20:俺をこの世界から切り離すもの
「俺にはない。消えろ」
ドア越しにベテルギウスに言うと、彼女は無言で糸を通したガラスの球を格子の隙間から手渡してきた。いつかスカーレットが俺にくれたものだ。俺がネックレスにしたのだ。
「あの指輪は見つからなかったけど、それだけはなんとか見つけ出したわ。あなたの大切な物でしょ」
「何が狙いだ」
ベテルギウスは魔法銀でできた胸当てをめくる。その下に、文字が書かれた紙が貼りつけられていた。
【シグニは聖都全てを支配下に置いている。ここに来た時点で私も支配下に置かれた。奴の言いなりにならざるを得なかった。】
彼女の眼が絶望に縁どられたように揺れる。彼女は一枚目の紙をめくって二枚目を見せた。
【ここから脱する方法を探してはいる。だが、期待はするな】
「お前に選択肢はないわ。だから、大人しくシグニの言うことを聞くのね。リナやエミリアを守りたいと思うなら」
監視されているのだ。だからこんな手段で彼女は俺に接触を試みたのか。
***
ここから脱出する方法を考えねばならなかった。だが、俺は力を制限されている上に二人も人質に取られている。
孤独の中で、魔王と契約を結んでからのことを思い返していた。全て俺のほんの小さな出来心のせいだ。
これまでの出来事を振り返った俺の脳裏にひとつの閃きが訪れた。
「第四魔王よ、ここに」
彼女は俺の眷属だ。ならば、俺の命令に応えるはずだ。
しばらくして、ドアの格子を抜けて一匹の蠅がやって来た。それが俺の肩にそっと止まる。
「とんでもないところに呼び出さないでよ」
「来てくれたか、助かる……」
「ベ、別に、アタシがアンタの眷属だからであって、助けようとかそういう意味はないから。こんなやばい所、早く出て行きたいわよ」
「ベテルギウスが言っていた。ここはシグニの支配下にあると」
「どんな奴か知らないけど、この都市全域を魔法障壁で包囲してる。ある閾値以上の魔法を排除してるし、魔族を検知してる」
「お前は大丈夫なのか?」
「アタシは魔王よ。偽装くらいできるわよ」
「ここから脱出する方法を知りたい」
第四魔王は考えているようだった。
「ひとつだけ方法がある。アンタが怒らなければ、だけど」
「勿体ぶらずに言え」
「アタシが傀儡にした人間がいる。そいつに暴れてもらう。その隙にアンタは逃げて」
俺が怒る理由は分からないが了承する。
「リナとエミリアをお前の庇護下に預ける」
「気が進まないけど、命令とあらば」
ざっくりとした脱出作戦を交わした第四魔王はそそくさと部屋を出て行った。
***
その瞬間は突然やって来た。
館内に警報が鳴り響いた。
『第六区防壁が突破された。警護隊は至急応援に向かえ!』
遠くから無数の靴音が聞こえる。
その時だった。俺の閉じ込められている部屋の壁に白い光の筋が走って、鋭利な刃物で切断されるようにして大穴が開いた。
青い空を背に、マントをはためかせた男が猛スピードで部屋の中に飛び込んできた。
金髪赫眼の男──。
第四魔王は言っていた。
「傀儡にしたが完全に支配できなかった。底のない怒りがアタシの軛から奴を解放している」
と。
「クラウス……っ!」
彼の眼が俺を捉えた。碧かったその眼は今では赫く光っていた。
「見つけたぞ、アーガイル……!」
剣を構えたクラウスが突進してくる。力を制御された俺に高速の突きを回避するなど無理なことだった。
鳩尾に熱い衝撃と痛みが走った。突き刺さった剣が勢いよく抜かれて、俺の世界に暗闇が訪れた。
──第1章 完──




