第1章2と3の幕間:甘く穏やかな
~勇者が現れるよりも前のこと~
「せーばーすーちゃーんー!」
どこからともなく魔王の声が聞こえてきて、セバスチャンはひとり微笑んでしまった。
あの甘えん坊な声に振り回されるのは、彼にとって生き甲斐と言ってもよかった。
早速、城内を探し、魔王の居室に彼女の姿を認めた。魔王は靴を脱いでベッドの上に大の字になっていた。
「お呼びでございますか、魔王様?」
魔王は勢いをつけて上体を起こした。その顔が言葉多く語っている。「つまらない!」と。
「遊び相手がいない!」
そう訴える魔王は駄々っ子そのものだ。
「不肖私でよろしければ、お相手いたしますが」
「セバスチャン手加減するんだもん」
配下の者と接するのとは違う魔王のその一面はセバスチャン以外は誰も知ることがないだろう。
セバスチャンにはそれが嬉しくも物悲しく感じられる。
「魔王様がお強うございますから……」
「ふふん」魔王はにこりとする。「私に敵う者はこの世界にはおらんからな」
「また私めが化物をお造りしましょうか?」
「セバスチャンのセンスを私は認めんぞ」
セバスチャンは困惑して頭を掻く。百二本の触手を持つ魔物・メヌスドラントは彼の傑作であったが、魔王は一言。
「キモい」
そう言って一撃のものに灰燼と帰した。
ベッドの上の魔王がボーッと窓の外を見つめていた。
「あーあ、強い勇者が来てくれればいいのに」
いつもなら多少言葉を厳しくして「そんなことを仰るものではございませんよ」と諫めるところだったが、セバスチャンは魔王の横顔をじっと見つめていた。
──本当に、そうなればいいですね。
その言葉を胸の中にしまって、セバスチャンは言った。
「では、ケーキをお作りしましょう」
途端に魔王の表情がパッと明るくなる。
「うむ! セバスチャンはケーキ作りの腕前だけは超一級だからな!」




