13:今日から俺は
悪魔の巨体と化したヨハン八世の禍々しい爪が俺たちを襲った。俺は彼女たちを抱き寄せて、塔の下に簡易転移魔法で退避した。
遠くから柱が飛んでくる。それを防護魔法で受け止めてから、リナを残してエミリアと共に近くの尖塔に瞬間移動する。
「戦いが終わるまでここで待ってろ。俺がお前を守るから」
リナのもとに戻った時には、彼女は大剣でサルーンを迎撃するところだった。
「勝手にいなくならないでよっ!」
文句を言われながら、異空間から光の剣を引きずり出してサルーンと対峙する。
「なぜ君たちは位相魔法を使える……? まあ、いいか。どうせもう死ぬんだし」
「俺たちにあの国王を救出させ、殺させるつもりだったな?」
「それがどうした?」
サルーンが紫の光を纏って攻撃しようという時、上空から竜が火を噴いて滑空してきた。
「サルーンよ!」竜騎兵が叫ぶ。「貴様の企みもこれまでだ! ダリス宰相は安全な場所へ避難させた! もう諦めろ!」
サルーンは不気味な笑いを浮かべる。
「諦める? 何をバカなことを……」
サルーンの身体がメキメキと音を立てて悪魔の巨体に変わっていく。
塔の上からヨハン八世が飛び降りて来て、地鳴りを起こして着地した。竜騎兵が蹴散らされる。
「ちょっと~!」リナが泣き出しそうだ。「やばい奴らが増えたじゃ~ん!」
刹那、サルーンの鈍色の巨体が音もなく俺たちの眼前に飛び込んで、紫の閃光と共に空間を引き裂いた。俺たちはそれを空中に飛んで回避したが、間髪入れずにヨハン八世が空を翔けて雷を帯びた戦杖で薙ぎ払った。
俺はリナを巻き込んで吹き飛ばされたが、地面に墜落する寸前でリナの手を取って飛翔魔法でふわりと着地する。
「こいつらやばいよ!」
サルーンが突撃してくる。炎の槍を呼び出して高速で投擲したが、光陣が槍を防いだ。ヨハン八世がサルーンを援護したのだ。
奴が笑い声を上げるのを聞きながら、俺はサルーンの爪をまともに食らって空中に放り上げられた。
「アーガイル!」
悲鳴にも似たリナの声。俺は辛うじて意識を保っていたが、ヨハン八世が向こうで手を翳すのが見えた。俺の周囲に光が渦巻く。身動きが取れない。ヨハン八世の眼が光った。
「こんな所で異界の力に出会えるとは。その力、利用させてもらうぞ」
光が集約して俺の中に飛び込んでくる。胸が熱くなって、そこから空に向かって光芒が伸びていった。
天に棚引く雲に穴が開いて、巨大な黒い剣が飛来する。爆発音と共に城内の広場に剣が突き刺さった。俺の身体はそれで解放されて、ようやくリナのそばに退避することができた。
そこに、空を覆うような魔力の波が押し寄せてくる。
「見て。あの剣の上に誰か立ってる……」
小さな少女のようだった。ピンクブロンドのショートカット。シンプルな黒いドレスに身を包んだ彼女はすーっと滑るようにこちらへやってきた。
ヨハン八世とサルーンが悪魔の姿のまま跪く。ヨハン八世が首を垂れながら言った。
「あれこそは、我らが敬愛する第四魔王様なり」
第四魔王は俺たちの前にすっと降り立って、手を挙げた。
「よっ」
軽いノリだった。呆気に取られていると、彼女は軽く両手を広げた。
その時だ。地面がひび割れて、地中から噴き出したエネルギーが轟音を伴って王城を瓦解させていった。無意識にエミリアを置いてきた尖塔を見る。無事だ。
隣のリナが俺の腕を掴んで震えていた。俺も感じていた。圧倒的な魔力だ。この力の前にはなす術もないと信じさせられる。
第四魔王は俺の前にゆっくりと歩んで、ニコリと笑みを浮かべた。
「今日からアタシがアンタの下僕だから」
「……はい?」
今なんと言った? 偉そうな態度とは正反対のことを言わなかったか?
サルーンが声を上げる。
「聞こえなかったか。今をもって我らは君の眷属になったのだ」
第四魔王が唇に人差し指を当てて、「しっ!」と息を擦らせた。
大地の遥か彼方から、怒涛のように押し寄せる魔力があった。
魔王だ。




