第1章11と12の幕間:連綿と続くもの
~エミリアの槍ができて少しの頃~
ホロヴィッツの街の外れに小さな廟がある。辛うじて行き届いた手入れが、なんとか崩れるのを先延ばしにしているようだった。
その廟の前にベルトラムとエミリアが並んでいる。じっと瞑目するベルトラムを、エミリアは横目で観察していた。
二人の視線がぶつかる。ベルトラムが笑ってエミリアの頭を撫でた。
「お前も先祖様に敬意を払わないと」
「じゃあ、どうしてこんなところにお墓があるの?」
ベルトラムは寂しげに微笑んだ。笑い皺のある目尻が少しだけ下がる。
「もう必要なくなりつつあるんだよ、竜狩りが」
数百年前には竜狩りが盛んに行われていたようだ。今では竜は大いなる叡智の化身として人々に恐れられていた。需要があるのは、知性を持たない下級竜の討伐くらいだ。
「ねえ、パパ」エミリアがベルトラムの腕を引っ張る。「練習、しようよ」
真っ直ぐなその瞳に、ベルトラムは思わず頬を緩ませた。
──この子に竜撃術など必要なのだろうか?
ベルトラムの心にはそれがつっかえていた。同じ年頃の女の子が花を集めお菓子を食べておしゃべりを楽しんでいるのに、この子は……。
そんな気の迷いをエミリアの笑顔は忘れさせてくれる。
***
「全神経を両足に集中するんだ」
ベルトラムが鋭く言うと、エミリアは目を瞑って槍を構えた。
竜撃術の要は足だ。そこに魔力を巡らせ、空を飛ぶ竜に到達する跳躍力を得る。
──メキメキ……。
エミリアの足から微かに音がする。その瞬間を感じ取ったのか、彼女の眼が見開かれる。
地面を蹴ったその華奢な体が、そばに生えていた木を軽々と越えて行った。
「うわあっ!」
悲鳴がして、エミリアは地面を転がった。ベルトラムが駆け寄る。
「大丈夫か?!」
勢いよく起き上がったエミリアはかすり傷でいっぱいの顔をにっこりと綻ばせた。
「飛んだよ!」
ベルトラムは思い出していた。
自分が初めて飛んだ日のことを。
そして、弾ける笑顔のエミリアをそっと抱き寄せた。




