幕間:私、お母さんじゃないんですけど
~平時の鎮守府にて~
殯森は失望とも絶望とも諦めとも取れるような眼差しを御料宮へ向けた。彼の執務室でのことだ。
デスクの上には作りかけの骨骼兵器の1/60プラモデルが載っている。本来、本が収まるべき本棚には彼が手作りしたジオラマが鎮座していた。
「おう、殯森、何か用か?」
海外のギャングみたいに口元にバンダナを巻いた御料宮が執務室の入口を振り向いた。その手には塗装用の缶スプレーが握られていた。
「『何か用か?』じゃないですよ。ここで遊ばないで下さい。この前、ここでスプレーしすぎてガス警報器が鳴ったの忘れたんですか?」
「換気してるから大丈夫」
「そんなことより、さっき異獣出現パターン解析の件でメッセージ送ったんですけど、見てないですよね?」
殯森は床に散らばった段ボール箱やらのゴミを手早くまとめて部屋の隅に押しやった。
「殯森よ、確率なんてものは、所詮はまだ起こってない事象をこねくり回してるだけに過ぎんのだぞ。俺たちは目の前に現れた異獣どもをぶっ倒すことを考えてればいいんだ」
そう言い放って塗装ブースに立つプラモデルに缶スプレーの中身を散布する。そんな彼の両肩を掴んでデスクに連行しようとする殯森に御料宮は必死で抵抗する。
「ああー!! 俺のイシビベノブがぁ!!」
フランスが有する骨骼兵器に塗装のムラができて、御料宮は嘆きの叫びをあげた。
「いいから、仕事して下さい!」
「お前、俺はアレを大切に作り上げてきたんだぞ……!」
「じゃあ、邪魔されたくなかったら片付けて下さい。司令なんかシャボン玉くらいがちょうどいいですよ」
「なんだ、どういう意味だ、そりゃ?!」
殯森は応えずに御料宮を椅子に座らせ、パソコンを操作してさきほど送ったメッセージを表示すると、そのそばに腕を組んで仁王立ちした。
「私が監視するなんて、本末転倒ですからね。無意味な時間ですよ、これ」
「分かった、分かった……。ちゃんと見とくから、殯森は自分の仕事に戻りなさい」
「信用できないんですよ」
困惑した表情を浮かべてパソコンのモニターに意識を集中する御料宮だったが、部屋のドアがノックされる。顔を覗かせた部下が、戸惑いがちに報告する。
「朝霧さんがまたどこかに行ってしまって……。こちらには来ていませんか?」
殯森は額に手のひらを押しつけて溜息をついた。
「私が探しに行くから、あなたは持ち場に戻っていいわ」
デスクで御料宮がニヤリとする。
「そうだ、そうだ、探しに行けぃ」
上司をギロリと睨みつけて殯森は歩き出す。
「私が戻って来てもチェック終わってなかったら、マジでお腹にパンチしますからね!」
御料宮は青ざめた。
──アレは二、三日残るんだよな……。




