第1章2と3の幕間:黒竜の巣で
~魔王城への途上~
ここで黒竜たちを統べるのはデデガイネという名を持ったひときわ大きな竜だった。爪を振るえば山を削るとまで人間たちに恐れられていた。
その聡明な眼が山間をやって来るひとりの人間に向けられた。
──やれやれ。
デデガイネは熱い吐息を漏らした。
人間どもはまたしても〝勇者〟とやらを送り込んできたのだろう。ここを越えた先に魔王城がある。
無為な戦いを望まぬデデガイネは、こうしてここが自分たちの住処になった意味というものを考え続けていた。
あの魔王の強大な力を、人間たちは理解できていないようだった。遠く離れたこの場所ですら、時折鱗を震わすような魔力の波を感じることがある。
そんな絶大な存在と人間を戦わせることなどない。
だから、デデガイネはここで番人としての宿命を全うすることにしたのだった。
「止まれ、人間」
人間はゆっくりと歩みを止めた。聞く耳は持っているらしい。
「引き返せ」
「どうして?」
人間はそう尋ねた。
「ここは我らの住処だ」
「お前たちには興味ないんだよ。ここを通りたいだけ」
──やれやれ。
デデガイネは身動ぎする。人間のちっぽけな目論見などとうに理解している。
「どうしても通りたければ──」
瞬間、人間の姿が掻き消えて、デデガイネの鼻っ面を吹き飛ばした。
「──なっ?!」
表情ひとつ変えずに、その人間は拳を突き出していた。
その刹那の接触だけで分かる、圧倒的な力量差……。
だが、デデガイネの矜持が腕を振るわせた。神速の爪で空を引き裂いた。その時にはもう手応えなど微塵もなく、人間は天高く飛んでいた。
衝撃音がして急下降した人間の踵がデデガイネの脳天を直撃する。
その時になって、別の黒竜が翼を鳴らした。それほどまでの短い時間だったのだ。
「貴様ァ──!」
昏倒しかかったデデガイネを庇うように黒竜たちの咆哮が飛び交う。それが悲痛な鳴き声に変わるにはそう時間がかからなかった。
黒竜たちの間を縫うように歩いて来て、人間はデデガイネの前に立った。
「通りたいだけなんだよ」
その瞳に何が映っているのか、デデガイネは掴み取ることができなかった。そんなことは五百年以上生きて初めてのことだった。
「お前、名前を何という?」
人間は言った。
「アーガイル」




