9:絶体絶命
「壁に隠れて!」
私は叫んで少年の腕を引っ張り、リビングから廊下に飛び出した。
同時にヘリの機銃掃射が夏彦の家を襲った。私のそばで少年が熱を帯びた身体を震わせる。
ヘリの音と機銃の嵐が止んで、家を照らす光の中からひとりの戦闘服姿の男が姿を現した。手には小銃を構えている。
「やあ、君たち、私はクレイマン。アイギス特殊部隊の隊長だ。率直に言う。死ぬか殺されるかを選べ」
無茶苦茶な選択肢だ。だが、この状況ではなす術がないのも事実だ。
私と同じように廊下にやって来ていた明良が壁の向こうに言葉を投げた。その声は力強く、大人しそうな彼女とは違っていた。
「私たちは日本のドライバーです! それを殺せば国際問題になる!」
「なあに」クレイマンは笑い交じりに応える。「我々のもとにOSは5機あることになる。君たちの国を守ってやろう。今までと同じようにな」
奴は交渉など端から考慮していない。打つ手がない。
明良はスマホを操作すると、それを握り締めた。何かのアプリが起動している。
「葦原鎮守府を乗っ取るつもりですか!」
彼女は声を張り上げた。
「もともと極東の島国にOSが配備されているのもおかしなことだった。その歪みが是正されるだけさ」
「あなたは鎮守府の地下で異獣の中に入っていた人が集められていることを知っていますか?!」
「素体は我々の未来の礎となる」
明良は何を目論んでいるのだろうか? 私たちにはどうしようもない、このまま殺される以外に。少年はまだ苦しんでいて、あの力に期待はできない。
──ならば、私しか……。
「つまり、対異獣機関は異獣を利用しているということですか!」
「ハッハッハ、君たちには知る必要のないことさ、永久にな」
クレイマンの返答を聞いて、明良は立ち上がった。スマホを掲げながらリビングの入口に立つ。
「今の言葉は世界中に配信されました。世界中の人たちがどう思うでしょうね?」
銃声がした。明良のスマホが弾け飛ぶ。彼女の脇腹を貫通した弾丸が廊下の壁に穴を穿った。彼女の細い身体が勢いよく倒れる。
「明良っ!!」
「総員、反撃に注意しつつ殲滅せよ」
クレイマンの声が聞こえた。もう終わりだ。
────…………せ。
──……を。
──俺に明け渡せ、この身体を。
モニターの電源を切るように、目の前が暗くなった。
***
「四路坂!」
夏彦の声で目が覚めた。彼の膝の上で眠っていたらしい。身体を振動が包み込んでいた。走行中の車の中だった。
「ここは……?」
夏彦が車のリアウィンドウに目を向けた。
遠い夜空が赤く染まっていた。ビルのような火柱が轟々と燃え上がっているのだ。夏彦の家の方向……。何が起こった?
「あれは?!」
「アンタがやったんだ、アーガイル」
私の隣に座っていた少年がそう言った。
「またあなたが助けてくれたんだよ」
運転席でハンドルを握る明良はそう言ったが、息も絶え絶えという様子だった。シートから血が零れ落ちる。すぐに車は狭い路地で停車してしまった。
ハンドルに身体を預ける明良は汗だくだ。
「病院へ行かないと!」
私も夏彦もそう言ったが、明良は首を横に振る。
「どこへ行ってもあいつらに見つかる。そんなことになるくらいなら、死ぬわ」
「ボクの世界に戻れれば、あるいは……」
希望をチラつかせる少年の金色の眼が、何かを思い返すようにギュッと細められた。




