第1章5と6の幕間:そしてここに至る
~リナ転生前のこと~
「もうちょっと田辺さんの気持ちになってもよかったんじゃないかなって思うよ」
尊敬していたはずの吉田部長にそう言われて、掛橋里奈は失望を抱いた。
子どもを産み育てながら、この会社で初めて女性の部長に昇り詰めた吉田は里奈にとって目標とすべき存在だった。
「田辺さんは新しいプロジェクトの時に二の足を踏むことが多いので、業務の効率を考えると──」
「いや、掛橋さんの言うことも分かるのよ。効率って大事。でもさ、田辺さんもさ、掛橋さんからしたら先輩なわけなんだから、『効率を重視してメンバーを選定した』って言われたら、あの人も居心地悪いでしょ」
里奈は納得した振りをしてうなずいた。この会社で心得たことのひとつだ。人は非効率的なものをどうにかして置いておきたいらしい。まるで誰も見向きもしないモニュメントだ。
建設会社の都市開発事業部で新しいプロジェクトリーダーを任された里奈は張り切っていた。だからこそ失敗は許されないことなのに、と里奈は歯噛みしながらぬるま湯のような会議室を後にした。
無駄に長いミーティングの後の、吉田の小言。もう定時が過ぎていた。
***
パティスリーで新プロジェクト立ち上げを祝してお気に入りのバニラケーキを二つ買った。
店の外に出ると、冬の風が通り過ぎていく。里奈はスマホを取り出して、ケーキを分かち合う相手にメッセージを送った。
〈ケーキ買ったよ~〉
すぐに返信がある。そんなところが里奈は好きだった。
〈こっちももうすぐ料理作り終わるよ。もうすぐ着くでしょ?〉
〈うん〉
LOVEいっぱいのスタンプを押して歩き出す。
もうすぐで忙しい二月がやって来る。
見上げる空には月が浮かんでいて、里奈は少しだけ感傷的になる。
仕事も恋愛も順調だ。だが、彼女の心の中には埋められない空白のようなものがあった。それが何なのかは彼女には分からない。
──誰かに話せるような趣味がないこと?
──切羽詰まった時に部屋でひとり泣く性根の弱さのせい?
どこかで誰かが声を張り上げたような気がした。
あっ──。
そう思った時には、彼女の身体は放物線を描いていた。
クラクションと、タイヤがアスファルトを噛む音が混ざり合って……、
里奈の意識は消失した。




