8:炎熱の少年
「鎮守府の最下層に異獣の中から出てきた人を集めているのを見てしまったの」
追手を振り切って、ひと気のない高架下に車を停めた無口な少女──朝霧明良は静かに語り始めた。もう夜の帳が下りていた。
「その人が異獣の中から出てくるのを見て、居ても立ってもいられなくなってしまって……」
明良が私の隣の青い髪をした少年を見つめた。どうやら息はあって、眠っているようだ。
「何のためにそんなことを?」
「鎮守府がずっと信用できていなくて……」
鎮守府がなぜ異獣から出てきた人を最下層に集めているのかと聞いたのだが……。
「私はどこにも行くあてがない。だから、鎮守府で生きるしかないの」
「家族は?」
私の問いを彼女はフッと鼻で笑った。
「問題はその人をどうするか。どこか落ち着ける場所があればいいけれど……」
「じゃあ、うちに行って」
***
私が鎮守府のメンバーになったことは両親に連絡が行っていたようだが、あれ以来、家には帰れていない。だから、家に帰りたかった。
「ダメ。鎮守府の連中が先回りしてる」
様子を見に行っていた明良が首を振った。私の隣では、眠る少年の顔が歪んでいた。熱がひどいのだ。
夏彦には悪いが、明良には彼の家に向かうように頼んだ。
幸い、夏彦の家はマークされていなかった。
「なに? コスプレ? なんだ、四路坂にもそんな趣味があったのか~。でもまあ──」
「夏彦、話は後。この人寝かせて」
「え? なに? 人形? すごっ!」
夏彦の両親はちょうど出張で家を空けているようだった。1階のリビングのソファに少年を横たえさせる。
静かな時間が流れるが、頭の中を整理することなど到底できなかった。
「夏彦、葦原鎮守府が私たちを追ってる。だけど、信じてほしい。私たちは無実なんだ」
「水臭いな~、四路坂。ずっと一緒だった仲じゃないか。君が悪いことするなんて無理だよ」
いつも口やかましい夏彦だが、今回ばかりは抱き締めたくなるほど尊い存在だった。
「目を覚ました」
少年のそばにいた明良が声を上げた。少年は見入ってしまうような金色の眼で私たちを見回した。
「ここは……?」
イーサンは異獣が異世界から来ると言っていたが、少年が発するのは理解できる言葉だ。
「日本だけど、分かる?」
そう問いかけた私に目を留めた少年は、釘付けになったように胸元のネックレスに手を伸ばした。
彼の指先がネックレスに触れるより先に、窓に強烈な光が当てられた。
『朝霧、四路坂、大人しく投降せよ! 米国も動いてる! 我々に従う方がお前たちにとってもいいはずだ!』
「やばいやばい! どうすんだよ! めっちゃ漫画みたいじゃん!」
夏彦は頭を抱えて床に伏せた。青い髪の少年が赤い毛布をマントのように身にまとって立ち上がる。
「外の連中をやればいいのか?」
彼はそう言って窓に近づいて行った。
「待って! あなたは体調が……」
少年が手のひらに火球を浮かび上がらせると、外から一斉に発砲音がした。窓が音を立てて砕け、リビングの照明や家具がズタズタになる。
「僕んちが死ぬ~!! 絶対に怒られる!!」
少年が炎の壁を作り上げて銃弾を防いだ。次の瞬間、轟音がしてその壁が波となって外の特殊部隊を焼き払った。陽炎が立つような凄まじい熱量だ。
窓辺が真っ黒に炭化しているのを見て、夏彦が泣いていた。少年が崩れるように膝を突いて、苦しそうに喘ぐ。
──逃げなきゃ。
そう思う私の耳に騒々しいヘリの音が届いた。




