らえる。
「アンタみたいなのをぶっ壊すのは忍びないけど、許すわけにはいかない」
彼女が手を翳すと、クラウスを捕らえた雷が急激に光を増した。クラウスが全身全霊を込めて雷の呪縛を打ち破るのと同時に爆発が起こる。雷雲のような爆炎が広がるその中を、第四魔王へ猛進したクラウスの剣が貫く。剣は彼女の胸に深く突き刺さった。
「目障りな奴だ!!」
第四魔王に注視していたクラウスの頭上から巨大な剣が降って、その背中を直撃する。その勢いのまま剣に押し出されるように地面へ激突する寸前に、彼の斬撃が第四魔王の剣を粉砕した。
目の前に膝を突くクラウスを見下ろして、第四魔王は嘆息した。
「アンタはアタシの魔力供給がなければ生きることはできない。これで終わりだ」
彼女は表情のない顔で指を鳴らした。
──しかし、クラウスは倒れない。
「なんでだ!!」
第四魔王の突き出した拳を手で受け止めると、クラウスは傷だらけの顔でニィッと笑う。
***
クラウスにとっての僥倖は、第四魔王の傀儡となることで供給されるほぼ無尽蔵の魔力が大いなる力を授けてくれたことだった。
その力を携えて、彼は魔王城へ向かっていた。滅すべき存在がそこにはいるのだ。玉座に収まる小さな少女。それが魔王だ。
「なんだ、また勇者が来たのか?」
小首を傾げる魔王が眼を光らせたその瞬間、クラウスの身体は床に圧しつけられた。指ひとつ動かさない相手に、クラウスは埋めようのない次元の違いを痛感した。
──アーガイルも魔王も殺す。
それがクラウスの願いであった。それが儚く散るのを感じた彼の耳に魔王の声が届く。
「お前に選ぶ権利をやろう。ここで無様に死ぬか、お前にその力を与えた者を殺すか」
──見透かされている。
魔王を殺すと誓いながら、第四魔王の恩恵を受け、生き永らえている……彼はその自己矛盾に苛まれていた。魔王は言う。
「第四魔王を殺せば、お前を魔力の檻から出してやってもいいぞ。もっとも、それまでは私の傀儡になる必要があるが」
クラウスは身動きの取れない中で、自己矛盾へさらに頭を突っ込む決意をした。
「第四魔王を殺す」
魔王はにっこりと笑みを見せた。
「なんだ、話の分かる奴じゃないか」
魔王の力がクラウスの中に流れ込んでくる。彼は目を閉じて暗い未来を見つめた。
──全てを壊すしかない。




