18:皮肉
リナの妹を近くの家屋の中に隠し、俺は街の中心にそびえる巨大な建物へ飛んだ。
上空から見下ろすと、バリケードの張られた敷地内には軍人の姿がそこかしこにあるのが分かる。中庭に軍人が集まっているのを見つけ、顕現外殻を纏って急降下する。
着地と共に魔力の波を走らせると、悲鳴を上げて男たちが吹き飛んでいった。
「な……なんでこんなことを……!」
壁に叩きつけられて立ち上がれなくなった軍服の男が、目の前で起こっていることが信じられないというような顔で俺を睨みつけた。
建物の中が騒がしくなる。今の音を聞きつけて人が集まって来た。俺は声高に言った。
「有象無象に用はない。ここの長を出せ」
***
「どういうことだ! 約束を守れ!」
軍部司令官ダガロはでっぷりと太ったその身体を振り乱すように俺に迫って来た。司令室の中には、俺たち二人以外には誰もいない。もっとも、部屋の外には軍人どもが大挙して押し寄せてきているのだが。
「この街を統治しているのがお前だな?」
「なにをいまさら……。何が狙いだ?」
勇者を任命できるのは都市の統治権を持った者だけだ。だから、こいつがリナを……。
「リナという勇者を知っているな?」
「知ってるも何もリナ・ネクススが〝扉〟だと言ったのはお前たちだろう」
話が噛み合わない。情報を引き出すため、鎌をかけるしかない。
「約束を守っていないのはお前の方だろう」
「何を言っている! 街の中から〝扉〟の候補を探し出そうとしてる! 住人どもが邪魔をしているんだ!」
〝扉〟の候補を探す……。
エルランド統治同盟を裏で操り、今の混乱を招いたシグニの狙いはそれか。
住人の虐殺をやめさせようと俺がダガロの前に歩み出た時、軍部の建物に轟音と激震が走った。
「人間ちゃんよぉ、いつまで時間かかってんだ!?」
急いで窓のそばに駆け寄って空を見上げる。ひとりの上級魔族が軍部の建物を睥睨していた。黒いローブを身に纏った病的なほどに痩せ細った男の姿だ。
──最悪のタイミングで現れやがった。
「お前たち魔族の真意は分かった」ダガロが鋭い眼光を投げつけてくる。「我々人間を利用するだけ利用して、切り捨てるつもりか」
彼が指を鳴らすと、武装した軍人が部屋に雪崩れ込んでくる。こいつらを殺すか?
再び爆発音。外の男が声を張り上げている。
「さっさと〝扉〟を見つけて来い!」
ダガロはサーベルを抜いて声を飛ばす。
「ゼニト、砲で外のカルダート卿を沈めて差し上げろ!」
「し、しかし……!」
ゼニトと呼ばれた男が尻込みしたが、ダガロが一瞥すると敬礼をして飛び出して行った。
「今より我々は魔族に反旗を翻す」
軍人たちがサーベルの切っ先を一斉に俺へと向けた。仮に本当の魔族が相手なら、それで敵うはずがないというのに。
どこかでドーンという砲の音がした。数秒後に窓の外で火薬の炸裂する大轟音が響き渡る。砲弾の中に火薬を詰めた榴弾だ。俺を取り囲んだ軍人たちが小さく拳を握って喜びを見せた。しかし、黒煙の中から笑い声が聞こえると、絶望を目に宿すことになる。
「お前ら人間ちゃんの企みは分かった! じゃあ、街ごと消えてなくなれ!」
窓の外から強烈な光が差し込んでくる。破局の光だった。俺は簡易転移魔法でカルダート卿と呼ばれていた上級魔族の前に移動した。
カルダート卿は破局魔法を解除して、俺を爪先から頭まで舐め回すように観察する。
「なんだぁ? お前、見たことねえな」
「俺はシグニ様の眷属だ」咄嗟にそうウソをついた。「この街に係っている場合ではない。シグニ様の命令だ、ついて来い」
有無を言わせずに街の外へ向かおうとすると、カルダート卿も大人しく追従してくる。そのカルダート卿の背後、ビジュマステの街で軍人と住人が揃って俺たちを見上げているのが見える。
街の一角、砂色の建物の屋上に固まって身を低くする一団があった。
俺の家族、そしてスカーレットたちだった。
俺を見上げるその瞳には恐怖と怒りが湛えられていた。
俺は振り返ることなく、街を去ることにした。




