3:勇者の死
「ボクがアンタのお目付け役ってことだよ」
世界の半分を知る旅に出ることを命じられた俺の前に、なんとも冷たい目をした色白で青い髪をした少年がやって来た。
「誰お前?」
玉座の魔王が得意げに紹介する。
「此奴はシリウス。四天王の一角を担っておる。お前の旅に同行してもらう」
シリウスは俺を物でも見るように一瞥する。
「魔王様はお前を信用しているわけじゃない。勝手なことをするなという訳さ」
「この段階で出てくる四天王ってことは、お前が最弱なわけか」
俺の言葉にシリウスはムッとしたようだが、すぐに冷笑を浮かべてそっぽを向いた。魔王が玉座から心配そうに視線を投げる。
「仲良くするんだぞ」
「分かりました」「勿論です」
俺とシリウスの声が重なる。こいつ、俺を押し退けようとしてる? 睨みつけるも奴は素知らぬ顔だ。
「旅に出る前に心配事はあるか?」
魔王のわりに配慮が行き届いた質問だった。俺は遠慮なく不安をぶつけてみた。
「このまま旅に出ると、俺は魔王に魂を売った裏切り者だと思われるんで、それが気になります。残してきた家族への影響が心配で」
「要らないしがらみならボクが消してあげようか?」
鼻で笑ってシリウスが言うので、うっかりぶん殴りそうになってしまった。
「僭越ながら申し上げたいのですが」
セバスチャンが魔王に頭を下げて発言の許可を乞うた。
「言ってみろ、セバスチャン」
「有難うございます。勇者様には、素性が露見せぬよう変装をしてもらうというのはどうでしょうか?」
「絶対バレるから嫌です」
セバスチャンの提案を即座に撥ねつけると、シリウスは小さく舌打ちをした。
「魔王様、このような面倒な人間に今回の任務は不向きかと。ボクにお任せ下さい」
やっぱりこいつ、俺のことを無駄に敵視している。魔王はというと、俯いて考え込んでいるようだった。やがて、妙案でも浮かんだのかパッと顔を明るくした。
「お前に死んでもらえばいいのだ!」
「いや、あの、世界半分もらった実感する間もなく死ぬのはちょっと……」
シリウスが不敵な笑みと共に手のひらに火球を滾らせた。なにこいつ……。魔王が言う。
「私が言いたいのはそういうことではない」
***
スカーレットが泣いていた。彼女が縋るのは、俺の死体の入った豪奢な棺だ。
彼女だけじゃない。両親もロゼッタも、そして街のみんなも、俺の棺を囲んで悲しみに暮れていた。
「息子は私の誇りでした」
父がそう挨拶を終えて、静かに頬を濡らしていた。初めて見る父の姿に、胸が痛む。
そんな俺の隣で、シリウスがニヤついていた。こいつには共感力がないのか?
「愚かな連中だ」
魔王は魔法で俺の死体を作り、シルディアの進軍限界ラインの辺りに転がした。それでこの有様だ。まさか自分の葬式を見ることになるとは思いもよらなかったし、意外と人が集まるもんだとちょっと嬉しくもなる。
ちなみに、俺もシリウスも魔王にもらった透明化の指輪で姿を消して、この葬列を眺めている。
やがて正装した軍人たちによる弔銃が放たれ、なんとシルディア王が弔辞を述べた。
「シルディアの希望であり、未来の可能性に溢れていた彼を想うと言葉もありません」
そんな俺はここで元気にしています。そして、世界の半分を魔王からもらいました。
……これはもう絶対に誰にも顔向けできなくなってしまった。本当に正しい選択だったのだろうか?
泣き叫ぶロゼッタの声が耳に痛い。
「これで変装なしでも気づかれることはあるまい。心置きなく旅に出られるじゃないか」
シリウスが笑う。
これって、魔王に魂を売ったのと変わらないよな……。