幕間:いつものように
~いつもの二人~
藍綬は夏彦と共に高校の通学経路を下見していた。慎重派の藍綬はともかく、夏彦はただついてきただけだ。
「いやぁ、四路坂、僕たちもついに高校生だねえ。ホントについこの前小学生を卒業したばかりだと思ってたのに、時が経つのは──」
「夏彦」藍綬の温度の低い声が幼馴染みのマシンガントークを制した。「シャツのボタン掛け違えてる」
「だぁっ?!」
夏彦は自分の胸元を見下ろして素っ頓狂な声を上げる。藍綬は深い溜息をついた。
「高校生になっても間抜けなのは変わらないな」
「ドジっ子と言ってもらおうか。こういうところを可愛いと思ってくれる女子だって存在してるんだからな。四路坂もそういう可愛らしさを見せてくれても──」
「ここで西口へ向かう」
藍綬は夏彦を無視して、駅の構内を足早に方向転換していく。
「勝手にどっか行くなよ! まったく、いつからそんなにおてんばになったんだ……」
「夏彦、これが通学ルートだから、勝手じゃない」
すらりと伸びた足をタイトなパンツに押し込んだ藍綬の後ろ姿を見つめて、夏彦はポカンと口を開け放した。
「通学ルートの確認なんて、発想すらなかったよ」
藍綬は立ち止まって、夏彦の方を振り向かずに、怒りを滲ませた。
「だから、いつも待ち合わせ場所に遅れてくるのか……」
そう言って振り返る彼女の前に夏彦の姿はない。藍綬はギョッとして辺りを見回すと、コンコースの端で夏彦がご婦人と話し込んでいた。
ズンズンと夏彦のもとに歩み寄って、談笑する二人の間に割って入る。
「知り合い?」
夏彦は笑った。
「このおばあちゃんが道に迷ってるっぽくて、声かけただけだよ」
「この辺りの道は詳しくなくてねえ……」
ご婦人は苦笑しながら、握り締めたメモに目を落とした。夏彦も歯を見せる。
「僕も方向音痴なんですよねえ」
──じゃあ、なんで声をかけた?
藍綬はその言葉を飲み込んで、ご婦人に尋ねる。
「そのメモは?」
「これねえ、行く先のお店の住所なの」
「スマホ持ってないんですか?」
「私、ダメなのよ、機械」
声をかけたはずの夏彦がなぜか成り行きを見守るような顔をしているので、藍綬は溜息をついて手を出した。
「ちょっと、メモ見せてもらってもいいですか?」
藍綬は小さな紙の切れ端を受け取って、そこに書かれた住所から頭の中の地図を参照する。
「これ、西口じゃなくて、東口の方ですよ」
「あらぁ、そうだったの? 私、てっきり……」
夏彦がご婦人の荷物を持って、歩き出す。
「じゃあ、行きましょう!」
先を行く二人の後を追いながら、藍綬はいつの間にかご婦人と友達のように接している夏彦の背中を見つめた。
──昔からこんな奴だったな。
何が楽しくて面倒ごとに首を突っ込むのか、藍綬には理解できなかった。省エネ主義でやって来た彼女と夏彦は正反対の生き物と言ってよかった。
地下から階段を上がって地上に出る。少しして、ご婦人の目的地である茶器専門の店舗が顔を見せる。
「ありがとうねえ」
何度も深々と腰を折るご婦人と別れた夏彦はひと仕事終えたように伸びをして、ゆったりと街を歩き始めた。
「おい、夏彦、本来の目的忘れてるでしょ」
「へぁっ? なんだっけ?」
藍綬が頭を抱えるそのそばを、見覚えのある高校の制服姿が駆け抜けていく。
「ん? あれ、僕たちの高校じゃん」
駆けて行く制服姿を追いかけて、二人は春から通う学校に辿り着く。狐につままれたような顔をするのは藍綬だ。そんな彼女を見て、夏彦がプッと吹き出す。
「東口の方が近かったんじゃん」
藍綬は肩を落とす。
──昔からこうだ。
要領の悪い夏彦の方が藍綬を出し抜くことは二人の間のあるあるだった。
「四路坂……、まっ、元気出しなよ」
肩をポンポンと叩かれ、藍綬は怨念を込めた拳を夏彦の鳩尾にお見舞いするのだった。




