幕間:幼い棘
~日本へ移動する機内にて~
「なんなの、そいつ?」
イーサンの報告を受けて、プリシラの灰色の目が厳しい視線を投げかける。機外の爆音を疎ましく感じているのか、その声もどこか張り上げるようだった。
「すまないが、こちらにも情報の詳細が来てるわけじゃないんだ。これ以上は分からん」
イーサンがお手上げだというように手を広げると、プリシラは舌打ちした。
「もし異獣だったらどうすんのよ?」
「即座に処理をする」
「もし暴走かなんかして、止められなかったら? 誰が責任を取るの?」
イーサンは重々しく額を撫でて、ふぅ、と一息ついた。
──議論をしたいわけじゃないんだがな。
「そうならないよう、完全なコントロール下に置くさ」
不服そうにそっぽを向く彼女の銀色の髪が揺れる。汚染を受けるようになってからなのか、彼女のブロンドは色を失っていった。昔は空のように綺麗な青をしていた瞳もくすんでいき、今では灰色に。
プリシラはそのことは気にしていないようだったが、OSのドライバーとしてアイギスのメンバーになってからは、身の回りのものから色が消えていったのをイーサンは知っていた。
あの日、プリシラは日常を失った。
長い歴史の中で数少ない異獣の複数出現。その蹂躙を受けたニュージャージーの海沿いの街がプリシラの故郷だった。
米国では、異獣の襲撃を受けた街の住人は汚染値チェックが行われる。プリシラはそこで〝発見〟された。
その時、彼女は孤児になったばかりだった。
「なんであたしだったの?」
物思いに耽るイーサンの耳にプリシラの声が届く。
「ええと、何が?」
「だーかーらー」プリシラが鼻の頭に皺を寄せる。「なんで日本なんかにあたしを飛ばすのよ?」
「飛ばすとは人聞きの悪い。君の腕を買ってのことだよ。友人を手助けするだけさ」
「ふん。たまたまOSを手に入れただけで、ずいぶんなご身分よね」
国際異獣機関が日本にOS──骨骼兵器を配備する承認を下し、葦原鎮守府発足を公表した時、米国の世論は揺れた。OSという強力な武力を日本が有することの是非が国内で割れたのだ。
「おかげで環太平洋の異獣対策はグンと楽になったんだ」
言い返されて、プリシラは勢いよく立ち上がった。
「あと一時間程度で到着だぞ」
「メツトリの様子を見てくるだけよ!」
この航空機の格納庫には整備中のメツトリも載っている。プリシラは鼻息荒く客室を出て行った。




